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第四話 裏 異世界の朝 中


 朝食を終え、部屋に戻る。

 冷静になろうとするがまだ鼓動が高鳴っているのを感じ、気を紛らわせるためバックパックの口を開く。

 

 これから未知の異世界を旅するとなると、役に立つものがどれほどあるだろうか。

 救急セットやクリップライトを、一つずつベッドの上に並べていく。

 食糧は登山用の羊羹がいくつかあるが、そう何日も持つ量ではない。

 おまけにこの世界の通貨など持っていないどころか、物の相場すら分からない。

 そうなると、旅での食糧の確保は非常に難題だ。

 

 採取や狩猟で自給自足する……というのもあまりに非現実的だ。見た事もない植物から食べられる物かどうか判断などできるはずもないし、狩りなどした事がない上に道具も無い。

 路銀を稼ごうにも、この世界で自分にできる仕事が存在するのかすら分からない。


 ――これが異世界で生きるという事か。


 いかに自分が世界に”生かされていた”かを思い知る。

 そして、自分がこの世界にとって異物であるという事も。

 

 つくづく、あの時コハクに出会えたことは幸運だったのだと思えた。さもなくば、人里に辿り着けたかすら怪しい。

 とは言え、いつまでも彼女に頼りきりという訳にはいかないし旅に出ればどのみち一人になるのだ。

 ならばこの世界で生きて行く術を、彼女から学ばねばならない。

 

 ふと、バックパックのサイドポケットにしまっていたスマートフォンの存在に気付く。

 バッテリーを温存するため、森で目覚めてからすぐに電源を落としたのだ。

 この世界では当然電波が通じる事もなかったが、もし現世に戻れた際、見知らぬ場所に放り出されたらきっと必要になるだろう。

 

 なんとなく電源を入れてみると、いつも通りの画面が立ち上がる。

 右上のアンテナピクトは圏外表示だが、ふと妙なことに気づいた。


 バッテリー残量が100パーセントになっている。


 昨日、電源を落とした時点では70パーセント程度だったはずだ。それがなぜ、鞄に入れていただけで満タンになっているのだろうか?

 設定を開き、バッテリーの状態などを確認するが特に異常はない。

 あちこちいじり回してふとバッテリーアイコンに目をやると99パーセントに減少し、充電中のマークが点いたかと思うと次の瞬間――再び100パーセントの表示に戻った。

「……勝手に充電されてる?」

 もしやと思いデジタルカメラも確認してみると、同様にバッテリーは満タンの状態を維持していた。

 

 原理は分からない。たが、ここでは何か不思議な力が働いているだろうと納得する以外になかった。

 何より、バッテリーの心配をしなくていいのならそれは僥倖と言える。


 スマートフォンでいつでも時間が確認できるなら、時計を合わせておくか。

 そこまで考えて、自らの浅はかさに気付く。


 異世界で地球の時計が使えるはずがない。


 ネビュラでも太陽が昇り、沈む。それは間違いない。

 つまりネビュラもまた地球と同じく惑星で自転しており、その速度が地球と同じであるという事はあり得ないはずだ。

 しかしなぜか無性に気になり、コハクに尋ねに行く事にした。


 コハクはちょうど、朝食の片付けを終えたところだった。

「コハク、この世界に”時計”ってあるのか?」

 そこまで言って、無意識に口にしたネビュラの言葉に”時計”が存在する事に気がつく。

「あるよ。見たいの?」

「ああ。見られるか?」

 コハクは頷くと、タオルで手を拭ってから家の外に景真を連れ出す。

 

 向かった先は、コハクの家がある地区の集会所のような建物だった。

 教会のような門構えで、上部には鐘楼が立っていた。そう言えば朝方、鐘の音を聞いた気がする。

 コハクが扉を開け、それに続いて中に入る。

 

 中は無人で、広間に高窓から朝日が差し込んでいる。

 椅子が端に寄せられており、集会の際にはこれを並べるのだろうか。

 がらんと空いた空間のその先に、異邦人を待つようにそれは佇んでいた。


 十二の数字を刻まれ、景真の知る一秒と同じ心拍を刻む、巨大な振り子時計が。


 

 

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