終幕
電撃大賞長編小説部門に投稿した小説です。
江戸時代と妖怪をイメージしたものを書いてみました。
江戸時代のことを色々と調べていたのですが、はっきりとしたことはなかなか把握できなかったので、その大部分はイメージとなっています。
今後の参考にしますので、感想をいただければとても嬉しいです。
八ツを回ろうかという、炎天下の日下がり。
ふいに道端で名を呼ばれ、珠は思わず足を止めた。
肩越しに振り返ると、見覚えがある娘が立っていた。
娘は「お久しぶりです」と言って頭を下げる。
ああ、と珠は気の抜けたような返事をする。
その娘とは前に話したような気がするが、よく思い出せない。
「お久し振りです」
「その節は失礼しました」
「いえ、こちらこそ」
娘は言葉を置き、そして珠の表情を窺う。
「鎌鼬の件についてなのですが、私にとっては区切りがつきました。勝手ことをお願いしておいて申し訳ないのですが、これ以上、お調べいただかなくて結構です」
その話で、珠が三箇月ほど前にあずさで会った山茶花の奉公人だと気づいた。
「区切りっていうのは」
「喜多之輔さんを殺したのが鎌鼬じゃないと分かりましたから」
山茶花の若旦那である忠信が「自分が喜多之輔を殺しました」と番屋に申し出たのは、二箇月半ほど前だった。
動機は跡継ぎの座を喜多之輔に奪われる事を承服できなかったため。
当初は喜多之輔の前妻であるお雪に殺させようと企てたものの、思い描いていたように動いてくれず、さらに店主である父が近々湯治から戻って来る予定との連絡を受けたため、焦燥に駆られての蛮行だった。その目撃者であった用心棒や検屍をした医師、そして調査に携わる御手先には金を握らせて口を封じた。
概要としてはそのようなものとなるが、話の端々に妖や妖刀という単語が散りばめられており、死人が蘇って殺しに来たと繰り返したため、嫌な顔をした御手先に門前払いを喰わされた。血走った眼で常に辺りを見回し、気紛れに吹く風や誰かの足音に怯え、口籠もりながらも唾を飛ばして一方的に喋る様から、正気を逸していると判断されたのだろう。
しかし忠信はそれに諦めず、何度も番所に足を運び同様の主張を重ねた。せめて罪を償わなくてはいつか憑かれて殺されてしまう、助けてほしいと繰り返し、土下座をしてまで捕縛を求めた。
話半分で聞いていた御手先が余りのしつこさに根負けし、嫌々ながら調べてみたところ全くの嘘ではない事が判明し、大問題へと発展したのが一箇月ほど前の話だ。
ゆっくりとした口調で淡々と語る娘の顔は晴れない。いざ下手人が判明し、その罰を与えたところで喜多之輔は帰ってこないのだと、深い溜息をついて言った。
丁寧な謝辞を述べて踵を返した娘を、珠は「覚えてるか分からないんだけど」と呼び止める。
「櫻良がぼくの話をあなたにしてたって言ってましたよね」
凛は振り返り、優しそうな笑みを見せる。
「とても大事な家族というように話してました」
「家族ね」
「少し頼りないけど、いつも自分を見守ってくれてる姉だと」
突風で吹き上げられた髪を鬱陶し気に押さえつつ、珠は苦笑をかべた。
拙い小説を最後までお読みいただき、ありがとうございました。




