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絃ノ匣  作者: しま
第二章 「棹の部」
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誰も何も言いませんでした。朱華はねずさんは私の目をじぃ、と見ます。

見つめられると背中がむずむずします。美人さんの視線って、色んな意味で危険だと思います。私的意見ですけど。

私が何も言わずにいれば、その沈黙をどう受け取ったのでしょう。

彼女は一つため息を零し、紅狩衣の懐に手を入れました。


「お主は我らの仕事を、知らぬと言うたな?」

「はい。存じ上げません」


即答です。ガチです。


「ほぅ」


取り出したのは見覚えのある扇。広げたのは真白の扇面。

あの、橋で会った夜のように、白紙が目元から下を隠します。

これはもしかしなくともあれですね、詰問体制ですね。


しかれども、我らに知らすかえ」

「須黒が、あなた方のもとに連れて来たので」


朱華さんの怪訝に柳眉が上がる。怖いです。正直に言いますと。

思わず、意味も分からず謝りたくなります。


「あの鬼。お主はあれに名を付けたか。なるほど、妙だと思うたわ」

「いけなかった、ですか?」

「名付けの意味を、知らぬと」


ことり、と今度は首をかしげた。

そうすると、年齢不詳の彼女が随分と幼く見えました。

小首を傾げる、て美人さんがやると犯罪的にかわいらし…げふん。いけません。何かが危ういです私。

真面目な場面のはずです。はずなのです。

そういえば、朱華さんと二人で会話するのは初めてです。

だから落ち着かないのでしょうか。


「はぁ、知りませんねぇ。本人に流されて名前を考えさせて頂いた、だけですし」

「お主、実は妙にこちら側に疎いな」

「よく言われます」


本当に。


「それで、あの鬼の紹介ゆえに信ずると?何とも危ういものよ。お主とあの鬼は、いったい」


まぁ、確かに須黒の言葉はゆらゆらしていてはっきりせず、信用できるかと言われると疑問です。でも、何故でしょうね。

彼は、危うい。人の血を甘すぎると言いやがりました彼(鉄の味しかしないはずですけど)

時々、人のことを焔の宿った目で見つめることもあります。

きっと、彼は無害な存在ではないのでしょう。

でも、私は生きています。助けられました。生かされました。わからない、分かりません。


「ただの、」

「ただの?」


結局、私と須黒、端的に関係性を現すならば、


「茶飲み友達です」

「は?」


呆ける朱華さん。

美人さんはそんな顔しても、美人さんです。素敵です。


「あえて言うなら、時々三味線を聞きにいつのまにか来て、いつの間にか帰る、そしてよくよく人をからかうのがお好きな、そんな………友人、でしょうか」

「あれを、友と申すか」

「あいにく、人間関係が幅広くないもので」


自分で言っててぐさりと来ました。


「主は…」


ふと、言葉を切った朱華さんがあらぬ方に顔を向けました。

障子の向こう側、離れに入る石階段の方角です。

今気づきましたけど、ばたばたと、向こうが何やら騒がしい。


「あの阿呆め」


朱華さんが剣呑な眼差しで不穏な言葉を吐きました。あらら。

母屋の方には柏木さんがいたはずですけど。

足音が近づいてきます。まず一つ、そのあと複数。

何となくですけど、一番最初にたどり着くのは、おそらく。


「放しなさい!!」


声が聞こえました。本来なら上品な言葉を日々紡いでいますのに。

止めに来た誰かと争っているのか、物がぶつかる音や諌める声がする。

このままでは埒が空きません、私から出迎えようとすれば。


「待ちや」


視界が白に包まれました。顔面に寸前にある白紙。

近すぎて分かりませんでした。これは、扇面です。朱華さんがお持ちであった。


「持っておれ。消して面を出すでないぞ」


耳にひそりと、囁く音。思わず言われた通りに扇の要を握ります。

詳しく考える前に、かん、と乱暴に障子があけられました。


「此処かっ」


取り乱した、女の声。

乱入する、足音。

一変する空気。


「どこ、どこにいる。満足?私たちをおとしめて!」


随分と、久々にその音を耳に入れました。

彼女がこの離れに足を踏み入れるなんて、初めてではないでしょうか。

何も見えない。白の向こうで罵声と、部屋の中を探る足音は続く。


「きえた?逃げたの、あの狐つき!」


私は顔を扇で隠しただけ。

ですが、どうやら彼女には見えない様子。

何かが、あるのでしょう。この白扇に。


「赤狩衣!答えなさい、あの狐をどこにやった!!」


あの狐。狐憑き。憑き物。あれ。あのもの。

何時からでしょう、彼女が私の名を呼ばなくなったのは。


「落ち着きなされませ、お内儀。未だ我らの問い詰めは終わっておらぬはず」

「問い詰め?まるで私たちが罪を犯したような「黙りゃ!」」


始めは丁寧な物腰であった朱華さんが、豹変した。


「主らは呪を人に移した。我らが禁じておることぞ!」

「人?人にですって?」


激昂を受け、しかし彼女は不意に笑んだ。哄笑した。

その先を、私は聞きたくありません。




「そのために、あれを生かしておいたのよ?」




「な、に」

「教えていない言葉を使い、知らぬはずのことを聞く。あれは、化け物よ。

 あれは私の子供ではない。取り替えられた!あれが私の子を殺した!。

 それでも私たちを咎めるの?橘の私を?

 汚らわしい。あの狐を放っておいて、私を咎めるなど。何と汚らわしい!」

「ほぅ。我らを侮辱するかえ」


彼女の怒りが朱華さんに飛び火する。朱華さんもまた不吉な空気を流し出す。


そ、と扇を畳みます。

私に背中を向けている彼女は気づきません。ですが、朱華さんが気付きます。

朱華さんは私を見て、不愉快そうに顔を歪めました。


『何をしている』


眼差しが問います。


『我らに守られるは不満か』


何度も首を振ります。

いいえ、いいえ。もう十分、守っていただきました。

他人である私を。たまたま縁があってあっただけの私を。

異物なのは私です。お二人は怪しみながらも、それでもお話をしてくれました。

どれだけ、もったいないほどに有難く、嬉しかったことでしょう。


目を瞑り耳を塞ぎ体を丸めてやり過ごすこと、自分を守るためには必要なときもあります。


「母様」


でも、それは今じゃありません。


今だけは、それではいけないことなのです。


「私は、ここにいます」




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