26太陽の使徒(中)
一軒の館が十重二十重に包囲されていた。館を取り巻く屈強な兵士たちは辺りを警戒しながら、一般人の立入を禁止している。
青空にたなびく一筋の煙。
爆発騒動に耐性のできていた帝都の住人はさして驚きもせず、悪態をつきながら、通行止めを遠回りしていく。
ある意味、秩序ができていたその空間に、空気をわきまえぬ異分子が荒々しく入場してきた。
道路を閉鎖する兵士たちとは異なる軍服を身に纏った男たち。彼らも同じく兵士のようで、物々しい武器が誰の手の中にも存在した。
駆け付けた増援隊を率いるは、紅雀隊のヘイルダム・ダールクヴィスト。
すらりと伸び上がった肉体。その天辺には、赤い房が軍鶏の鶏冠のように広がっている。
彼女が連れてきた軍勢は五十を越える。寄せ集めという欠点を無視すれば、賊を討滅するに余りある火力を有しているといえるだろう。
現場に到着したレヴィは、真っ先に現場指揮官との合流を目指した。
指揮官は街区隊の衛兵長である。ミックの見張りを頼むときにも世話になっている。遠慮する間柄ではない。
向こう側からの要請ということもあり、司令本部となっている民家はすぐに見つかり、街区隊には快く迎え入れられた。
「おう、伝令は届いたみたいだな。まさかお前さんが来てくれるとは思ってもみなかったが」
「未熟者ですが、微力を尽くします。城の方でも教団と思われる破壊工作がありました。一刻も早く事件を解決しましょう」
「無駄は省くぜ。現状を言う。リーンリーン家の屋敷に十人前後の賊が立てこもっている。言うまでもないが、太陽の使徒だ。既にこちら側と交戦があった。十三人を討ち取り、八人を捕縛。今立てこもっているのはその残党だな。けが人も何人か混じっていると思われる」
教団の動きを監視できていたのが良かったのだろう。結局犯行を止められなかったのだから、情けない話だが。ともかく、既に衛兵たちは彼らと一戦を交えていた。
ぶつかった手応えとして、衛兵長は相応のものを感じたという。つまり、度外れた術者などはいなかったし、取り立てて戦闘に秀でたものもいなかった。純粋に戦力だけを比較すれば苦戦するはずのない相手。
普通であれば上十二衛に援軍を要請するまでもなく鎮圧できる相手。それが出来ない理由はただひとつ。
「人質はリーンリーン家の新しい娘で間違いない。養女として帝都にやってきたことは風のうわさで聞いていたが、な。俺ですらリーンリーンの本家にまだいるとは知らなかったのに、奴らはどうやって知り得たのか……。ともかく、リーンリーン家の竜人が彼らの手に落ちたのは確かだ、この眼で確認した」
彼らの情報の出処を探るのは後でいい。今はとにかくこの状況を打開することだ。
賊の立てこもる豪奢な一軒家を睥睨しながら、レヴィは街区隊と共同で作戦にあたることを約束する。
教団はこの誘拐を成功させるために、戦力の一部を上十二衛に送り込んでまで陽動を行ったのだ。彼らの大本命が竜人誘拐にあったことは明白だ。
「……彼らからの要求は何なのでしょうか?政治犯の恩赦ですか?」
もちろん、レヴィの権限ではそのような要求に応じることはできない。しかし、ブラフのカードとして使用することは可能だ。
何より、口を開くということはそこから情報が漏れ出す可能性があるということだ。粘り強く交渉すれば、言葉の端々から彼らの意図なども垣間見えてくるはずだ。
「要求はない。あるとすれば、館の敷地内に入るな!ということくらいか。それを破れば、人質を殺すと主張している。……難しい判断だ」
『逃走手段と金を要求するのかと思ったけどな。普通』
「……もともと彼らはここに立てこもる予定はなかったのですね?」
「あぁ、監視中に連中に動きがあった。どうやらリーンリーンの館に行こうとしていたようだ。そこを捕縛しようとした所、抵抗にあった。奴らの生き残りは逃げこむようにこの館に来た。もし俺らが妨害しなければ、今頃は竜人を誘拐して逃げおおせていただろうな」
「彼らにとってはここに足止めされていることが、不本意だと」
「そりゃそうだろ。犯罪者の不都合をするのが俺らの仕事だ」
その後も二人の衛兵長は方針について話し合っていたが、積極案が出ることはなかった。
責任をとれるだけの立場の人間がおらず、しかも後詰がまだ到着していない。
二の足を踏むのに、十分過ぎる理由が揃っていたからである。
今までの戦線膠着も同じ理由で続いていたのだ。そう簡単に解消されるはずがなかった。
レヴィは己の眼で敵を見定めようと考えたようだ。少数の兵士だけを連れて館へと近づく。
ナタリアはその場にとどまった。周囲には街区隊の兵士たちが大勢いる。ナタリアの事情を知らない彼らならば、無心で守ってくれることだろう。
様々に事情を抱えている紅雀隊の人員よりも、外部の人間の方が信用できるというのは皮肉な話だ。
不気味な沈黙を続ける道化師は茫洋と目標の屋敷を眺めている。彼に対する警戒もしなければならない。手出しをしないと言っていたのは、彼にとって利益がないからだ。それは利益が生まれるならば彼は行動に移すということでもある。もちろん、単純な損得で測り切れる男ではないが、判断基準の一つにはなるだろう。
残されたナタリアは、情勢を見守ると共に、道化師への監視に精を出すのだった。
一方で、館を観察したレヴィは、逃走経路が全て衛兵隊によって封鎖されていることを発見した。水も漏らさない警戒態勢だが、地下に抜け道があった場合はその限りではない。
教団が立てこもっている建物は、商人の所有する館だが、その持ち主はただの商人ではない。権勢欲旺盛で、貴人とのコネが欲しいがゆえに竜人の娘を養子にし、嫁に出させるような貪欲さを持っている商人だ。自宅に秘密の抜け道を用意していたとしても驚くようなことではない。
何か動きがあれば即座に対応しなければならない。
既に配置されている街区隊に加えて、紅雀隊の夜属性の術者を見張りに加える。
強化された聴覚ならば、屋敷の異常を察知することも可能だ。
地下道を歩く足音や振動もうまくすれば掴める。
念入りな警戒をしつつも、レヴィは犯行グループの目的に思いを巡らせていた。
衛兵長の話からして、これは行き当たりばったりの犯行ではない。始めから、竜人を誘拐する意図があったと見るべきだ。ならば誘拐した後、彼らは何をするつもりだったのか。
竜人を身柄を預かるリーンリーン家は大成した商家だから、普通は身代金が目的だと思う。けれど、彼らには無視できない前科がある。帝都に動乱をもたらした連続爆破事件と子女誘拐事件である。
今までの事件で誘拐された人たちは、屋敷の中にはいないようだ。ならばどこかに監禁されているのか。
教団の拉致事件は何一つ解決できていない。ただの一人も救い出せていないのだ。
嫌な予感がしていた。
誘拐されたのは日属性の女ばかり。
彼らの目的。
人質にされた竜人。
そして、最後のピースは――最強最古の太陽竜。
もしそうだとしたら、もたもたしている時間はない。
情報を出し渋った青の隊長を責める暇さえない。レヴィは本部にとんぼ返りすることにした。
後詰めの到着を待つというのは悠長に過ぎる。現状の戦力で解決する。いや、解決できるはずなのだ。予想が正しければ、彼らの人質は意味をなさない。単なる見せ札であって切り札たりえない。
厄介な要人の安全さえ確保できるのならば、即座に突入できる。それで事件解決だ。
本部に駆け込んだレヴィを迎えたのは、衛兵長だけではなかった。
「やぁ、大変な時に遅れてすまない。現場指揮ご苦労だった。どうやら呑気に叙勲式をしている場合ではないね」
涼やかな低い美声がレヴィの耳朶を優しく嬲った。上十二衛の司令たる中隊長である。いつの間に来たのだろうか。タイミングから考えて、式典会場に立ち寄る時間はなかったはずだ。騒ぎに気付いてわざわざ駆けつけてきてくれたのかもしれない。
街区隊の衛兵長はかしこまって頭を下げている。形式だからそうしているのではない。確かな敬意がそこにあるように感じられた。
「直に増援がやってくるそうだね。炎剣の見立てではどうかな?敵情視察をして何か弱点でも見つかったかな」
非常時でも慌てていない。たかだか賊と状況を軽視されるのも困るが、過剰にリスクを認識して腰が引けているのもよろしくない。上司の対応は理想型に近い。
「はい。推測の域を出ませんが、彼らのおぞましい目的のためには、竜人の生存は絶対必要です。人質を殺すなんてことは、滅多なことがなければ出来ないでしょう」
本部というのは手近な民家を徴収して、そこのエントランスホールに長机を仮置きしただけのものだ。
中に誰がいるかは見渡すまでもなくすぐにわかる。
レヴィの上司の中隊長は当然中央にいる。左隣には街区隊の衛兵長が今も畏まっている。彼らはいい。本部にいて当然の人間だ。
視線を横にずらす。柱にもたれて格好をつけている道化師が一人。壁のシミでも数えているのだろうか。誰もいない方向をじっと見つめている。
そして一人の少女。従士の正装をしているからこそ、ギリギリ理解できる。しかし真っ当な感性があれば、即座に迷い子のような少女をこの場から追い出していただろう。
ナタリアは居心地の悪さを感じていたようだ。レヴィの顔を見て表情を明るくしている。
「人質は意味をなさない、と。ならばより一層動きやすくなりますね。奪還作戦を開始しましょうか」
中隊長もレヴィの困惑を見抜いているだろうに、説明の一つもない。逼迫した状況を素早く理解できているのだ。
「相手の十八番をこちらも利用させてもらいましょう。正門前で騒ぎを起こし、陽動とします。その間隙をついて、突入班が人質を奪還。安全を確保し次第、正門裏門から制圧。爆発による攻撃に注意して、散会しても戦力を維持できる上位の術者を中心とします。突入班の編成はあなたたち二人に任せます。のんびりと話し合いとはいかないですが、あなたたちであれば、議論が紛糾することもないと信じていますよ」
中隊長を方針を聞いた街の衛兵長とレヴィは即座に動き出す。レヴィは本部を出て行く際にナタリアを連れて行くことも忘れない。
「そうなると、私は突入班に紛れておきましょうか。便宜は頼みますよ」
道化師は特に場をかき乱すこともなく、おとなしく命令を聞いていた。
中隊長に対して生意気な言葉遣いだが、それくらいなら許容範囲。勝手に突入班に混ざるのではなく、許可をもらっているだけ上等だ。
中隊長は既に道化師の加勢についての事情を聞いていたのか、道化師の言葉に軽く頷いた。
「第二魔術師団の力を信じているよ、カリオストロ」
「ははぁ、お任せください」
事件の解決に向けて、一同は動き出した。今も沈黙を続ける犯人グループは、包囲の外で行われる会議を知る術はない。ただ、俎上の鯉のように裁きの時を待つしかできない。
一刻もしないうちに、全員の配置が完了した。上十二衛の援軍を待つまでもないという、中隊長の判断は果たして正しかったのか。突入班は街区隊の若者を中心に、補佐役として紅雀隊の中堅を追加した五人構成だ。道化師も数に入れれば六人になる。敵に気づかれる確率を最小限にしつつ、作戦成功率を高めるために適度な人数だろう。
どのような結果になるにせよ、賽は投げられた。
帝都を悩ます爆発事件。その真相が白日の元に晒され、犯人が罪を贖うまでもう間も無く。
戦の空。
遥か僻地で軍を率いる皇帝。
帝都の戦い。
同じ青空の下、血生臭い戦いの火蓋が落とされた。
先陣を斬ったのは紅の隊長、ヘイルダムダールクヴィスト――炎剣だった。
正門の陽動を任されたレヴィは、狙撃対策に<循環盾>を薄く展開しながら、声を張り上げた。
音を遠くに運ぶことは、空属性の得意技。騒ぎを起こし、注意を引き付けるには、うってつけの配役だった。
「こちらは禁軍上十二衛紅雀隊です!人質の即時解放を求めます!」
大音声は確かに屋敷に届いたはずだ。けれど返事はなかった。聞こえていないはずはない。呼びかけには微かに人の動く気配が返ってきた。
コミュニケーションと呼べるものではないが、反応はあったのだ。
これまで幾度か続けられたやりとり。上十二衛が援軍に来る前も、街区隊は同様の呼び掛けをしている。言葉が同じならば、反応も同じ。
レヴィの呼び掛けが無為に終わるかと思われた、その時。
「紅雀隊だと!?もしやそこにいるのは炎剣か?」
屋敷の中から存外理知的な声が放たれた。発声源を注視すると、玄関柱の影に半身を隠す男の姿があった。冷たい闇に左半身を浸し、射線をうまく遮りながら男は今度は怒鳴るように叫んだ。
「それ以上近付くな!一歩でも近づいてみろ!人質の命はないぞ!」
あわよくば、と思ったのだが。
進みかけたレヴィの右足がピタリと停止し、ゆっくり真下に降ろされる。
レヴィの見立てでは犯人の警告は、ハッタリだ。しかし陽動が己の役目。無理に突っ張ることに意味はないと逸る自分に言い聞かせる。
「いかにも、炎剣とは私のことです!人質に手を出すのはやめなさい。自らの首を絞める結果にしかなりません」
「おうおう、やはりかの炎剣殿であったか!ヴァルツの森林を焼き尽くした武名は聞き及んでおるぞ!」
レヴィの言葉を聞いた犯人は、喜ばしげ、誇らしげに声を高くした。
なぜだかはわからないが、彼はレヴィに好意的だった。街区隊の呼び掛けは無視したのに、レヴィの呼び掛けに答えたことと、関係があるのだろうか。
「敵味方で出会ったことは不幸だが、炎剣殿の尊顔を拝見できたのは光栄だ。出来れば貴殿とは争いたくない。ここは引いてはもらえぬだろうか?」
畏敬というよりも、尊敬。彼がレヴィに特別な思いを抱いていることは確実だ。心当たりはない。おそらく、顔も合わせたことさえないはずだ。一方的に相手に名前を知られていることが、少々不気味だった。
女の身でありながら、異例の出世を遂げたレヴィは無名というわけではない。トマスという血の気の多い青年を思い出すまでもなく、炎剣の名前は軍関係者にはよく通った異名だ。レヴィはそれを誇らしく思っているが、まさかテロリストにまで尊敬されているとは思いもしない。
「退く?えぇそうですね。人質が解放されるのを確認したらこの包囲を解いても構いません」
「……それは無理だ。貴殿にこれを告げるのは心苦しいのだが、私たちには私たちの目的がある。その要求を呑むわけにはいかんのだ」
やはりどのように切り出したとしても、人質の解放だけは呑むつもりがないのだ。彼らの目的は竜人であり――
「私たちに残された最後の希望。たった一つの太陽の輝き。貴殿も大した術者だろうが、誰も彼も貴殿のように才能にあふれているわけではないのだよ」
嘆息しつつ話す様子からは、小さな後悔のような物が垣間見えた。
情で話せば通じるだろうか?いや、ダメだ。結局彼らは竜人を手放しはしないだろう。
それに既に作戦は動き始めている。陽動の任を果たせねば全体の動きに支障をきたす。
「……誘拐した他の人たちは無事ですか?」
「それに関してはそちらの方が詳しいのでは?私たちは聖戦の準備中に、卑劣な襲撃を受けた。他のアジトとの連絡は途絶えたまま。私たちには知る術もない」
真実か、それとも虚言か。考える必要はない。もうすぐ突入班が動く。
出来るだけ多くの注意を引き付ける。それだけだ。
「代表者に会わせてください。交渉しましょう。私は交渉全権を預かっています。もしかするとあなたたちの希望に添えるかもしれません」
字面だけを捉えればレヴィが軟化したように感じるはずだ。少しは興味をひければいいのだが。
「代表者?司祭のことか?司祭はいま、大事な儀式の最中だ。手が離せない。代わりに俺が交渉しよう」
申し出は断られた。しかし収穫はあった。
この男。レヴィに好意的なのがプラスに働いているのを加味しても、ずいぶん口が軽い。話せば話すだけ、情報が漏れ出してくる。
この交渉を始める前は屋敷の内部の様子はブラックボックスそのものだったのに、既にいくつもの貴重な情報が手に入っている。
門前に立つのはレヴィ一人だが、後方の物陰には夜属性と空属性の術者が会話を漏らさず聞き取っている。ここの会話は指令部に筒抜けであり、ここで敵の配置などの情報を引き出せれば、突入の成功率も上がるだろう。
しかし、儀式――
レヴィの想像が正しければ、その儀式は絶対に阻止せねばならないおぞましい何かのはずだ。向こう側の大将が、包囲のさなかで空ごとに現を抜かすというのならば、それは絶好の好機だ。
レヴィと同じことを後方の中隊長も考えたらしい。取り決めておいた突入の合図。一匹の猫がレヴィの足元を駆け抜けた。
盗聴の危険がある<念話>ではなく、しごく原始的なサインだ。しかし今回の場合はそれで十分だった。
突入が開始される。




