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六話目

って、いやいやいや。ちょっと待って。

大分意味がわからないんですが。

先日うちのかわいい、人の良い大家さんからお金を巻き上げようとした、引くほど心の狭い男が実は社長で?やばい組織の三下なんかじゃなくて?生ける伝説と呼ばれる冷徹男で?

……笑えない冗談だわ。ハハハ……うん、全然笑えない。


しかし頭の片隅でなる程、と一人納得している内に冷静さを取り戻しつつあった。

そりゃこんな凶悪犯並みの顔をしてたら写真なんかに映れないわな、と。

我が社の社長様が決して人前に出たがらないことに社内外問わず様々な憶測が飛び交っていたけれど。

顔半分を覆うほどの大きな火傷跡がある、だとか目も当てられないくらいのブサ……ある意味特別なお顔立ちだとか出処不明の噂たちが一人歩きしていて。けれど、まさかそう来るとは思わなかった。


チンピラのような見た目、言動、振る舞いの男があの“伝説の男”だと知れば世の若人たちはショックで言葉を失うに違いない。別にそれが悪いとは言わないけれど少なくとも良くもない事だけは確かだ。

それに、今まで裏社会なんて知らずに生きてきたようなお坊ちゃん連中はさらに卒倒するだろう。エリート組なんかの、ね。

そうして現状を冷静に分析し、随分面倒な会社に就職してしまったなぁと一人遠い目をしている私を他所に。



ガタンッ、と大きな音が響いたと思うと

「テメェ聞いてんのかあぁ?!俺が秘書にしてやるっつってんだから何とか言えよ、あぁ?!」

我が社の社長様はあの日と同じく怒り狂ったように顔を真っ赤に染めこちらを睨め付けた。

……そりゃあエリート様もこんな鬼の形相を向けられたら退職届出して尻尾巻いて逃げ出すわな、と認めざるを得ないほどの顔に私は一人噂の真相に納得した。そして引くほど短気だな、とも思った。


……居心地は悪くとも、お局様と揶揄されようとも私はあそこを辞める気は全くない、けれども。

「……なんだお前、その眼。

一子会社の人間の分際で俺に言いたいことでもあんのか。

別に顔がいいってわけでも愛人にしてやるほど躰に魅力がある訳でもねぇお前を俺が特別に扱ってやるっつってんだよ。黙って従えよ」

そう、言われて「はい、分かりました」ってなる人が何処にいるというのか。どんなに、偉くとも。どんなに、素晴らしい功績を納めていても。

言っていい事と、悪いことの区別もつかないような性根の腐った男など——————


         クズ以外の何者でもない。



「……お言葉ですが、社長は何か勘違いをしていらっしゃいませんか?」

「ぁあ?!」

鋭い眼光を向けてくるチンピラ男の目を真っ直ぐ見据えて、口火を切った。

「ここは、確かに社長の会社に違いはないかもしれませんが、決して社長“だけの”会社ではありませんよ。あなたからしたら下賎の、いてもいなくても同じような人間が五万と働いているんです。ですが、」

言葉を切って、ぎろりと目の前の男を睨み付けた私は、先の事など考えず、躊躇する事なく続けた。

「あなただけの力で、この会社が成り立っている訳では無いことはお分かりですか?確かに、あなたが社長に就任して、この会社は経営状況が改善したかもしれません。ですが、決してあなただけが努力した結果なんかではありませんよ。

この、会社にあなたについて来た幾人もの人間がいたからですよ。


一国の国王が、民の生活を、民の声を蔑ろにして一体何年、その国は国として形を保っていられるのでしょうね。

一、国民を馬鹿にするのも虐げるのも持てる者の特権かもしれませんが、そんなことをしていたら。



————いつか足元を掬われますよ」

あなたが馬鹿にする、何も持たない一社員に。

そう、言って口角をくぃっと上げた私の顔を見、わなわなと肩を震わせた目の前の男は

「……っ、お前!馬鹿にするのも大概にしろや!!お前はもう明日から来なくていい、子会社もクビだ」

女に言い返されたのが相当悔しかったのか、真っ赤な顔で簡単に退職を命じる男はどこまでも小物で。

……お前の会社なんかこっちから願い下げだよ。

瀬名を辞めることに少々後悔は残るがチンピラ男の会社だと思うとそれだけで虫唾が走る思いで一杯になり、

「了解致しました」

売り言葉に買い言葉。私もそう口をついて出ていた。でも、だったら。私は一つやり残したことがある。

「……もう、今から私はこの会社の社員では無い。そうですよね?」

そう言って、この広い広い部屋をコツコツと歩き出した私に男もどこか嘲笑を口元に浮かべて「勿論だ」と、そう言葉を落とした。

その、言葉に無意識のうちに笑っていたらしい私に怪訝な目を男が向けたのと、私が男の目の前で手を振り上げたのは同時だった。


そして、パシンッと乾いた音が部屋に響いたのも。

「っ、?、な、は………?!」

一瞬、何が起こったのか分からなかったらしい男がフリーズしている間に、私は一歩男から離れてにこりと笑みを浮かべた。

「あなたが、先日カモろうとしたご老人の分、返させて頂きますね?……社会的地位のある方が随分と野蛮なマネを。“生ける伝説”の名はあなたには相応しくないようですが。一体いつまであなたが社長をしていられるのか楽しみですね」

そう言って、一応礼をして背を向けて歩き出した私の背後で男は「テメェ!!覚えていやがれ!!」

などと声を上げていて。私はその声にふと立ち止まって、男の方を振り返った。

「私にはあなたと関わる気は御座いませんからどうぞ一小娘のことはお忘れください」

そう、言った私に怒りを露わにしたチンピラはこちらを舐め付けると、

「ってめ、マジで覚えてろよ。テメェの次の仕事潰してや………」



「————————そこまでにしておけ。

お前の負けだ。潔く諦めろ」

その、声がした瞬間。チンピラははっと口を閉ざし声のした方に慌てて視線を向けた。



————————私の背後、扉の前に。

チンピラに釣られて、私もはっと後ろを振り返るが、いつの間にこの部屋に入って来たのだろうか。全然、気付かなかった。

そう、思いながらふるりと振り返ったその先は。


扉の前に、一目で上等だと分かるスーツを身に纏った一人の男が立っていた。すらりとした、モデル体型の男は。

「……っ、あなた……」

社長という名のチンピラを見つめると酷く冷めた口調で

「もういい、お前は出て行け」

ただ、それだけ言うと今度はちらりと私に視線を寄越してきて。

「……下の中、だな」

そう言って男がふっと視線を外すまで私は微動だに、出来なかった。何かの魔法にでも掛かったかのように、私はただただ扉の前に佇む男を見つめることしかできなかった。そこそこ離れたこの距離からでも分かるほどに、整った、どこか冷たい雰囲気を醸し出す男の姿からどうしてか目を離せなかった。



彼もまた、あの日の登場人物だ。

あの、チンピラ風情の社長を捻り上げていた、あの。

「お前、相変わらずダサい格好してんな」


口の悪い、男。その者で。


「………どういうこと…?」

私には、この状況がいまいち理解できなかった。

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