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絃ノ匣  作者: しま
第二章 「棹の部」
27/41

関係

お読み下さってありがとうございます!

今回は他者(柏木)視点です


藪に隠されたかのような小道を通り、柏木は荒い石階段を下りる。

今は橘の娘が一人だけ離れに残っている。

柏木の立場からすると何としても直接話を伺いたい証人。

母家がごたごたしている間に忘れ去られていた存在に、気付いた柏木は朱華に後を任せ、ここに来た。


妙に静かだ、と柏木は嫌な空気を感じ取った。

勢いよく、もっと言えば乱暴に、障子を開けた。


「旦那ぁ。今はちょいと静かにしてくれないかねぇ」


開けると同時に室内に籠っていた煙が鼻につき、思わず眉を寄せた。

煙の元、座敷の隅に黒い塊と白い面がいた。

呆気にとられる。


「何故ここにいる」

「あっしは気まぐれなんでねェ」


真っ黒なアワセを着流して、一人の男が煙管を銜えていた。


ひょろりとした細身は物が当てれば容易く折れてしまいそうで、

しかも長髪を下ろしているせいで顔だけ見れば女の様。

艶やかな顔つきながらも、白すぎる表は不気味さがある。

総じて人間離れし、その様は感嘆を通り越して恐怖を抱かせる。


煙いた空気が幾分ましになったのを待ち、柏木は足を入れた。


「あの姫は?」

「ここにいるじゃァないか」


男が下ろした煙管の先に、言われたとおり童女がいた。

ただし、意識がない。

質素な着物もそのままに、頭を男の膝に乗せ、目を閉じていた。

黒衣と隣り合わせにある存在に驚く。

今の今まで気付かなかった。


「本当に、寝ているだけなのか」

「そうとしか見えないけどねぇ」


童女は音もなく呼吸を繰り返していた。

特に怪我をしている様子も魘されている様子もない。

ただ、本当に眠っているだけのようだ。

痛いくらいの静かさは、まるでかばねのようだ。

胸に秘めておくが。


「寝ているとかわいらしいのだな」

「まるで普段はかわいくねェ言い方じゃないか」


男がいつものように、ゆるりと笑む。

応えるように童女が両の拳を抱えるよう、少しだけ身を丸めた。

年相応の幼いしぐさに肩の力が抜け、柏木はやっと腰を下ろした。

男の真正面に座す。


「器量はそう、悪いというでないが」


相手は笑みをそのままに、無言で先を促してくる。


「なんだか、な」


童女を間近から見下ろす。


この娘は、分からないことが多い。

少なくとも人でない存在モノは見えるらしい。男と目を合わせるのがその証拠。

娘と柏木が交わした言葉は少ない。

しかし、年に似合わぬ仕草や物言いには違和感を覚えていた。


また、独特の三味線弾き。

彼女が弾く音を聞いたのは一度だけ。

さほど芸に詳しくないが、朱華は聴いたことのない曲と言っていた。

むしろ「あれは何処にも存在しない音じゃ」と評していた。


何もかもが、徒人(ただびと)の娘にしては怪しすぎる。


何より、えること。それすら稀だ。

然れども、娘は様々な異能を柏木に見せた。


呪詛を形にし、しかも触れ、読み取った。

先ほどは他者に何かを伝えたと聞く。


どこが、と問われれば万の言葉が作れそうである。

だが、柏木の口から出てくるのは


「何か、が妙だ」


としか、言えない。そのまま黙っておく。

男は何も返さない。

ただじぃ、と、何もないところを眺めている。

どうやら娘に関しては話すつもりはないらしい。

ならば、違う話題をば。


「母家の」


聞いているのかいないのか、依然として男とは視線が合わない。

が、横から見える青灰の瞳がすう、と細くなるのを確認した。


「向こうは大騒ぎだ」


失神したお内儀を見た女中や奉公人は大騒ぎだ。

現在は母屋で休んでいるが、お内儀はまだ目を覚まさず、魘されたまま。

彼女には、まだまだ聞かねばならぬこと、確かめねばならぬことは大勢ある。

何せ、人に呪詛を移したのだ。

よりによって、実の娘に。


表立って知られていなかった娘と、母との関係性を柏木は知らない。

だが、歪んでいることはその場にいた朱華からの話からでも十分に分かる。


人に呪詛を移すことは、人を呪うと同じこと。

自分たち払い屋が禁じていることだ。


朱華から聞いた報告を受けた当主は、「そうか」と言ったきり何も言わなかった。

自身の妻のことを知っていたのか、知らなかったのか、分からない。


「お内儀かみに狐が悪さしたとか」

「狐、ねぇ」


くつくつと押し殺した笑い声がした。


「こいつァ、狐なんかじゃないさ。こんな人臭い狐はいねェだろう」


青白い指が娘の髪に触れた。

手つきも娘を見る眼差しも、思ったより柔らかくて意外に思う。

だがそれを言えばまた、この男は沈黙するだろう。


「人、臭いか」


男から、娘のことを話されるのは初めてだ。


「人臭くてかなわねェや。あっしと違ってねェ」


悩んでいるのが人らしいと、娘に鬼と呼ばれた存在が言う。

“自分と違う”その言葉の、意味。


「あんたは、」


カツン


鋭い金属音が宙を裂いた。

とっさに、身を引いた。

まだ使える枯れ草が、容赦なく灰皿に落とされていく。

固唾を呑む柏木の前で、再びカツン、と煙管の竹筒が灰皿にぶつかる。


「もう、喧しい相方が来るぜ?」

「しかし」

「くどい。あっしは今が一番楽しいのさ」


男が口の端を上げた。笑み、ともとれる。

だが、両の青灰色は冴え冴えとしていた。


これ以上は、問えない。

問えばおそらく、無事では済まない。

そういう力を、この男は持っている。


威圧を伴う一瞥に、口を閉ざした。


落ちる沈黙。

娘はまだ寝ている。

この娘と男の関係も、自分は知らないのだ。





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