四
さらに二度、オレの目の前がグニャリと歪んだ。
「なんということだ……。おい、お前いつまで寝ている!」
雪舟がヴィルの頭をポカポカ叩いてヴィルを目覚めさせる。
「さっさとやり直せ! 今直ぐだ!」
オレの目の前がグニャリと歪んだ。
ここは?
「荘介いるか?」
返事はない。
まあいい。
聞き込みで探っていこう。
忍びなんだから⋯⋯。
どうやらここは永禄十年五月八日。リセットの前日である。すでに美濃三人衆の一角である稲葉一鉄は調略済みという状況であるのだろう。しかし、荘介が現れないのは、それが確定事項だからか⋯⋯。それはわからない。オレはとりあえず竹中邸に向かう。
竹中邸の前まで来て、念のため言ってみる。
「荘介いるか?」
返事がない。オレは涙が出るのを抑えながら竹中邸に入っていった。
「おお、小次郎殿ではないか。何かお忘れものですかな?」
竹中半兵衛の問いにオレは答える。
「実は申し上げるのを忘れていましてね……」
「わかっております。明日のことでございますね」
竹中半兵衛はニコリと笑い、さらに続けた。
「稲葉山城を再び乗っ取るというお話でしたな。心配せんでも大丈夫です」
小声でオレに言ってきた。
そういうことは先に言えよ。
荘介!
オレは深々と礼をして、その場を立ち去った。
永禄十年五月九日夕刻、竹中半兵衛は単独で稲葉山城に丸腰で登城する。オレとゆきなは先回りして稲葉山城に潜入している。竹中半兵衛は織田軍への対応の打ち合わせと称し主君の斎藤龍興に謁見することとなった。オレとゆきなは現在、謁見が行われる部屋の天井裏に潜入している。オレはすっかりあることを忘れていた。おそらくゆきなも忘れていたのだろう。ゆきなが天井裏の前科持ちだということを⋯⋯。
竹中半兵衛と斎藤龍興の謁見が始まる。議題は竹中半兵衛の岳父である安藤守就のことだ。どうやら安藤守就を含めた美濃三人衆が織田方に寝返ったという知らせを竹中半兵衛は斎藤龍興に白々しく報告する。その対応を斎藤龍興を含め斎藤家重臣三人と協議に入ろうとしている。
ん?
今、バリッと音がしなかったか?
ゆきなを見ると、彼女が苦笑して右足を天井から抜いている。
デジャヴ?
デジャヴだよ⋯⋯。
悪夢ふたたびってやつだ。
オレは天井を踏み抜き謁見の間に突入する。謁見の間は蜂の巣をつついたような有り様であった。
そもそも火炎のゆきなについては潜入任務など最初から不向きであるとわかっていた。わかっていたんだが……。気分転換にと思って連れ出したのが間違いであった。
竹中半兵衛は呆れ顔で苦笑いをしている。失敗した時の対応は打ち合わせしていた。とりあえず斎藤龍興を確保して稲葉山城を強引に乗っ取ってしまおうと。
オレは風魔忍術の疾風を使って逃げ惑う斎藤龍興に肉薄する。なるほど、荘介の言っていた通り今までのオレは半分だったと実感した。疾風が倍速なのである。おそらく常人にはオレの姿など見えないだろう。
オレは斎藤龍興を確保して呆れ顔の竹中半兵衛のもとに戻る。
「すまないねえ。うちのくノ一がやっちまって……」
「それでどう始末をつけます」
竹中半兵衛がそう言うので斎藤龍興とゆきなの顔を交互に見ながらオレは言った。
「城を明け渡さないって言うなら、火炎のゆきながこの城を焼き払えばいいんだよ」
オレがそう言うと斎藤龍興が勢いよく首を何度も縦に振る。
さすが前回の城取りの際にとっとと長良川を使って逃亡しただけはある。なかなかの小者だ。見どころがある。
永禄十年五月九日、竹中半兵衛の再度の稲葉山城乗っ取り事件の知らせはその日のうちに美濃国中を駆け巡った。翌日には親方に要請していた上忍三人衆が稲葉山城に到着した。オレは久しぶりに会ったのだが、それにしたって三人とも若い。前回同様、年齢詐称を疑いたくなる。
とりあえず斎藤龍興はお飾りとして飾っておいて重臣たちは牢屋送りにした。処刑したってリセットされたらそれで終わり、処刑する方からしたら気分が悪くなる分だけ損だ。
竹中半兵衛と上忍三人が挨拶を済ませたところでオレが口を開く。
「前回の城取りの際は信長は美濃国の半分をやるって言ってたよな」
「左様にございます。結局お断りしましたが、今回はどうします?」
竹中半兵衛はオレの顔色をうかがう。
オレの腹は決まっている。
どうせリセットされるんだ。
やりたい放題やる。
これに限る。
「早手、どう思う?」
「小次郎様の意のままに」
井出と雲切も頷く。
なんかこの三人、いつも思うのだが、オレを見る眼が……。
「ゆきなは?」
オレは仕方なく、ゆきなに話を振る。
返事がない。
ゆきなの顔をまじまじと見る。
凄い。
目を開けたまま寝ている。
甲賀忍術かなんかだろうか⋯⋯。
「オレの腹は決まっている。信長と一戦交える」
オレがそう言うと上忍三人の歓声と竹中半兵衛の呆れ顔がその場を包む。
織田信長との一戦を構える準備をしていると竹中半兵衛の岳父である安藤守就が稲葉と氏家を連れ立って稲葉山城に現れた。オレが陣頭指揮を執っていると稲葉がオレに挨拶に来た。
「小次郎殿、お久しゅうございます」
オレは知らんが⋯⋯。
「これは稲葉殿ではございませんか」
荘介からの記憶は完全ではないがオレの頭に残っている。何度も言う。完全ではないがね。
「此度の戦の勝算はいかほどでしょうかね」
氏家がオレの顔を見つめて訊いてきた。
「某は完全勝利の勝算がなければ動きません。御三方は稲葉山城でごゆるりと高みの見物でもなされていても大丈夫ですよ」
どうせリセットされちゃうんだから⋯⋯。
「いえいえ、我らも参戦いたします」
安藤がオレに言ってきた。
おとなしくしていてくれ。
寝返り三人衆!
オレは風魔衆二部隊を合わせた総勢三千の兵で墨俣川に出陣をして織田軍と墨俣川を挟んで対峙した。織田軍は墨俣城と挟み撃ちにしようとしたが、稲葉山城の失態を挽回しようと火炎のゆきなの工作が功を奏し墨俣城は現在大炎上中であった。稲葉山城のお留守番は斎藤龍興のほか竹中半兵衛、安藤、早手の三名である。どうせリセットされるんだから別に早手もこちらにつれてきてもよかったのだが、形だけでもと早手に懇願され置いてきたのだ。
こちらの布陣は中央にオレの軍三百、右に稲葉軍千二百、左に氏家軍千、後詰めに斎藤・安藤の連合軍五百である。明らかに中央突破を誘う布陣だが、その中央が一騎当千の風魔衆とあれば中央突破した瞬間、織田軍は秒殺されるのは目に見えていた。
戦は向かって右の稲葉軍と織田軍の柴田軍が激突した。墨俣川を強引に渡河する柴田軍を稲葉軍が迎え撃つ。
オレは我軍の軍師である井出を呼ぶ。
「お前ならどうする?」
「某であれば左右の軍は迎撃に徹して中央に敵を誘います。小次郎様ならいかがされますでしょうか?」
「オレなら……」
オレはそこで言葉を止め、不敵に笑った。
「ここで一番強いのは誰だ?」
「小次郎様にございます」
「この戦いの勝利条件は?」
井出は首を傾げる。
「信長の首を取ることだよ。井出、オレが信長の首を取れば無駄に兵を疲弊させる必要はないだろ」
どうせリセットされるんだしね。
てっきり井出に反対されると思いきや、井出は目を輝かせて言った。
「なるほど! 小次郎様のご活躍を見れる日がくるとは感激です」
いや、軍師だったら総大将が敵のど真ん中に行くことは絶対反対しなきゃ!
それにしたって、この三人のオレを見る目が気になる……。




