25太陽の使徒(上)
芝居のような調子で話す道化師は、本当に目立つ。
ナタリアは彼に圧倒されっぱなしだった。せめてアンシャリーアという少女がいれば、まだ意思疎通はできたのに。
ここには居ない美しき白髪の少女を想う。
手前勝手に話す道化師への対応の仕方を、ナタリアが考えあぐねているとタイミングよくレヴィが戻ってきた。黄色の隊長との情報交換を済ませてきたようだ。
「困りました。何かを隠していることは分かるのですが、それが一体何なのかがわかりません。遅れてきた理由も判然としませんし……」
小声でナタリアに伝えようとしてレヴィは、道化師を発見し、途中で言葉を濁した。
「カリオストロ。ご協力感謝します。麒麟隊の隊長にもあなたの貢献を伝えておきました。いずれ正式に上十二衛から謝状が送られるでしょう」
「くれるというのなら、もらっておきますよ。善意は受け取るものです。ですが、ええ、今回の不始末、責任はどうするおつもりで?」
「――それは私の立場で答えられるものではありません」
痛いところを突かれた。幸い被害は極小に抑えられたが、帝城での火災など不祥事も不祥事。場合によっては誰かの首が物理的に飛んでもおかしくない事態である。
「ただの火事ならまだしも、爆発が起こりましたからね。人為的な何かを想像してしまいますよ、嫌でもね」
『そうか……ガス管なんて存在しないし、化学薬品も極めて希少。自然現象で爆発が起こる事自体が珍しいのか……』
「例えば日属性の魔術を使えば、爆発は起こるじゃろうがな」
こそこそと後ろでナタリアが話している間も、道化師の演説は続いていた。
「人為的、というのなら犯人がいるはずですよねぇ。過失にせよ、故意にせよ、内部犯にせよ、外部犯にせよ、です」
道化師の言葉は理屈が通っている。確かに”誰か”がこの事件には関わっているはずなのだ。それは――
「それは捜査によっておいおい分かってくることでしょう」
道化師の正論を、レヴィは空中で撃ち落とした。これ以上の言葉は許さない、そう言いたげな目で道化師を牽制する。
道理を通さず、無理を通したのには理由がある。
内部犯、これが問題だ。現場は上十二衛の麒麟隊武器庫。最も怪しいのは関係者であり、身内になる。万が一、犯人が上十二衛の人間ならば、上十二衛はそれ相応の代償を支払わなければならない。隠蔽というと聞こえは悪いが、少なくとも小隊の指揮官ごときのレヴィが外部の人間であるカリオストロに何かを漏らすということは致命的なのだ。
だからレヴィの態度は頑なだ。道化師もそこら辺の機微は理解できているらしく、あっさりと引き下がった。
「捜査、大いに結構ですとも。しっかりとやって真相を詳らかにしてください」
「では、これで失礼します。これから仕事がありますので」
油断したのだろうか。道化師の追求を逃れられて、ホッとした空気をレヴィは出してしまった。狙いすましたかのように、道化師の嫌味が突き刺さる。
「けれど私がここに立っている理由は何も野次馬根性だけではないのです。この火事を消し止めるに多大な貢献をしたアンシャリーアという女性がいます。自称九歳さんはご存知かと思いますが、彼女に頼まれたのですよ、事件の顛末を見届けろ、と。事件を闇に葬るというのならば、それはそれで自由です。ですが、曖昧なまま放置することだけは見過ごせません。”なかったコト”にするのならば、それを伝えていただきませんと。”あの件については高度な政治的判断により、事実を明らかにすることを放棄しました”とね」
絶句したレヴィはすぐには返事ができなかった。
道化師本人は涼しい顔だ。やはり役者が違う。得体のしれなさでは彼の右に出るものはいない。
そんな時だった。
息せき切って、一人の兵士が走ってきた。衛兵の制服を着ているその兵士は、まっすぐにレヴィに向かって走ってくる。
ただならぬ様子にレヴィのまわりに居た紅雀隊は色めき立ち、警戒を強めるが、
「待っていました、ジョン!」
レヴィの言葉を聞いて、紅雀隊は彼を大人しく通すことにしたようだ。
ジョンと呼ばれた兵士は街の衛兵である。一時的にレヴィの元に出向していて、とある任務についている。
レヴィがこの爆発事件について街の衛兵側に伝えるために選んだ伝令だ。
彼の報告を待ち望んでいたレヴィは、しかし彼の尋常ならざる様子に不信感を持つ。
「た、大変です!”太陽の使徒”がやらかしました!連中、人質をとって一軒の商家に立て篭もっています!商業地区は厳戒態勢で、すぐに逃げられる心配はありませんが、緊迫状態が続いています。街区隊からの正式要請です!援軍を求めます!」
ジョンはまくし立てる。情報量の多さにめまいが起きそうになるが、この程度のことは新術式の編み出すことに比べれば、なんてことはない。
ナタリアの瞬間的な理解に一拍遅れて、レヴィが言葉を返した。
「”太陽の使徒”の件はわかりました。けれどあの男が援軍?どうしてわざわざ区分を越えてまでそのようなことを……。縄張りを守ることの大切さは誰よりもわかっているはずですが……」
上十二衛は帝都の中でも、特に帝城と皇帝の近辺を中心にして守ることになっている。
市中の見回りも任務の一つだが、そちらには市街地の喧嘩の仲裁や、犯罪者の捕縛を専門とする街の衛兵がいる。言ってみれば、市民への露出の少ない上十二衛が民間にアピールするための場だ。さすがに犯罪を目の前で見つければ、逮捕権は有するが、本来の管轄では街の衛兵が出張るのが普通だ。
街の衛兵――街区隊もそんな仕事に矜持を持っていて、なにかと彼らを見下すことの多い上十二衛のことを毛嫌いしている。そんな彼らが上十二衛に協力を求めるということが、そもそも異常なのだ。
「ともかく、上十二衛への要請ということならば、私の権限ではどうしようもありません。中隊長か、せめて青龍隊隊長にでも伝えなければ」
青の隊長は今頃会場にいるだろう。中隊長は午後からの式には参加するはずだから、近くにはいるのだろう。けれど、爆発が起きた時会場にやって来なかったことを見ると、案外遠くに居るのかもしれない。
ならば確実に居場所が判明している青の隊長に伝えるのが良いだろう。
「青龍隊ならば会場に……」
「何事かね、一体これはどういうことだ」
いつの間にかレヴィの背後に立っていた青い影。ギョッとしてレヴィは振り返る。
第三者的に見ていたナタリアでさえ彼の気配に気づけなかった。<超感覚>を無効にしたというのならば、それはもう魔術にほかならない。夜の属性で音や臭いを消していたのだろう。
青龍隊の隊長。老いたるとはいえ、その魔術の腕は健在か。
隠身して密かに火災現場にやってきた青色は、混沌とした現場をぐるり見渡した。
「時間がないようだ。簡潔に答えなさい。火事は消し止められたのかね?」
「は、はい。不本意ながら第二魔術師団に借りを作ることになりましたが」
ここで道化師のことを黙っていると余計に話が拗れると察したレヴィは、正直に言う。
一瞬眉を顰めた青の隊長は、しかし即座に立ち直る。
「ならば後始末は黄色に任せるとしよう。次の質問だ。君、街区隊の者だね。隊長の要請とは珍しい。何か事情があるはずだろう?何か上司から聞いておらんかね?」
雲上人に指差されたジョンは緊張に身を固くしたが、流石に伝令の最低限はこなした。
「はっ。彼らが立て籠もっているのは、商業地区のリーンリーン家屋敷であります。……隊長はこれを言えば、伝わるだろうと申しておりました」
「リーンリーン家ですか……。確かに大家ですが、管轄の垣根を越えるほどのことでは――いや、まさかっ!人質とは……っ!」
確かに青の隊長には隠された意図は伝わったらしい。
けれどリーンリーンという名前に反応したのは彼一人ではなかった。
普通ではあり得ないこと。リーンリーン家の最近の動向に詳しい上層部の人間でなければ、街の衛兵長の隠しメッセージは伝わらないはずだった。権力闘争に明け暮れる貴族か、あるいは耳聡い軍人。そうでなければ宮内の官僚でも持ってこなければ、リーンリーンの隠された意味に気付かなかったに違いない。
彼が今この場にいたのは不幸か幸運か。
「リーンリーン家。超弩級の要人があそこにいるではないですか」
道化師だ。普通であればこの場にいないはずのイレギュラー。
「竜人……」
「っ!!」
青の隊長の制止は全く間に合っていなかった。口からこぼれた言葉を元に押しこむことは出来ない。なにより、道化師は意図的にこの呟きを漏らしたのだ。生半な制止の言葉では彼は止まらなかっただろう。
何が悪いかといえば、レヴィの報告を聞いただけで、部外者の排除を積極的に行わず後回しにした青の隊長が悪い。
『竜人?』
「……極めて珍しい亜人じゃ。最強の幻想と名高いドラゴンの因子を持った竜人は、強大な魔力と膂力を持つ。普通亜人は人間よりも優れた身体能力を持っているものじゃが、竜人はとびきりじゃ。けれどドラゴンの数が少ない分、竜人の数も少ない。何しろ竜人の集落のようなものは存在せぬらしいからな。薄く薄く伝わった先祖の血が覚醒した程度の竜人でも、見つかれば大騒ぎになるほどじゃ」
竜の因子の強力さは折り紙つきであり、たとえその一族に竜の力を持つものがいなかったとしても、祖先にドラゴンを持つというだけで、その一族は周囲から尊敬の念で見られ、崇拝される。何故ならばその一族は潜在的に、麒麟児を産む可能性を有しているからである。
代が下れば下るだけ、人間の血が濃くなって幻想の力は弱まっていくものの、それを補って余りある能力が竜人にはある。
そんな竜人が帝都のリーンリーン家という家にいるという。
確かに大ニュースだが、それだけで最高級の要人というには言葉が過ぎる。
口をパクパクと開閉させ、威厳の欠片もない表情で絶句している青の隊長を他所に、ペラペラと機密情報を口にする道化師はやはり劇物と形容するに相応しい。
「第二魔術師団もあの竜人には目を付けていましたからね。結局資質不足ということで諦めたのですが。いやはや、まさかお妾さまが――」
「それ以上は斬るぞッッ!!」
ついに青の隊長が激昂した。なんとか混乱から立ち直ったようだ。ドスの利いたいい声で、場は静まり返った。
決して肉体派でない彼の力づくの恫喝は単なる脅しではない覚悟があった。不退転、決して妥協を許さないという決意がこもっている。
柄にかけた手が僅かに震えているのが、”斬る”という一語の真実味を増すのに一役買っていた。
「いやですねぇ、こわいこわい。でも同時に滑稽でもあります。到底大樹に及ばない足元の蟷螂が、斬ると嘯いているのを見ているような心持ちですよ」
憎まれ口を叩きながらも、道化師は一応口を閉ざした。
ギラギラした目で道化師を睨みつける青の隊長は吐き出した怒りをゆっくりと体内に戻しつつ、熱い息を吐いた。
「――今更隠し立てするつもりはないが、リーンリーン家の竜人様は、さる高貴な御方の側室として輿入れが予定されているやんごとなき方だ。邪教教団に彼女が人質にされたのだとしたら……」
ここまで聞いてしまった兵士たちに対する口止めの意味もあるのだろう。
他言無用と睨みをきかせながら、青は事情を語った。
「彼女の身に万が一のことがあれば……考えたくもない。知っている者も多いだろうが、”太陽の使徒”教団は最近帝都を騒がしている連続爆破事件の首謀者と目されている。極めて危険な集団である。姫の身は安全とは言い難い。万が一も考え、全力で事件を解決する必要がある」
深い事情を知らず、”太陽の使徒”の名前を聞いたことがない者であっても、帝都に混乱をもたらす連続爆破事件を知らぬ者はいない。もしかすると己の手で、帝都を揺るがす重大事件に終止符を打てるかもしれない。そんな功名の予感に励まされ、兵士たちの意気は上がった。
『そうすると本命はその竜人か。こっちで起きた騒動は陽動のための視線逸しってやつだ。ちっ、ほんと胸糞悪いな』
「十中八九、その通りじゃろう。”太陽の使徒”の手口は爆発を陽動にして、本命の子女の誘拐をするらしいからの。まさに今起こっていることそのものじゃ」
火災の原因は断定できないが、教団が関与している可能性は濃厚だ。あまりにも状況と手口が似通っている。
ナタリアが分析してみせるまでもなく、多くの兵士はそれに気付いているらしい。
この爆発で上十二衛には、怪我人や死者も出ている。流れた血を贖わせようと、血気に逸る彼らは猛獣のようにギラギラとした瞳をしていた。
野獣の群れを前にして、リーダーである青の隊長は決断を下す。
「最低限の人員だけを残し、全力で出撃。竜人の姫を奪還する。教団が手を出したものが、絶対に傷つけてはならない竜の逆鱗だったことを思い知らせてやろうぞ」
「応ッッ!!」
義侠心。復讐心。義務感。
それぞれがそれぞれの正義を胸に抱きながら、一同は心を一つにする。
そんな熱狂のさなかで、最大の異物である道化師は狂奔をあざ笑うでもなく、静観している。割合彼との距離が近いナタリアは、その沈默を不気味に感じてしまう。
しかしだからといって話しかけるほどの勇気はない。
その異質さは、兵士たちに混じる小さな少女よりも余程強い。誰もが道化師を意識しながら、誰もが彼に積極的に近づこうとはしない。
「竜人、ねぇ。クク、これを無関係と考えるのは虫が良すぎますかね」
だから彼の意味深な独言が聞こえたのはナタリアだけだった。
やがて兵の編成が完了し、出陣の運びとなる。
第一陣として、やはり速度に優れる空属性の術者が選ばれる。それを指揮できる人間となれば、レヴィにお鉢が回ってくるのは当然のことだった。
彼女が戦陣に出るというのならば、従士もそれに付き従う。ナタリアがそこに同行するのは割とすんなりと決まったのだが……。
「何故、貴方が付いて来るのですか?援軍を要請されたのは上十二衛であり、貴方は無関係のはずです」
「ククク。何を仰るやら。確かに私は直接の関係者ではありません。しかし私はアンシャリーアの代理人です。彼女がこの火を消し止めたのです。彼女の代わりにこの事件の顛末を見届ける義務が私にはあるのですよぉ。中途半端は許されず、やるからには最後まで付き合うつもりです。それに、戦力は多いほうがいいでしょう?これでも軍人です。戦場では指示に従いますよ」
「けれど――いえ、やはりダメです。私の一存で決められる問題ではありません」
レヴィは首を左右にして、道化師の助力を断った。理由など、聞かれるまでもない。
すると道化師は引き下がるふりをして、青の隊長ににじり寄った。道化師を最大限に警戒していた彼でさえ、無様に接近を許してしまう。戦力という一点に限れば、道化師は最上の宝玉だと言える。
「ねぇ、青龍の人。私も連れて行ってもらえませんかねぇ?個人的好悪はこの際別として、わたくしどもがこの手の任務に慣れているのはご存知でしょう?だったらお姫様を救うためにも私をうまく使ったほうがよいことはお分かりでは?」
「……また、災いが起こるとでも言うつもりか?」
「さぁ、どうでしょうねぇ。さっきも言いましたが、私たちはあの竜人を一度見捨てています。彼女は器ではなかった。だからといって悲劇が繰り返されないとは限らないのが、未来の難しいところです。分からないからこそ、我々は全身全霊で未来に備えなければならないのでは?」
「……確かに第二魔術師団の連中はこの手の任務には慣れているのだろうさ」
「では?」
「だが、これ以上無様を晒すわけにはいかん。我々にも面子がある。これ以上貴様ら魔人共の介入を許すわけにはいかんのだ」
「クックック、一時のプライドで一生のキャリアを台無しにするおつもりということで宜しいので?」
「黙れ、挑発に乗るつもりはない」
額に青筋を浮かべながら、青の隊長は毅然とした態度で道化師の誘惑を跳ね除ける。
道化師は己の思惑がうまくはまらなくても一向に頓着せず、がっかりする気配さえ無い。
「強がるなぁ、じゃあ保険にしましょう」
「……保険、だと?」
「私は居ない。誰も見なかった。――口裏を合わせれば簡単な事でしょう?そしてお姫様の身に危険が迫った時、その時は最後の一線として――」
「手柄を貴様が総取りするという算段か、笑えん冗談だ」
「手柄ぁぁ?くく、あっはっは、まだそんな微温い考えでいるんですかぁ?これはもう功績を積み立てる仕事ではなく、負債を帳消しに持っていけるかどうかの勝負なのですよ?立て篭もり事件の責任は街の衛兵たちにおっ被せるとしても、結局帝城の懐深くまで賊の侵入を許し、破壊工作を阻止できなかった失態。一体誰がどうやって償うんですかねぇ。わたくしども第二魔術師団には私心などございません。徹頭徹尾、この馬鹿騒ぎを早期収束させることこそが、帝国のためだと思っているからこその協力です。手柄など必要はなく、ただ穏便に事件を収束させることだけがわたくしどもの望みなのです。……あなた、軍属について何年です?」
本質を突いた道化師のかまいたちのような言葉の刃に精神防護を切り裂かれ、怯んだところで青の耳には予想外の質問が投げかけられる。一瞬、思考が白紙に戻され、微細な隙ができる。
「――かれこれ二十年にはなるか。騎士として、というのならば十年ぐらいだが」
「だったら実戦経験もあるでしょうに。前線で体を張って命がけの戦いに臨んでいる時、後ろで呑気に花火で遊ばれるのがどれほど鬱陶しいことか、分かるのではないですか?えぇ、とにかく帝都の馬鹿騒ぎは終いにしてしまいたいだけなのです、わたくしどもは」
今度こそ完全に青は敗北した。皇帝の不在の帝都を守るべき上十二衛。戦地にある御心を騒がせる乱の数々。
今この状況ではプライドというものがどれほど意味を持たないものか。
最善を選ぶために、何を見据えるべきなのか。
「……自分の言葉は守れ。それを守ると誓うのならば、貴様の従軍を許可しよう。どうか、竜人様を救ってやってくれ」
「心得ました」
項垂れる青。
反面、喜色満面の道化師は、どうだと言わんばかりにレヴィに振り返る。
この一幕で、若干の時間のロスはあったが、軍勢は出発した。
帝城を出て、商業区へ向かう先遣隊およそ四十人。青龍隊、麒麟隊、紅雀隊から選抜された猛者たち。
その中には、ナタリアと道化師の姿もあった。
ナタリアはレヴィの傍にぴったり寄り添っていた。
今、”声”はこの場にいない。偵察だと言って別行動中なのだ。
彼のいない心細さを補うために、レヴィの温かさを少しでも感じられる場所に居たい。
暖炉の炎のように周囲に熱を与える騎士は、前だけを見据えていた。
先遣隊が出発した後の火災現場で、青と黄の隊長が顔を突き合わせていた。
黄色は迷惑そうな表情をしているところから察するに、呼び出されたのは彼の方なのだろう。極めて不本意そうに感情をむき出しにする大男は、殊更に腰の剣をがしゃがしゃ言わせている。
「それで、一体何の用だよ。俺も一刻も早く教団とやらをぶっ潰したいんだがよ。俺らは顔面に泥塗りたくられたも同然だ。汚名返上しなきゃ気が済まねぇ」
灰と瓦礫の散乱する惨状を両腕で示しながら、黄色は若干声を荒らげた。
「大事の前の小事、とはいかにも正論。しかし、路傍の小石は取り除く必要がある。道化師などという不安の卵を抱えたまま、悪路を敢えて進む度胸はないな」
「脅迫されて折れたのは何処のどいつだっつーの……」
流石にあからさまな悪口はぶつぶつと口の中でつぶやくだけだ。
黄色の不満だらけの様子を無視して、青は自分の話を進める。
「不本意ながら、悪名高き第二魔術師団が同行している。任務は達成されるだろう。……どんな犠牲が払われるにせよ。さて、本題に入ろう。炎剣の話ではここに着くのが彼女よりも遅れたそうだな、理由は?」
「……悪かったよ。寄り道してたんだ」
「続いて。焼死体が一体発見されたらしいが、身元確認は済んだのか?」
「……あぁ、うちの者だった。麒麟隊の当直の一人だ。二人組のもう一方もこの爆発で軽いけがをしてる」
「事実の確認はこれくらい、か。次は考えを聞きたい。――どうして武器庫で爆発が起こったと考えている?」
「はぁ!?んなもん、教団とやらが爆発させたんだろーがよ!」
「手段を問うているのだ。日属性魔術であれば小規模の爆発は起こせるが、建物を崩壊させるほどの爆発は起きぬ。一人の人間が扱える限界というものが有る。よっぽどの腕利きであっても……いや、だとしても不可能だろう。まだ犯人は人外だという方が説得力が有る」
「……だったらそいつが犯人だよ。亜人の野郎だ。強大な魔力を操る亜人がやったんだろ」
「そこまで幻想に近い亜人は、そもそも数も少ない。軍でも囲っているものが何人もいるが、基本的に彼らは管理下に置かれているのだ。――私はむしろ別の可能性を考慮しているよ。教団の事件について独自に情報を集めているかどうかは知らんが、連続爆破事件くらいは少なくとも知っているはずだ」
「……まあな。街の連中も不甲斐ないぜ。俺らが捜査にあたれば今回の事件だって未然に防げたかもしれねえのによ」
「武器庫の爆発も彼らの仕業だとすれば、教団には貴方の言う強力な亜人が協力していることになる」
「そういうこともあるだろうさ。俺たち帝国の人間は亜人たちを虐げてる。恨みに思った奴が暴発したって不思議はない」
「ふむ、確かにその可能性は否定出来ない。化け物揃いの第二魔術師団なんて組織がまかり通るのが世の不思議。強力な術者を二人抱えた組織があっても不思議はない」
「そうだろう、そうだろう。……ん、まて。二人だと!?」
「武器庫の爆発と時を同じくして、商業区でも爆発があったようだ。その爆発に翻弄されている警備の隙を突かれ、姫が人質にされた……というのが事件のあらましだな」
「ずいぶんと……詳しいんだな」
「そこはそれ。それなりのアンテナを張っていればな。さていよいよ本題だ。現時点ではただの推論だが、あながち間違ったものではないと思うよ」
推論とは言うものの、青の自信に満ちた態度はそれが確信に近いことを教えてくれる。
「邪教が二人も戦術級の爆裂魔術師を隠していたと考えるより、余っ程可能性の高い推論だ。つまり、彼らは道具を使ったのだ。街区隊の捜査上に浮上している一つの薬品の名を知っているか?火の精粉――火の勢いを爆発的に強める粉だそうだ。これを使用すれば、点火のための小さな火を起こすだけで、十分大規模な破壊を行うことができる。量さえあれば、二箇所で同時に爆発を起こすこともできる。点火に優秀な術師が必要なくなるからな。多くの疑問点を一発で説明できる。街の奴らもちゃんと仕事はしているのだよ」
青の言葉を聞いて、黄色は両目を閉ざした。それは根拠のない言いがかりに呆れているようにも見えたし、図星を突かれて観念しているようにも見えた。
火の精粉は、レヴィが街の衛兵長に提供した情報から浮上してきた証拠品である。
西の王国周辺の鉱山で産出されるため、帝国に多量に供給されることはない。専門に調合を行う錬金術師たちの間では普通に流通しているが、一般に知られているとは言い難い。
入手困難な薬品だからこそ、悪用するものは今迄いなかった。王国軍が、破壊工作への軍事転用ノウハウを頑なに隠し続けていたせいもある。
もし火の精粉を悪用する方法を誰かが思い付いたら?
爆発性の薬品に対する備えを怠っていた帝国にとっては、いつかは経験しなければならない事件だったのかもしれない。今までは優秀な魔術師だけに首輪をつけていれば良かった。しかし十分な訓練もしていない一般人がこれだけの火力を携行できる時代が訪れようとしているのだ。
管理による社会構成に行き詰まる帝国と。
自由と公平を謳い、社会を拡大させていく王国と。
この帝都爆発事件は、そういう構造の問題でもあった。
――長い沈黙の後、黄色はようやく重い口を開いた。
「……不心得者がうちにいた」
「……」
「武器庫の出納係だ。軍の備品を横流ししてやがった。そいつの仕業だと思うが、医薬品に偽装されて、その火の精粉とやらが武器庫には置かれていた」
「それに火が付けば、蔵が崩壊するだけの量なのか?」
「そこまでは知らん。しかし数年前から不正は行われていた。どれほどの量が貯蔵されていたのか想像もつかねぇ」
青はゆっくりと武器庫の惨状を見渡し、確認した。確かに被害は甚大だ。けれど外壁の一部はいまだ健在。ある程度まで爆発の威力は抑えられていたように思える。
「横領した軍需品は民間に流れ、巡り巡って教団の元にたどり着いていたという訳か。っは、なんとも笑えない話だな。あまりに酷すぎて、事を公にする気さえ起きぬわ」
「……なんだとっ!?」
青の言葉があまりにも意外だったのか、黄色は目を見開いてまじまじと青の顔を見つめていた。
不快そうに右手を払い、視線を遮った青はとくとくと真相を闇に葬ることの意味を説明し始めた。
もちろん利己的な青の考えることだ。麒麟隊や黄色の隊長を思ってのことではない。
要はとばっちりを恐れたのだ。単なる失態であれば、その責任を相手に問うて優位に立つことが出来る。しかしこれは問題が大きすぎた。
もしかすると、自身の地位さえ危ぶまれるかもしれない。そう考えた青は、誰もかもを不幸にする事実をいっそ隠し通してしまうことを考えたのだ。
簡単なことではない。
しかし偶然にも今回に限っては、事実の隠蔽に有利な条件が揃っていた。
一つは皇帝の不在。絶対的な裁定者の不在は事態の隠蔽には有利に働く。
次に分かりやすいスケープゴートの存在。”太陽の使徒”という規模の小さい教団は、最近急速に悪名を高めている。全てを彼らの仕業ということにすれば、多くの不都合な事実も纏めて葬ることが出来るだろう。
青の提案は彼にとって非常に有利なものだったが、破滅待つばかりの黄色の隊長にとっては天からの一筋の蜘蛛の糸である。提案を呑む意外選択肢は与えられていなかった。
後ろ暗い取引はかくして成立する。
”声”はその一部始終を、見えざる身体で見届けていた。
ナタリアに偵察するとは言ったが、行き先は告げていない。きっと”太陽の使徒”の偵察に向かったと勘違いしてくれているだろう。そうなるように誘導したのだ。
”声”は手に入れた真実を利用するつもりは無かった。
ナタリアに知らせるつもりさえ無い。
脅迫なんてあの少女には似合わないし、なにより危険だ。
危険から少女を守るために動いているというのに、自ら火種を求めに行っては何のことやらわからない。
この騒動でナタリアの居場所が脅かされない限り、目をつぶろう。
けれどこちらに手を出せば、相応の牙を剥く。
相手に聞こえもしない警告を言い残し、”声”はナタリアの下へと戻っていく。
あちらもあちらで心配だ。火事の現場に向かわされたのも予想外だったが、立て篭もり犯との前線に出るというのはもっと予想外だ。いくらレヴィが居ると言っても、全ての流れ弾から守られているわけではない。
『いざとなれば……』
そういう時の為に、できるだけ傍に居てやらねばならない。
血肉を持たない己の無力さと、身体を持たないがゆえの可能性を胸に掻き抱き、陽炎はもう一つの戦場へとひた走った。




