閑話:お酒の神についてちょっと解説
神話の英雄についての解説でもちょっと触れましたが、酒の神デュオニュソスについて解説しておこうと思います。
なかなかに癖のある神なので。
まず名前。
私が作中で採用しているのは「デュオニュソス」ですがこれは日本語表記の古いタイプのようで、ウィキペディアでは「ディオニューソス」となっています。
アルファベットだとDionysosなので「ディオニューソス」の方が正しいのかな?
でもまあ自分が馴染んでいる「デュオニュソス」の方を使わせていただきます。
ローマ神話では「バッコス」という名前で豊穣の神とされます。
これも私は「バッカス」で覚えているのですが……まあいいか。
司るものはブドウと酒だそうですが、酒がメインですね。
ブドウだけだったら怖くない、酒の神だからこそ怖いんです。
生まれは一応ゼウスの子とされていますが、ちょっと怪しくて、起源はインドだともその他のオリエント諸国だとも言われ、ギリシアの生え抜きではなさそうです。
オリンポス十二神に数えられたり、数えられなかったり。
外からふらっとやってきて、元々の仲間じゃないんだけど、信者が多くて無視できない存在になっちゃった……という感じがします。
神話においてはゼウスの浮気相手の一人、テーバイの王女セメレーとゼウスとの間にできた子です。
この浮気は当然のようにヘラにバレまして、ヘラは例によって浮気相手に怒りをぶつけるのですが、この時は少し捻ったやり方をしました。
セメレーに疑惑を吹き込んだのです。
「あなたの恋人って本当にゼウス? 偽物がゼウスになりすましてるんじゃないの? 確かめた方がいいんじゃないの?」
疑心暗鬼になったセメレーはゼウスに『ヘラと会う時の姿になってくれ』と要求し、拒否できなかったゼウスは神々の本性を現したのです。
そう、人間が見たら死んじゃうタイプのアレです。
高エネルギー発光体であるゼウスの本性を直視してしまったセメレーはあっけなく焼死しました。
困ったのはゼウスです。
セメレーが死んじゃったのは仕方がないとして、実は彼女は妊娠中だったのです。
おなかの中にいる子どもはなんとかして救わねばなりません。
「ヘルメス、なんとかしてくれ!」
クソジジイのパシリ(ヘルメス)は頑張ってなんとかしました。
セメレーの出来立てほやほや焼死体から胎児を摘出、ゼウスの太ももを仮の子宮にして移植しました。
かなり強引な施術だと思いますが、それにより胎児は無事に成長、やがて臨月になり生まれてくることができました。
生まれたばかりのデュオニュソスは亡くなった母の姉妹に預けられ、娘として育てられました。
……娘として?
男の子のはずですが?
なぜかわかりませんが、デュオニュソスは男性的でもあり、女性的でもあるのです。
男性神のはずなのに、女性的な美貌で描かれたりもします。
男の魅力と女の魅力が同居する、性の境目が曖昧な存在なのです。
それはそれとして。
デュオニュソスを我が子として育てていた義理の両親は不思議なことに、次々と狂気に取りつかれました。
義父アタマース:自分の実の息子レアルコスを白いシカだと思い込んで射殺。
義母イーノー:もう一人の実子メリケルテースを沸騰したお湯に入れて煮殺し、その死体を抱いて海に飛び込んで自殺。
別の伝承では発狂したアタマースがレアルコスを八つ裂きにした後、メリケルテースを抱えて逃げるイーノーを追い詰めて、母子ともに海に身を投げて死亡……とも。
どっちにしても陰惨な事件で一家全滅です。
デュオニュソス自身も狂気に取りつかれ(そりゃこれだけの悲劇を経験すればな)、各地を彷徨うことになりました。
デュオニュソスの狂気は後にキュベレーによって解かれたそうですが、本当かな……。
彼の信者の様子を見る限り、あんまり正気に戻った感じはしませんが。
成長後のデュオニュソスはブドウ栽培とワイン造りの技術を身につけますが、このワインがまた様々な人々に狂気と死をもたらします。
飲酒の末の殺人やら、若い娘たちの集団自殺やら、デュオニュソスの行く先々で不気味な事件が続きます。
そして極めつけが「テーバイの王ペンテウス殺害事件」です。
当時デュオニュソスは神性を得たばかりの新しい神でした。
つまり新興宗教ですね。
昔ながらの伝統ある神ではない上に、信者たちが大体狂ってます。
そんな危ないカルト集団がテーバイにやってきて、現地の女たち(なぜかデュオニュソス信者は女性が多い)が次々と引き込まれていくので、王ペンテウスはいかがわしい宗教に違いないと考えました。
それならそれで武力で追い出せばいいものを(英雄ペルセウスは武力で追い出そうとした伝承あり)このペンテウスは宗教儀式の様子をこっそり覗きに行ってしまったのです。
よせばいいのに、エロいものを見られると思ったのでしょうか。
物陰から覗き見していたペンテウスに狂乱する女性信者たちが一斉に襲い掛かりました。
大勢の凶暴な女たちが爪で引っかき、殴る蹴るの暴行を加え、最後は八つ裂きです。
この狂乱する狂暴な女性信者たちの名称がマイナデス(またはマイナス)。
ペンテウス殺害の中心にいたのがペンテウスの実の母親アガウエーだったそうです。
率先して我が子を八つ裂き。
酒乱とカルトが合体すると、こんなことになっちゃうんですね。
こうして熱狂的(の一言で済ませていいのか微妙)な信者に支えられ、デュオニュソスは神々の一員として認められました。
冥界から実母セメレーを救い出したり、ヘパイストスとの親子喧嘩で大変なことになっていたヘラを救う手助けをしたりと、オリンポスでの居場所も作れるようになりました。
デュオニュソスは残忍な性格ではないようです。
彼自身は人間に対して非道な振る舞いを好んではいません。
ブドウを育て、豊かな実りをもたらしてくれる農業の神でもあります。
ただ彼の周りには常に狂気と悲劇が付きまとうのです。
お酒ですからね、乱痴気騒ぎや無礼講、酔っぱらいの醜態、酒乱、急性アルコール中毒、アルコール依存症……。
お酒の神様の周りには、理性を失って本能剥き出しになった人々の仄暗い欲望の香りが常に付きまとっているのです。




