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第一話 間 手がかり


 一ノ瀬春華の失踪から二日。


 失踪当日に春華が取材の窓口として指定されたという都内の教団施設で門前払いされ、景真は途方に暮れていた。

 春華がここに来たことは間違いない。しかしそこから先の足取りがぱたりと途絶えている。

 この施設からどこかへ連れ去られたとして、それはどこか?

 国内各所に無数に点在する教団の拠点から春華の移送先を見つけるなど雲を掴むような話だ。


 近場の公園で木陰のベンチを見繕って腰かけ、汗を拭う。

 太陽が容赦なく街を焼いている。

 夏休みの真っ只中だというのに暑さのせいか子供の姿はおろか蝉の声すらまばらだった。

 

 手がかりすら無い状況に気ばかりが焦る。

 立ち昇る陽炎を眺めながら気つけがわりに買った缶コーヒーに口をつけ、その苦味に顔を顰める。

 コーヒーは苦手だ。特にブラックは。

 苦味と、何より独特の酸味が胃液を思わせる。

 そう言えば前に、コーヒーが飲めないのを先輩にからかわれたっけ——


 突然、ポケットのスマートフォンがけたたましい音を立て、茫漠とした感覚から唐突に引き戻される。

 「一ノ瀬遼……」

 スマートフォンに映し出されたのは春華の弟、遼の番号だった。


 「明石さん、何か進展はありましたか?」

 極めて単刀直入な物言いだった。

 「いや……先輩が向かった施設に行ってみたがとりつく島もなかった。……そっちは何か掴めたか?」

 「はい」

 即答だった。

 「公安にいる友人からの確かな情報です」

 一息置く。

 「姉の失踪当日、その施設から17時と20時にそれぞれ二台、後部の窓を塞いだワゴン車が出庫しています」

 “教団”は公安の監視対象になっているという噂は耳にしていたが、事実だったということか。

 「その内一台は富士山麓の廃施設へ、もう一台は都内の山間部にある”苔守村”の施設へ向かったそうです」

 明瞭な声が、一寸先も見通せない霧の中に二本の光を差す。

 「流石刑事だな……もうそこまで絞り込めてるのか」

 景真は心底感嘆していた。この男ならば本当に春華を見つけられる。そんな気がしてくる。

 それと同時に自らの無力さを実感する。

 「いえ、ツテを使っただけです。——彼にはリスクを負わせてしまいましたが。そこで明石さんに相談なのですが、廃施設の方の調査をお願いできないでしょうか」

 それは、願ってもない申し出だった。

 景真には確信があった。それも、根拠なき確信が。

 そこには”何か”がある。

 「分かった。明日すぐに向かう」

 故に、迷いなく答える。

 「ありがとうございます。私は苔守村へ向かいます。詳しい場所はメールで共有します」

 そう言って、通話を終える。

 遼の声もまた揺るぎなく、どこまでも冷たく響く。だがその冷たさは何か必死に装ったものであるように思えた。


 ——景真は知る由もなかったが、遼もまた”何か”に呼ばれるように突き動かされていた。


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