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絃ノ匣  作者: しま
第二章 「棹の部」
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探る目

じわじわと残っていた違和感が、すっかり消えていました。

ほ、と息を吐く。

見計らったのか、朱華さんが動きました。


「此れを」


渡されたのは真っ白の紙人形。

先ほどまで黒く変色していたものです。


「ひとまず、ここにおった輩はおらぬ」


すでに、手にあるのは“ただの”紙切れ一枚になっていました。

何故でしょう、心なしかさっきより軽い気がします。

お会いしたこともまして言葉を交わしたことすらなかった、聞かなければ名前も知らないお二人。

亡くなったからこそ、お会いすることになったというのは皮肉なものです。


「なにを考えてんだい?」


須黒が煙管から口を離して問いました。


「取り留めもない、ことですよ」


ただ、少し。ほんの少しだけ、重さの違いがひどく切なく思えて。

ただ、それだけのことです。


「考えても仕方のないことです」


ひとまず、その話は置いておこうと懐に紙を戻そうとしますと、待ったがかかりました。


「仕方なきことにして貰うては困るの。我らは二人のカバネをみておるゆえ」

「仕事の都合上、いろいろと聞かんとならん」


向かいに隣り合う2人。

探る目のぞき込む目、見透かそうとする目


あぁ、

いやですねぇ。


背筋に走る寒気に、着物の袖に隠れてふるえ出す指に、逃げ出したくて胃のあたりにくる不快感に、

そんな自分をを苦く思う。

何も言わぬ私に、朱華さんが目をつい、と細めました。


「橘には一つ、噂があったのう。憑き物がでた、とな?故に払い屋を雇うておったとか」

「おい」


柏木さんが顔を顰めて制止を促しました。

しかし、彼女はさらに目を細めて続けます。


「さほど大きくはならずに失せた噂よ。さて、真はどうなのであろうな」


…噂、とは恐ろしいものですね。

あの二人、特にあの父のことですから全力で口止めくらいはしていると思うのですが。

それでも、遮れませんでしたか。

あれだけ外部の人間に見せていれば当然ですか。

鋭い目つき、探る視線。また、また、その目。私、は

 


「おっと」



拍子抜けするほど人間くさい反応。

とっさに一同が見れば、燃え尽きた灰が煙管の火皿に詰まったようです。


「やれやれ。こればっかりは慣れないねえ」

「須黒…」


吸い口から唇を離して飄々と言う。

緊張感が抜けて行ったような、そんな雰囲気ですけど。


「お主、いい加減に…」

「朱華。盆、持ってきてやんな」

「…あい分かった」


朱華さんの言葉を、柏木さんが遮りました。

何か言いたげな朱華さんでしたが、結局何も言わず。

苦虫を十匹ほど噛み潰してしまったような顔で彼女は障子の向こうへ

ふぅ、と息を吐いて肩から力を抜いたのは、柏木さんです。


「あんたな、此処で吸うなと言っただろう」


うん?と須黒が目だけで柏木さんを見る。

その口元がにんまりと緩んでいて。いつのものことです、いつもの。


「というか、改めて思うが話聞く気ないだろう」

「まさか」


やはり歌うようにのんびりと須黒は言いました。


「あまり朱華をからかうな」

「おんや、突っかかるのはあちらの方さね」

「煽るな、と言ってんだ。機嫌悪くしてとばっちりが俺に来る」

「茶番だねぇ」


くつり、と彼が笑った。


「あっしが煽らねぇと、何も言わないのはそっちじゃねぇのかい」


空気が、固まります。

柏木さんがちらりと、こちらを見ました。


「ならば問おう。なぜここに連れて、俺たちに会わせた?」


その質問は、私も知りたかったことです。

出来れば、目立ちたくない。かような業種の人間と関わりたくありません。

須黒も、知っているはずです。

なら、何の意図を持って私をここに連れてきたのでしょう。


「あっしがいつもいる訳じゃねぇんでな」

「須、黒?」


ただ会話についていけずに黙っていたのですが。

思わず間に入ってしまいました。


「何です、それは。まるで、」

「お前さんが気にすることじゃあ、ないよ」


流し目に制され、喉の奥で続けようとした音が消える。


「なんじゃ、やっと払われるつもりかえ」


ちょうど、朱華さんが帰ってきました。

下がる眦、吊り上る口角。短い付き合いですが初めて見る表情です。

楽しみで楽しみで仕方がないというような。


「おい」

「主が然様さような顔をする故手は出さぬ」


つまらなさそうに肩をすくめた彼女の手に、煙管盆がありまりた。


「…ならいい。そこに置いてくれ」

「私のおらぬ間にお主が問い詰めるかえ?」

「お前がいると話がややこしくなる」

「そこな鬼に言うがよかろうぞ」


時をおかずに青白い指で刻み煙草が詰められ、火が回っていきました。

火種はありません。

以前の鬼火のようなもので火をつけたのでしょう。


「何故ここを選んだ?」

「…何が起こるか、あっしとてわからねぇ。

 まぁ、念のためさ」


じりじりと、枯れた草が縮れていきます。


「面白れぇもんが見れたがな」


須黒が視線を投げかける。目線が合う。

のろのろと、自分の指が目尻から目頭を撫でた。


「私の、目ですか」

「見えざる“モノ”が見える…見鬼ケンキか」

「ちょいと違うねぇ」

「では何ぞ。我らは異形が見える。なれど、そこな娘は違うのであろ?

 我らの知らぬ術、知らぬ目、知らぬ存在モノ

 危うかろうて?」


黙り込む私。

何も言わない須黒。


再び煙がゆっくりと吐き出されます。

誰も何も言わない。急かさない。

でも、待っている。

須黒もそれを察しているようで、殊更ゆっくりと、煙を吐き出した。


「あっしは」


来た。

かみ砕くように少しずつ、一滴一滴絞り出すように


「こいつを見せ物にするつもりなんざないんだがねぇ」

「…しかしな、」

「民に害はない。それじゃあ、だめかい?」



渋る二人。黙る私。


「ま、いいさ」


須黒がもう一度、煙を吐いた。


「とりあえず、さっさとこの件を片付けちまおうか」



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