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糸が見える天才魔導師の生き残り方  作者: ツユユです


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3/3

ビアンカ

「……ガキ。」


「ガキじゃありません。」


「…………。」


「…………。」


短い沈黙が流れたあと、女が口を開いた。


「何歳。」


「じゅ、十二歳です。」


女はしばらく俺の顔をじっと見つめる。


だが、すぐに興味を失ったように再び目を閉じた。


「十二なら十分ガキだ。」


「……。」


何となく意地になった俺は、女と適度な距離を空けたまま、隣の壁に背中を預けて腰を下ろした。


先に場所を譲るのは癪だった。


他はどこも地面が濡れていて、座れそうな場所がなかったからだ。


もちろん、相手は見ず知らずの他人だ。


最低限の警戒だけは解かない。


「…………。」


「…………。」


「なんで泣いてる。」


「泣いてません。」


「目。」


女は短くそう言った。


反射的に目元を手の甲で拭う。


指先に、湿った感触が残った。


(……え。)


俺、いつ泣いたんだ?


自分でも気づいていなかった。


「た、たぶん雨でも降ってきたんですよ……。」


「今日は朝から雲一つない快晴だったけど。」


「うっ……。」


「……孤児院の子か?」


「えっ……ぼ、僕のこと知ってるんですか?」


「いや、初対面。」


女は淡々と答える。


「最近は世の中も物騒だからな。子どもを捨てる親も珍しくないらしい。」


「……まあ、そういう世の中ってのもあるし、決め手はお前の服装だ。」


俺が身につけている白い服は、孤児院の子どもたちが揃えて着ている、いわば制服のようなものだった。


だが、辺境の町では珍しくもない服装だ。


これだけで孤児院の子どもだと断定するのは難しい。


「朝、同じ服を着たガキどもが大勢で遊んでるところを見かけた。」


そういえば昨日、院長先生が子どもたちを連れて街へ行くと言っていた。


けれど俺は行かなかった。


代わりに、野良猫を眺めたり、空を飛ぶ鳥を追いかけたりしていた。


……正確には寝ていた。


「も、もしかして……正体は子どもを付け回す変態ですか?」


「何をどう考えたらそうなるんだ……。ただ通りすがりに見ただけだ。」


女は呆れたようにため息を吐く。


「それより、お前。もしかして今日、誕生日か?」


「誕生日じゃないですけど。」


「その頭に乗ってる三角帽子。」


女の視線につられて、自分の頭へ手を伸ばす。


そこには、さっきまで存在を忘れていた紙の三角帽子が乗っていた。


瞬間。


羞恥心が込み上げてくる。


俺は無言でそれを乱暴に取り外すと、手の中でぐしゃりと握り潰し、そのまま足で踏みつけた。


「……。」


俺の反応を見ていた女は、小さく息を漏らした。


呆れたのか。


それとも面白かったのか。


「ふっ……。」


低い笑い声をこぼしたあと、暑苦しそうに被っていたフードへ手を伸ばす。


そして、ゆっくりと後ろへ下ろした。


「ふぅ……暑い。」


ローブの奥から現れたのは、二十代前半ほどに見える女性だった。


透き通るような銀色の長い髪。


それと同じ色をした長いまつ毛。


だが、その美しい顔立ちとは対照的に、目元には濃い疲労が浮かんでいた。


生気を失った瞳。


まるで『死んだ目』という表現のために存在しているかのような、どこか虚ろな表情。


それでも――


その陰鬱な雰囲気をすべてかき消すほど、彼女は美しかった。


少なくとも、俺がこれまでヴィレで見てきたどんな女性よりも。


「き、綺麗……。」


「ん?」


「い、いえ! 何でもないです!」


思わず漏れた言葉を慌てて誤魔化す。


「お前、名前は?」


「……それ、聞いてどうするんですか?」


「嫌なら言わなくていい。」


「……フェレンです。」


「ビアンカ。私の名前。」


女――ビアンカは、ぶっきらぼうに名乗ると、それ以上興味を失ったように再び壁へ視線を戻した。


俺も彼女に倣うように壁へ背を預ける。


空は夕暮れを終え、太陽が沈み始めていた。


路地の外から差し込んでいた光も次第に消え、辺りは完全な闇に包まれていく。


もう本当に帰らなければならない時間だ。


それくらいは分かっていた。


それでも。


帰りたいとは思えなかった。


孤児院の息苦しい空気よりも。


名前も知らなかった異邦人と向かい合っている、この薄暗く湿った路地裏の方が。


今の俺には、ずっと居心地がよかった。


俺はそっと、彼女の横顔を盗み見る。


その瞬間。


視界に、例の『糸』が映り込んだ。


生きている人間に絡みつく糸は、いつもはっきりと視える。


だが――


ビアンカという女の糸は、明らかに他の人間とは違っていた。


色が違う。


形も違う。


そして何より、彼女の周囲に伸びる糸の繋がり方が普通ではなかった。


多くの糸が、彼女の両手へ集中している。


まるで巨大な蜘蛛の巣、その中心に立っているかのようだった。


こんな形の糸を見たのは、過去に一度だけ。


孤児院の院長先生の知人で、中央政界でも高い地位にいるという身分の高い『魔法使い』が訪れた時だ。


あの老魔法使いの糸も、今のビアンカと似た特徴を持っていた。


もっとも。


その時の魔法使いは、両手ではなく胸の中心に多くの糸が集まっていた。


形そのものは違う。


それでも、どこか同じものを感じた。


「……あの。」


「何。」


「もしかして……ま、魔法使いですか?」


ビアンカの閉じていた瞼が、ゆっくりと開いた。


「……どうしてそう思う。」


「そ、その……なんとなく。」


まさか、自分にしか見えない『糸』のことを話すわけにはいかない。


また変な子ども扱いされるのは御免だった。


ビアンカはしばらく無言で俺を見つめる。


その灰色の瞳には、何かを探るような光が宿っていた。


だが、すぐに興味を失ったように視線を空へ向ける。


「…………。」


しばらく沈黙が続いた。


そして彼女は、独り言のように小さく呟いた。


「……まあ、別に知られても問題ないか。」


そう言って。


ビアンカは面倒そうに口を開いた。


「私は――」

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