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あなたが世界を愛さずとも  作者: 甘
妃希さんについて
3/43

原石⑴




4年前。


渋谷にある小規模のライブハウスに、彼女はいた。





ごてごてな装飾にしては、こぢんまりとした会場内を、大人たちが駆けずり回る。派手やかな照明がぶらさがる天井の下、何台ものカメラが立ち並んでいた。


これから、このライブハウスを貸し切って、とあるドラマの撮影が行われようとしている。



外には、初春の寒さに耐えながら、10~20代の男女が長蛇の列を作っている。昼過ぎの時間帯も相まって、知る人ぞ知るラーメン屋かのようなにぎわいだ。


何度かここに足を運んだことはあるものの、ちゃんと人で埋まるのははじめて見る。


そもそも客層がちがう。栄えた繁華街から少し外れた、この寂れた場所に、若く、明るい雰囲気が充満している。


慣れ親しんだライブハウスの空気が、変わっていく。外で待つ一般客が入ったら、もっと変わる。



きっと、もう、ホームではない。




七音(ドレミ)、大丈夫?」


「あ……はい! 大丈夫ですよ」




心配そうに顔を覗きこむマネージャーに、あたしはとっさに作り慣れた営業スマイルを向ける。


社会人1年目の彼女のか弱い胃に、穴を開けるわけにはいかない。


ぐっと拳を持ち上げ、やる気満々なアピールをすれば、マネージャーはわかりやすく愁眉を開いた。




「大丈夫そうね。よかった……。あ、なにかあったらちゃんと言ってね?」


「はい。今は本当に大丈夫です」




うそだ。大丈夫なんかじゃない。


ばりばり緊張している。昼食にいただいた唐揚げ弁当をまるっと吐き出してしまいそうだ。しないのは、意地だ。覚悟だ。プライドだ。



失態をおかしたら、これだから、と上に呆れられる。その程度のプロ意識か、と。


ただでさえ名前を知ってバカにしてくる、頭でっかちなジジババもいるのだ。なめられてたまるか。




――七つの音と書いて、どれみ。




それが、あたしの名前、もとい芸名だ。



本名は、夏凪 音(ナツナギ オト)


今年で花のセブンティーンになる。



歌うことが好きだった。


そんな安易な理由から、歌手のオーディションを受けたが不合格が続き、範囲を広げアイドルのオーディションにも手当たり次第に挑戦し、最終的には地下アイドルにおさまった。


あたしが高校入学とともに活動を始めることとなったアイドルグループ『|A.L.mooo...deアラモード』は、ライブの質の高さを売りにしているが、今まで収益が安定したことは一度もなく、最近はコンセプトカフェの一環でアイドルの真似事をする程度になりつつある。



そこのプロデューサーは、あたしの歌声を高く評価してくれている。本名になぞらえ「七音」という芸名を決めたのも、プロデューサーだ。キラキラネームを考える天才。ちなみにほめてはいない。


一般的には、地下アイドルとわかるやいなや、見下してくる人は少なくない。


地下だろうと地上だろうと、アイドルがどれだけの苦労をしているのかも知らないで、どうせレベルが低いだの、かわいくないだの、のたまりやがる。



「うっせー! だまれ! ぐだぐだ言うのは、あたしの歌を聴いてからにしな!」



と、少しでも活動を増やすために当たって砕けろの精神で受けたオーディションで、がつんと叫び散らしたのはまだ記憶に新しい。


それがきっかけで獲たのが、今回の仕事だ。威勢よく噛み付いた手前、まさか受かるとは思ってもみなかった。


しかも、ドラマ。ライブの前座でもグラビア雑誌の助っ人でもなく、あのドラマだ。といっても、ウェブ限定に公開される作品だが、それでもれっきとしたビッグウェーブに変わりはない。



『スクランブル!』



シンプルなタイトルの本作は、1話を約30分前後にまとめ、全5話を想定した、ドタバタラブコメディだ。


アイドルオタクなヒロインが、ひょんなことから売れっ子モデルのヒーローと出会い、恋に落ちていく。よくある王道ストーリー。


地味そうに見えるヒロインは、実は絶世の美貌を隠しているという、典型的なお約束もしっかり挿し込まれている。



あたしは、ヒロインの推しであるアイドルを演じる。フワリ、という名の、ソロのアイドルだ。



フワリは、名は体をあらわすような、ふわふわな小動物系の女の子。リボンとフリルをふんだんに使ったワンピースで着飾り、ゆるく巻いた長髪を高めのツインテールにしている。


このドラマのためにピンクベージュに染めた髪色に合わせ、うさぎメイクをして外見の雰囲気を統一させた。



実はヒーローの幼なじみという設定もあり、想像以上に出番が多い。


しかもクランクイン当日、つまり今日、ライブシーンがある。一般人のエキストラを大勢入れたなかで、生歌を披露するのだ。


オーディションで度胸があると見込まれ、しょっぱなにライブを組み込んだのだろうか。だとしたら計算外だ。ここでNGを連発してしまったら……。そこまで考え、ダメだダメだと頭を振る。



心音がドキドキなのか、バクバクなのか判断つかなくなってきた。


心臓を落ち着かせる方法を知りたい。手のひらに人でも書こうか。




「おはようございます」


「おっ、……おお、おはよう、ございます」




びっっっくりしたあ……。


自分の手とにらめっこしている変な状況だったため反射的にびくりと体を強ばらせ、ついでに声まで引きつらせてしまった。



ひとりの少女がふしぎそうに小首を傾げた。


ドラマのヒロイン、アヤ役の子だ。



メインヒーロー以外はすべて、オーディションだったと聞く。


箱入りお嬢様のような空気感のあるこの子も、役を勝ち取ったとは思えなかった。役柄に合わせた外見のせいもあるだろうけれど。


ひっつめ髪に、分厚いメガネ。髪色とメガネの縁は、艶めいた漆黒。地味めな装いをしている。


それを差し引いても、かわいらしかった。この場に似合わない清純さ、垢抜けきっていない素朴さが、少女を際立たせている。



たしか、あたしのふたつ下。中学2年生だ。


その歳でそのかわいさは、正直言ってうらやましい。


だけど、それだけだ。



本来なら極上に属する容姿は、芸能界に入ると、とたんに標準に成り下がる。標準以上はごまんといるのだ。


なんらめずらしくない。


どこにでもいる、かわいい子だ。



――あたしと、おんなじ。




「かすがの……春日野妃希さん」


「はい、七音さん、今日からよろしくお願いします」


「あ、よ、よろしくお願いします」




あ。この子、いい子だ。


ドラマの顔合わせのときもそう思った。



七音という名前を聞くと、何かしら反応が出る。あらかじめ知っていたとしてもだ。


ドン引きした顔、新鮮そうに見張る眼、気にしないフリをするぎこちなさ、押さえきれない笑い。名乗るたびに微妙な反応を取られてきた。慣れはしたが、わずらわしさが消えることはなかった。



だが、この少女――春日野妃希は、一切表情を変えることなく、礼儀を重んじる。


はじめて会ったときも、今だってごく自然に「七音さん」と呼んでくれた。


年下ながらしっかりしている。親御さんの教育の賜物だろうか。


事前調べでは、芸歴は浅く、演技の仕事自体これがはじめてだったはず。緊張しているふうには見えないし、大人びた余裕を感じた。



なんというか……できた子って、こういう子のことを言うんだろうな。




「おはようございます! おはようございます! よろしくお願いしますっ!」




元気よく駆け寄ってきたのは、今回のドラマのヒーロー。カリスマモデル、ユウダイ役の男の子。



五十嵐 巽(イガラシ タツミ)



彼は、あたしと同い年の、高校1年生。


今年の男子高生ミスターコンテストで、審査員特別賞を受賞した、注目の新人俳優だ。



その賞を与えた審査員こそ、今回のウェブドラマのスポンサーである、アパレルブランド『mix(ミックス)』だ。


ハイトーンかつカジュアルなファッションを主戦とし、メンズ、レディースともに10代を中心に圧倒的な支持を得ている。



人気ブランドから賞に選ばれ、ドラマにも直々に推薦されただけあって、彼はなかなかに優れた容姿を持っている。


きりりとした太い眉がチャームポイントのソース顔は、デザイン性のある『mix』と相性がよく、どんな個性的な服でも着こなしてしまう。


今着用している新作のシャツも、彼のためのオートクチュールのようだ。


唯一無二のオーラ、カリスマ性と言い換えてもいい何かを感じる。特別賞に選ばれたのも納得だ。



彫りの深い顔立ちを引き立たせるべく、ヘアメイクはひかえめ。ミルクティー色に染まった髪を毛流れに沿って流し、毛先だけ遊ばせている。チャームポイントの眉をしっかりと見せた前髪のセットは、彼の自信を見事にあらわにしている。


若干ナルシスト気質な俺様タイプである、ユウダイというキャラクターへの解像度を高められた気がした。



渋谷によくいる陽キャみたいだなあ、とごりごりの偏見を思い浮かべながら、ハツラツとした笑顔を向ける彼に挨拶をした。




「あ! 妃希さんと、ナナミさん! おはようございます!」


「……ドレミ、です」


「どれみ……あっ、そうだった! すみません! ドレミさん!」




そうそう、これだ、この反応だ。


わざとかとツッコミしたくなるほど、テンプレなリアクションをしてくれる。顔合わせのときもこんな感じだった。あと2回は間違えるんだろう。


いちいち失礼なヤツだとは思わない。これがフツウなのだ。




「今日から撮影ですね! 一緒にがんばりましょう! 妃希さん、七音さん!」


「はい、がんばります」


「ええ、お願いします、妃希さん、巽さん」




彼の前のめりな姿勢に、妃希さんはためらいがちに協調を示す。あたしも便乗し、愛想をふるまいておいた。


下の名前でさん付けの呼び方は、顔合わせの段階で定着した。共演者同士、このくらいの距離感がちょうどいいのかもしれない。



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