表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
師父慕う少女、果てに至る物語  作者: 犬山
肉食獣の遠吠え
23/64

EX勤勉なギルド職員A

時系列が前後します。過去話。

構成下手で申し訳ない。

 魔術師ギルドでは、大陸中の主要な都市に支部を出している。

 魔獣の脅威から、万全な交通網が望めない状況でも、戦う力を持った魔術師は比較的安全に都市を往来できる。

 戦士であり、学者であり旅人でもある彼らは広く薄く世界中に在住している。


 帝都のギルド支部は職員二十人が切り盛りする中規模の支部だ。

 私はそんなギルドの受付で働いている。労働時間は長いけれど、訪れる人は少ないので、暇な時間も多い。

 私は受付の衝立の影で、黙々と内職に勤しんでいた。

 地属性の魔力を指先に込めて、木材を折れないように丸めていく。細長い小枝が、弓の円弧のようにしなり、そして限界を越えようとする瞬間、素早く〈変形〉で破壊を止める。そのまま結び目を作り、輪っかにする。あとで適当な魔石でも加工すれば、小洒落たネックレスになる。輪のサイズを調整すれば、バリエーションも豊富だ。

 市場に少量流すことで、副収入を得ている。暇を持て余すギルド支部などこんなものだ。さすがに、王国にあるギルド本部ともなれば、様々な術式を解析し、各地に指示を出しているだろうから、閑古鳥が鳴くなんてことはないと思う。


 日課の内職に勤しんでいると、来客がみえた。

 扉が震える微かな兆候だけで、既に私は客から見えない場所に、作成中のアクセサリーを隠した。早業だ。

 さも謹厳実直そうな顔をして、珍しい来客を迎える。

 怖ず怖ずと扉を押し開いたのは、小さな人影だった。目立たない色のローブを頭から被り、キョロキョロとギルド会館を見回している。


「ようこそ、魔術師ギルド帝都支部へ。何か御用でしょうか?」


 見た目は可愛らしい子供にしか見えない。けれど、安易に迷子だと早合点はしない。

 高位の魔術師は外見年齢を偽ることができるから、ただの子供だとしても侮れない。


「う、うむ。買取を願いたいのじゃが」


 緊張した様子の幼女はカウンターに歩み寄る。フードに隠れて見えなかったが、ちょっと嫉妬してしまうくらいに可愛らしい顔立ちだ。将来さぞ美人になることだろう。

 それにしても買取とは。

 ギルドが題目に掲げる国境を越えた魔術の探求。そのための活動の一環として、とかく秘密主義な魔術師たちから、未公開術式の買取を行っている。

 本部ではまた別だろうが、こんなしがない東の支部では十年に一度あるかないかの客である。

 私も話には聞いたことはあっても、実際見るのは初めてだ。


「と、取り敢えず、見せてもらえますか?」


 私自身には鑑定眼のようなものはない。仕方のないことだと、自分を慰める。だって正真正銘これが初めての依頼だったのだから。

 カウンターの裏に取り付けてあるベルのような魔具を小槌で叩く。耳に聞こえる音は鳴らないが、対となる魔具が振動して合図を送ることができる便利な道具だ。値が張る上に通信距離が短く、このギルドにも二組しか置いていない。

 私だけでは判断できない事態になった時のもので、二階の控え室に連絡がいくようになっている。今日は支部長が在室しているはずだから、彼がくるはずだ。


 目の前の少女はローブの内側から、木板を取り出していた。背伸びをしてそれをカウンターの上に乗せ、表面のカバーを剥がす。


「死んだ魔法陣ですね。もしかして、これは新しい魔法陣ですか?」


 少女は黙ってコクリとうなづく。

 勘で言ってみたが、当たっていたみたいだ。

 本当のところは生き字引のギルド長に確認してもらわないとわからないのだけれど。

 ユニソルシエール中退の私に多くを求められても困る。運良く魔術に関わる仕事に就くことができたが、魔術師としての私は、熟す前に枝から落ちてしまった脱落者に過ぎない。ちまちま内職をして小銭を稼ぐ、しがない女。むしろ、十年に一度の珍事に遭遇してなお平静を保っていられることを賞賛して欲しいくらいだ。


 見せられた魔法陣は乾いた血液が赤黒く変色していて、知らない人が見れば不気味に思うだろう。

 魔力は残っていない、完全に死んだ魔法陣は、機密保持の為に焼却処分されるのが普通だから、一般人が目にすることは珍しい。


 そうやって鑑定するフリで時間を稼いでいると、ようやく上階からギルド長が降りてきた。

 毛がない頭部が目立つが、身なりに気を遣っていて、嫌味のない高級服を着こなしている。

 理論派の魔術師でソルシエールの教授時代の著作は、全てソルシエールの図書館に収められているらしい。

 偉いか偉くないか、と聞かれれば偉いと答えるしかない。


「ほぅほう。魔術師ギルドにようこそ。私はこの支部を任されているギルド長のヴィトールです。御用向きを伺っても?」


「ギルド長。こちら、買取希望の方です」


 自分が呼んだのだけれど、白々しく緊張した風を装う。自然に見えただろうか。ちら、と小さな人影を伺うと、こちらの小芝居に気付いた様子はない。


「ほぅ。これは見たことのない魔法陣ですな。いやはや有難い。未公開の術式や魔法陣などは入念に秘匿されているものですからな。私も魔術師ですから、気持ちはわかります。わかりますが、より多くの人々のためにも、研究成果は出来る限り公にしていくべきだと考えております。いやぁ若いのにご立派ですな」


 役者のギルド長はベラベラと語り始め、手放しに来客を褒めちぎる。


 見事な詐術だと感心するが、どこもおかしいところはない。


 ヴィトールは魔法陣についての著作も幾つか書いたことのある専門家。

 彼が本物だと判断したのなら、きっとこの魔法陣は、正真正銘の未公開魔法陣だ。

 だとすれば、問題は少女の素性になる。なぜこんな珍しいものを持ち込めるのか。


 思うに可能性は三つ。

 

 第一は最も低い可能性。彼女が自分で魔法陣を創作してしまうほどの才人ということ。見た目通りの年齢なら論外だが、実は凄腕の老魔女ならありえることだ。もしそうならば、若返りの秘訣をご教示願いたいものだ。最近口元の皺が深くなってきている気がする。魔術でもいいから、なんとかしたいのだ。


 第二はもう少し現実的な可能性。

 彼女が、使いの者である、というものだ。

 使用人にしては幼過ぎるが、容姿が優れているから年齢は度外視されたのかもしれない。

 単純に親が大魔術師でお使いにやられたのかもしれない。

 しかし、どちらであっても不自然さが残る。術式の価値は金銭だけで計り知るれるものではない。たとえ血の繋がった親族であろうと、秘伝の術式を軽々しく預けたりはしない。本当に売却するとしても、本人が来るはずだ。付き添いもなしに、このような子供一人で来るなんて、舐めているとしか思えない。

 違和感は拭えない。


 残された可能性は一つ。

 最も可能性が高く、最もきな臭い想像。この少女が非合法な手段で術式を手に入れた可能性だ。

 父の術式を盗み出したか。はたまたどこかの魔術師の蔵にでも忍び込んで魔法陣を奪ってきたか。

 ただのこそ泥だと思えば、この状況の不自然さも少しは説明がつくというものだ。

 落ち着きがないのは、悪事をしたという自覚があるから。大方金銭目当ての犯行だろう。


 さて、そうするとどういう対応をとるのが自然だろうか。

 こっそり支部長の方を窺う。

 話術によって相手の尻尾を掴もうとしているようだが、うまくいっていないようだ。相手の少女の受け答えの巧みさに翻弄されているというよりかは、単純に黒い部分が少ない印象に見える。

 泥棒ではない?

 そんな疑念を生じさせるほど、少女には嘘偽りの気配がなかった。


 盗み出してきたのならば、その盗みが露呈することを恐れる気持ちが、欠片でもないとおかしい。

 万人に良心を求めるのは、詮無きことと思っても、恐怖を感じない人間はなかなかいない。

 犯罪が露見しない自信があるのか。

 あるいは彼女は犯人ではないのか。


 単なる運び屋という線もある。路地裏の子に小銭を与えて、ギルドにやる。別人を使うことで、捜査の目は撹乱できる。

 術式を換金させた後、子供を始末すれば痕跡も残らない。悪どくて、胸の悪くなる話だが、あり得ないと言い切れない。


 とにかく、これは犯罪絡みだと当たりを付ける。相手の事情はわかった。 

 

 ならばこちらは?

 支部長は王国のユニ・ソルシエール出身だし、私もソルシエール中退だ。ギルド関係者の多くはソルシエールの関係者でもある。帝国に住んではいるが、心情的には王国寄り。王国と帝国の戦争は望んでいないから、過剰に帝国が戦力を持つことは避けたいと願っている。


 帝国の魔術師の下から未公開術式が失われるというのは、愉快な出来事だが、犯罪者を野放しにするのも頂けない。捜査の名目で帝国に腹を探られるのも、面倒な話だ。

 ともあれ、下っ端の自分があれこれ思い悩んでも仕方ない。ギルド長がどういう決着を狙っているのか。

 それとなく会話を聴き取りながら、思考を巡らせた。


「――登録基準を満たしているか、販売数に応じた利益分配などが選考基準ですな。ランクAからランクEまで分かれております。敢えて帝国の基準に合わせるなら、ランクAが等級壱、ランクCが等級参にあたるでしょうか?民生品も登録している分、我々の基準の方がより幅が広いのです」


 支部長は買取価格が大きく左右される登録ランクについて、説明していた。

 何故だろう。魔法陣については、ランクCとして一律買取の決まりになっているはずなのに。わざわざものぐさな支部長がそこまで説明するのは、ただの親切心とも思えない。

 ――まさか、彼女の持ち込んだ魔法陣はとてつもなく画期的で、従来のものと比べて何倍もの効果があったのでは?ランクにしてA相当とか!!


 妄想が膨らむが、別にそんなことはなかった。

 よく聞けば、少女が持ち込んだのは魔法陣だけではない。夜属性の魔術も同時に売り込んでいたのだ。

 十年に一度が二重に重なり、もはや奇跡に思える。

 盗人だとすれば、研究成果を根こそぎ盗られたであろう魔術師に同情を禁じ得ない。


「ふむ。悠長に審査を待ってはいられぬな。ランクCへの登録をしようか」


「未登録の術式であれば、審査なしに登録可能です。代わりに、この術式の公開によって得られる利益分配はありません。もちろん登録後も個人で使う分には自由です。人に教える場合は、こちらを通して頂きたいですな。強制ではありませんが」


 ランクCの報奨金を頭に思い出し、ため息をこぼしそうになる。あれだけあれば、一年間は働く必要がないくらいだ。お零れに預かりたい。


 そんな大金の実感がないからだろうか。少女は緊張していても、それで指が震えたりはしない。いたって普通そうにしているのだ。

 ギルドの帳簿管理の手伝いをしたことがあるからわかる。利用者、組合員の少ない帝国支部の懐は寂しい。ランクAの報奨金を出すためには、運営費に手をつけねばならないほど。

 二段劣るとはいえ、ランクCでも痛い出費である。ましてや盗品の売買ともなれば、最悪補償金を絞られる可能性さえある。

 支部長は何を考えているのか。


「わかった、覚えておく」


「では二つともお預かりします。Cランク術式と魔法陣、合わせて――になります」


 にこにこと支部長は笑っている。取引が完了したことを素直に祝福したわけではないはずだ。アレはもっと狡猾で、腹黒い上司だ。盗人と取引するつもりだとしても、驚かない。


「では黒霞と魔法陣を登録いたします。報奨金の受け渡しについて、ですが額が額なだけに、すぐには用意できません」


「なんじゃと」


 少女は怪訝な目で支部長を見上げる。驚いたのは私も同様だ。確かに大金ではあるが、即金で用意できないはずがない。何を考えているのか。

 もちろん、交渉で矢面に立つ支部長の足を引っ張らないように、ポーカーフェースは守っている。

 いくら外面を取り繕っても、嵐のように揺れる内心は、かわらないのだけれど。


「……時間がかかるのか?」


「いえ、それほど時間はかかりませぬ。そうですな……二日、頂きたい。何しろ持ち運ぶにも結構な重さです。滞りなく取引を終えるためにも、必要な処置だとご理解ください」


「それくらいなら、まあ」


 不承不承納得したらしい少女。その後受け渡しの場所や時間を話し合って、少女はギルドを出て行った。

 完全に彼女が遠ざかり、見えなくなったのを確認してから支部長が口を開いた。


「やれやれ、すぐにでも衛兵に届け出なくてはな。もちろん、組合員の中で盗難被害が出ていないかの確認が先じゃが。まぁ、そうそう見つからん」


 帝国の魔術師の多くは軍所属しているから、魔術ギルドの世話になっている会員は少数だ。けれど住処もばらばらな彼ら全員に、聞き取りをするというのは、現実的には不可能だ。


「犯罪が判明した段階で、盗人を衛兵に突き出す。そうすれば、労せずして二つも術式を手に入れることができる。犯罪者に金を渡す必要はないからな」


「……もし、あの子に落ち度がないときはどうするのでしょう?」


「カカッ。それはそれで悪くない話よ。あの術式は偽物というわけではないのだから。それにこのご時世、未発見の魔法陣が存在したということは驚嘆に値する。本国の医術科に送れば借りを作れる。得な取引が完了するだけじゃ。どちらに転んでも損はない」


 低い声で支部長は笑う。

 犯罪幇助するのでなければ、確かにこちらに損はない。交渉相手が少しばかり幼いだけで、あとは全うな登録作業。書類には何の不正もない。


 ちらり、とかなり酷薄な考えが脳裏をよぎった。

 つまり総取り。彼女が犯罪者なら術式をただで入手。そうでなくても、交渉慣れしない子供だ。研究成果を横取りしても、泣き寝入りするしかないのではなかろうか。

 我ながら極悪非道に過ぎる。

 けれども、老獪な支部長ならばこれくらい思いつく筈なのに。と、彼の禿頭を見る。


 何も言っていないのに、支部長は返事をした。


「リスクがないわけではない。交渉相手としては、文字通り赤子の手を捻るような容易い相手だが、バックに何が控えているかわからん。それこそ、我らを国内から排除する口実を探す帝国軍の囮捜査かもしれぬぞ?この案件は」


 疑ってかかればなんでも怪しく見えてくる。

 私から見ると心配し過ぎな感があるが、その慎重さが彼の持ち味なのだ。

 思いもしなかった危険性を指摘され、顔が熱くなる。


「さて、二日後の会合に備えて、予定を空けて置かねばならぬな。――あー、スケジュール調整を手伝ってくれる優しい娘がどこかにいないものか」



「……それ、手当て出ます?」


「わしの歓心がな。金では買えない貴重品じゃ」


「優しい人、見つかるといいですね」


「わ、わかった!一杯奢ろう」


「影ながら、祈っています。そんな都合のいい人が見つかることを……」


「ええい!仕方ない、秘蔵の酒を一本丸ごと……」


「もう一声」


「……駆け引きを楽しむのは良いが、潮時を見極める目はもちたまえ」


 渋い顔になった支部長は少し怖い。

 じっ、と支部長はとある一点を見つめる。言うまでもない。私が衝立に隠したやりかけの内職を凝視しているのだ。堪らず、


「ちょうど暇だったんです。お手伝いしますよ」


 面倒なことに二日後の受付は当然のように私だ。

 となると、場合によっては大捕物に発展する可能性のある話合いに参加しなければならないのか。

 帝国軍にはあまりここを荒らして欲しくない。ギルドが総取りすることはないかもしれないが、穏便に済めばそれに勝ることはない。

 願わくばあの少女が、罪汚れない綺麗な子であることを。






ギルド術式登録活動

ランクE

既存術式のマイナーチェンジ。

登録被りがなければ即座に受理される。ただし報奨金は少額。手数料もいる。


ランクD

複合術式や、既存術式の改良であっても、明確な使用用途が規定され、大いに有用だと認められるもの。報奨金はランクEよりは高額。


ランクC

未登録術式の及び、魔法陣。これ以上のレベルの術式開発は才能が不可欠。一つでも登録されれば、生涯の誉にしても良いくらい。現在Cランク以上の登録術式は百数十。

被りがなければ、審査いらず。また審査待ちの術式も暫定的にここに組み込まれる。

報奨金は一年慎ましやかに暮らせる額。


ランクB

審査によって独創性を認められれば登録できる。

ランクCの数倍の報奨金に加え、登録術式を根とする発展術式がギルドに登録される場合、無料でその術式を知ることができる。

新たなる魔術の系譜を刻んだ証。


ランクA

登録は王国のギルド本部会館でしかできない。

厳しい審査を経て登録される。報奨金も多いが、本命はギルド会員向けの口座への自動振込。登録術式が販売されるたびに、収益の一部が開発者に還元される仕組み。



帝国軍管理術式


等級参

他国への技術流出、及び人に教えることが制限される。

魔道研究所で開発された術式は等級参指定を受ける。


等級弐

等級参の中でも特に有用性が認められたもの。等級参と同じ制限に加えて、端金と引き換えに、軍への技術供出が命じられる。


等級壱

極めて危険な軍事利用できる魔術群。軍の許可がなければ閲覧不可。

術式についての情報を拡散することも禁じられている。

飛行できる術式や、広域に毒物を拡散する生物兵器の術式が該当。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ