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二話目 後編

その男の声に、逆上したのかスーツの男は今度は口の悪い男に近寄っていった。

「あぁ?!てめ急に出てきて何言い出してんだよ!俺はこのババアに服汚されてんだよ!悪りぃのはそのババアだろうがっ!」

けれど、その男の鋭い睨みに臆する事なく男は言葉を放った。

「チンピラ、お前のスーツの汚れは俺からは“花粉”にしか見えないんだが?お前花粉如きで喚くなんて随分心の狭い男だな。あぁ、頭もか」


ある程度近づいていたわたしにも、それは分かっていた。百合子さんは両手にいっぱいの花を抱えていて。多分、ぶつかったときにでもその花の花粉が男のスーツに付いたのだろう。それを見ていた周りの人間はちゃんと分かっていて。でも、誰も恐くて声を掛けられずにいたのだ。

そして、誰もが思っていた。


『この男、心狭い』と。

それでもチンピラと呼ばれる男は未だに怒りに顔を赤らめていて。多分、口では勝てないと、そう悟ったのだろうスーツ男は突然にして拳を振り上げると男に襲い掛かった。

その時初めてハッと我に帰った私は急いでおばあさんに抱きつくと、おばあさんの目を覆った。彼女に暴力的な場面を見せまいと。

「百合子さん、もう大丈夫だから」

今度こそそう、言葉をかけて。



それからチラリと横を見ると一瞬のうちに勝敗は決していたらしい。

チンピラは逆に、口の悪い男に腕を捻りあげられていた。

「おい、お前チンピラのなりして弱すぎないか?」

と、哀れみの声を掛けられながら。

それから一瞬、その場がしんと静まり返った次の瞬間。


「にいちゃん、よくやった!」

「あんた、強いんだねぇ!いやぁ、代わりに言ってくれてスカッとしたよ!!」

「おいおい、あんちゃん!!カッコ良すぎじゃねぇか?!」

そこを歩いていた人たちがわぁぁぁと拍手と共に称賛の声を掛けていた。


その、様子に安堵の息を吐いた私はそっと百合子さんの顔から手を離した。

「百合子さん、災難でしたね。……もう大丈夫。チンピラ男はあの人が捕まえてくれてるよ」

そうして百合子さんに顔を向けた私の顔を見ると彼女は目を大きく見張り、くしゃりとした笑みを向けると

「まぁまぁまぁ、明日香ちゃん!どうしたのさ、珍しいねぇこの時間にここを通るなんて」

心なしかホッとした表情を浮かべていた。


……まぁ、そりゃ。急にあんなチンピラ男に因縁つけられたらびっくりするよなぁと一人しみじみと考えながら言葉を交わす。

「ごめんね、あと一歩早ければ私があの男、成敗したのに」

そういうと、百合子さんはハッとした表情を浮かべるとふるりと身体をずらして男たちを見た。そして口の悪い男が無事なのを確認すると心から安堵の笑みを浮かべていた。そして口の悪い男にゆっくりと近づくと

「お兄ちゃん、助けてくれてありがとうねぇ。なんとお礼を言っていいもんかねぇ」

いつもの人の良い笑みをその人に向けていた。

けれど、チンピラ男の腕を締め上げている男はチラリと百合子さんに顔を向けて

「……ばあさんのためじゃない。邪魔だっただけだ」

それだけ言うと、静かにチンピラ男を引っ張って歩き出した。

その後ろ姿に百合子さんは何度も何度もありがとうと頭を下げていた。




それから、家までの帰り道。

百合子さんの花を代わりに持って、百合子さんのペースに合わせてゆっくりゆっくり歩く道すがら。

「でも、あの人にお金払わなくて本当に良かったのかねぇ。汚してしまったのは事実だもの」

そう言って、どこか心配そうな表情の彼女はどこまでもお人好しで。だから私も至極真面目な顔で答えた。

「花粉をかけてしまったから弁償、なんて馬鹿な話ないから大丈夫。そもそもかかったって言っても腕に少しでしょう?あれだけで30万取ろうとするなんてそれこそ詐欺だから。あいつが悪い」

正直わたしもあれでお金を払わなければいけないのかどうかなんて知らないけど、さも知ってるかのように百合子さんにとうとうと説く。

私の言葉になる程、と頷く百合子さんはやっぱり騙されやすいと逆に心配になる程すぐに人の話を信じるから。

「変な勧誘にも、セールスにも聞き入る隙を見せちゃダメなんだよ?大丈夫?大家さん」



騙されやすくて人の良い大家さんは今日もニコニコと笑っていた。









・・・




「おいおい、お前があんな事するなんて珍しいな。気でも変わったのか?」

そう言ってどこからともなく現れた男に顔を向けることもなく言葉を返す。

「……そんなとこだ」

まさか肯定するとは思っていなかったのだろう男は目を大きく見開いていて。そんな男に、腕を掴んでいたチンピラ男をグイッと押しやった。

「……あとはやっとけ」

その言葉に嫌そうな表情を浮かべた男は

「はいはい、りょーかいでーす」

どこか呆れたような声を出すとまた静かに姿を消した。



別に、何か意味があったわけでもない。

本当に、偶々だ。



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