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狂騒は悪意の中に  作者: 河童胡瓜乃丞
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14/24

本幕 其ノ拾参

 電撃大賞長編小説部門に投稿した小説です。

 江戸時代と妖怪をイメージしたものを書いてみました。

 江戸時代のことを色々と調べていたのですが、はっきりとしたことはなかなか把握できなかったので、その大部分はイメージとなっています。

 今後の参考にしますので、感想をいただければとても嬉しいです。

 八重咲き通りを下り、昨夜に白装束と交戦した叢を通過してさらに進むと、次第に茶屋や旅籠、そして湯屋が目につくようになる。逢引に耽る者や遊女を買いに来た者などを客とし、夕暮れ前から夜鷹の姿が目立つようになるその一帯は、南街と称される花街の玄関口として名を馳せている。

 浮き足立っている男たちに連れられるように堀にかかっている小橋を渡り、門番の視線を受けながら大門を潜ると、笛や太鼓の軽快な音が流れており、道を挟んでずらりと娼家が並んでいた。

 呼び込みはひとりでも多くの客を取ろうと快活な声を上げ、客は格子の中から甘い言葉をかけてくる遊女を囃したりと、北街とは違った熱気が渦巻いている。陽が暮れれば吊るされている提灯に淡い明かりが入り、昼とは一風違った艶のある表情を見せるのだろう。

 櫻良は険しい表情で俯きながら早足で歩いている。周囲の男たちが発している色欲に気まずさを覚えているのか。今は何も話しかけるな、という意思が小さな背中からひしひしと感じるため、珠は黙ってその後ろを歩いた。

 歓楽街を抜けて海岸近くまで足を延ばすと、武家屋敷のような娼館が建っていた。悠然とした足取りで店に入って行く者たちは、整った身形をしている。どこかの大店の主人か、裕福な武士なのだろう。それなりの額を積まなければ遊べない区域というところか。

「こちらが榮惠家、です」

 櫻良は何やら色々と書き込まれている野帳と屋敷とを見比べながら言った。

 その屋敷は娼館と比べれば手狭ではあるものの、百坪以上はある。

 榮惠家と達筆で書かれた門標がかけられており、塀の上からは整えられた庭木が枝葉を覗かせている。屋敷の前に落葉ひとつない掃除のされ方からは品位が感じられ、悪戯に足を踏み入れられないような雰囲気がある。

 置屋と呼ばれる店は料亭などからの依頼により、籍を置いている娘の派遣を生業としているのだと、道中で櫻良が言っていた。その規模は様々らしいが、榮惠家は大店の部類なのだろう。

 敷地の中から三味線の音が聞こえてくる。練習をしているのか、一音一音を確かめるようにゆっくりと、そしてしっかりと弾いている。

「ここに来たのは初めてなの」

「気安く来れるような場所じゃないですから」

「吉田屋との取引きは」

「ご隠居の代はあったみたいですけど」

「今はない、か」

 櫻良は野帳を懐に入れて頷く。

「代替わりを機に疎遠になったのはここだけみたいです」

「どうして」

「さあ、そこまでは」

「追い返されなきゃいいけど」

「それは大丈夫だと思います」

 ふいに榮惠家の門が開き、箒を持った少女が姿を現した。齢は櫻良の代わりに屋敷に来た茜と同じくらいだろう。おそらくは禿なのだろうが、関係者には違いない。

 ふいに櫻良は少女に駆け寄り、挨拶をしつつ風呂敷から取り出した封書を手渡した。少女は櫻良の話に頷いて応え、やがて深い礼を返すと、踵を返して屋敷に戻った。

「なにを渡したの」

 珠は戻ってきた櫻良に聞いた。

「若旦那様からお預かりした紹介状です」

「そんな物があったんだ」

 実は、と櫻良が声の調子を落として言う。

「榮惠家の女将は南街の元締めなんだそうです。会いに行ったところで取り次いでもらえないだろうから紹介状を持ってくようにと」

「なるほどね」

 珠は辺りをぐるりと見回しながら言った。

 榮惠家の門前に立って以降、いくつもの刺すような視線を感じていた。どこからか不審者として監視されているのだろう。怪しげな行動を取れば矢でも飛んできかねない状況のようだ。

 とりあえずは少女が戻るのを待つしかないと、珠は門柱に寄りかかった。無為に空を眺めながら三味線の音に耳を傾けていると、気を利かせたらしく櫻良もそれに倣う。

 緩やかに時間が流れる。その心地よさに身を委ねようとするも、思考は自ずと白装束へ向かってしまう。せっかくののんびりとしたひと時をそのようなものに邪魔されるのは不愉快だが、それをどうにもできないのが面倒だ。

 ふいに三味線の音が止む。それからいくらも経たぬ内に少女が戻り、深々と礼をした。

「お待たせいたしました。女将が、ぜひ、お目にかかりたいと申しております」

 少女に先導されて珠は榮惠家の門を潜り、櫻良はその後に続く。

 敷石の上を歩いて通されたのは、庭園の中央に建てられた十二畳ほどの離屋だった。

 床の間には水墨画がかけられ、置かれている大きな花瓶には鮮やかな花が活けてある。抹茶の香りが薄らと漂っているのは、茶室として使われているからだろう。

 足を延ばして寛いでいる珠とは対照的に、櫻良は表情を強張らせ、借りてきた猫のように体を硬くしている。正式な客として迎えられた相手が南街の元締めとあっては、気を楽にする方が無理というものか。

 さほど待たされぬ内に、廊下を軋ませる足音がゆっくりと近づいて来た。

 櫻良は大きく深呼吸をしつつ改めて姿勢を正し、珠もそれに倣わされる。

「失礼します」

 襖が流れるように開き、老女が部屋に入って来た。高島田に結われた新雪のような髪や肌に深く刻まれた皺から経た年月が察せられるものの、伸びた背筋と微笑を浮かべる口元が印象的で、ひとつひとつの動作に艶がある。

 老女はふたりの対面に腰を下ろした。

「お久しぶりです、宗次郎さん、櫻良さん。ようこそお越しくださいました。改めてご挨拶しますが、この榮惠屋の女将の楓です」

「どこかで会いましたか」

 怪訝な表情をした珠の問いに、老女は微笑みながらゆっくりと頷く。

「宗次郎さんには、一年ほど前にお屋敷に伺った際にご挨拶しました」

 珠は楓の顔をまじまじと見るが、心当たりは全くない。

 楓は吉田の近況を尋ね、櫻良は緊張しながらもそれに答えている。どうやら楓は四季の折に、手土産を持って挨拶に来ていたらしい。珠がそれでも一度しか会っていないのは、昼寝でもしていた頃合いだったからなのか。

「それにしても一度会っただけなのに、ぼくをよく覚えてましたね」

 余裕がない櫻良が落ち着くための時間を稼ごうと、珠は角が立たない話題を向けた。

 当然、というように楓は澄まし顔で頷く。

「色々なご縁を大切にしていますから」

「ご隠居とはどういった関係なんですか」

「吉田様に初めてお目にかかったのは、三十余年も前の話になります。五年ほど前に亡くなった旦那様が吉田様にお仕えしていた関係で、とてもよくしていただいています」

「今は吉田屋との取引きはないみたいですけど」

「不義理を犯せませんから」

 適当に雑談を交わしていると、先ほどの少女が姿を見せ、用意した玉露と茶請をそれぞれの前に並べる。それを契機に、そろそろ本題に移れるかと珠が視線を向けると、櫻良は大丈夫というように頷いた。

 いつも調査時に櫻良を同行させているのは、事情聴取を任せるためだ。

 二年半ほど前に初めて珠は狗として捜査に携わったのだが、とりあえず被害者宅に赴くも、言葉の端々に無関心さが表れたのか、碌に話をしない内に追い返されてしまった。宗太からの助言に従い、櫻良に聴取を任せるようになってからは、その強い好奇心が事件解決を望む熱心な態度と受け止められているらしく、面倒事になっていない。

 櫻良は意を決したのか、顔を上げて楓を正面から見る。

「楓様、単刀直入にお聞きしてもよろしいですか」

「もちろんです」

「鎌鼬の手にかかったおふたりについて教えてもらえますか」

「そのためにいらっしゃったのでしょう」

「不躾なお願いで申し訳ありません」

 櫻良の表情はまだいくらか強張っているが、声には凛とした張りがある。怖気づいて退くような真似はしない、という強い意志が瞳に込められていた。

 楓は玉露に口をつけ、そして深く息をついた。

「宗太さんからのお手紙をさっそく拝見しました。一刻も早く鎌鼬を捕えたいので助力を願いたい、とありました」

「若旦那様は鎌鼬の件に関心を持っていらっしゃいます」

「それで独自に情報を集めているのですね」

「おっしゃるとおりです」

「しかし私は既に、懇意にさせていただいている旦那方に、なにひとつ隠すことなく申し上げましたし、街の者には積極的にご協力するようにと命じています。情報を出し惜しみしているとお考えでしたら、それは心外です」

「もちろんそうは思っていません」

「それではなにをお知りになりたいのでしょう」

 櫻良は言葉を選んでいるらしく、ひとつ間を置く。

「残念なことに、お上は鎌鼬に翻弄され、被害者は増え続けています」

「もちろんそれは承知しています」

「手詰まりになっている状況から抜け出すために、事件を別の角度から視て再検証した方がいいのではないかと、若旦那様はお考えなのだと思います」

 なるほど、と楓は大仰に頷く。

「つまり宗太さんは、お上の捜査方針に疑問をお持ちなのですね」

「いえ、それは」

 端的に問われれば肯定し難い話のようで、櫻良は言葉に詰まる。

 話を拗らせてしまうので余計な口を挟まない方がいいと思いつつも、珠の目が険しくなった。傍観はこの状況の許容と同義だとして、穏やかとは言えぬ解決策が脳裏を掠める。

 沈黙が流れたそのすぐ後に、楓は苦笑を漏らして息をついた。

「申し訳ありません。少々、無粋な話をしてしまいましたね」

 無駄に苛めるのは大人気ないとでも思ったのだろうか。

 場の雰囲気がいくらか和んだのを察した櫻良は、この機会を逃すまいと手早く風呂敷から袱紗を取りだし、珠がそれを楓の前に滑らせて置いた。

「香典です」

「ありがとうございます。鎌鼬の件に決着がつきましたら、ふたりの葬儀を執り行う予定でいますので、それに充てさせていただきます」

「お任せします」

 楓はこれまでに見せなかった柔らかい笑みを浮かべて、再び礼を述べた。

 考えてみれば、良好な関係とは言い難い宋太の紹介状を持って来たと聞けば、その建前がどうであれ、何かしらの意図があるのではないかと勘繰るのは当然か。櫻良が頑張っているのに自分がそれを壊してはどうしようもない、と珠は深く息を吐きながら自身に言い聞かせた。

 楓は玉露をもうひと口飲むと、ふっと瞳を憂いで染めて俯く。

「ふたりが鎌鼬に殺められるような心当たりはありません。私の目の届かない所でなにかしらの事件に巻き込まれていたのか、それともなんの縁もない突発的なものに遭ったのか。その判断はできかねます」

 珠の目配せに頷いた櫻良は唇を舐める。

「牡丹さんは南街で鎌鼬の手にかかったそうですが、旦那にお知らせしたのは、それに気づかれてからすぐでしょうか」

「もちろんです。掏摸や喧嘩沙汰といった些事であれば、お上の手を煩わせずに内々で処理していますが、さすがに辻斬りとなると対処できませんから。麻紀という夜鷹が斬られたと報告を受けたときも、すぐに遣いを走らせ、そして地廻りには不審者がいれば手当たり次第捕らえるようにと命じたものの、結果はご存知のとおりです」

 楓の眼に冷淡な光が宿り、辺りの空気が一瞬にして引き締まる。婉然とした女将が発するからこその迫力であり、南町の元締めという立場がただの飾りでないと察せた。

 もっとも気分が乗ってきた櫻良はそれに気後れした様子はない。

「そのおふたりの件については、瓦版は具体的なことを書いていませんが」

「あまり派手に煽らないようにとお願いを聞いていただいたからと存じます」

「お願いですか」

 お願いです、と重ねた楓は微笑を浮かべた。

「薄情とお思いになるかもしれませんが、立場上、この街で事件が起きたという噂すら流したくなかったというのが本音です。今のところ客足に大きな影響が出てはいませんが、それも時間の問題ではないかと案じています」

 風評というものには尾鰭がつくのが常で、その払拭は簡単ではない。客が他の花街に足を向けてしまうと、事件が解決してもその流れを戻すのには相当の金銭と労力を要する。南街に身を置く者としてはそれを最も懸念しているのだと、楓は述べた。

 もっとも櫻良はそのような話に好奇心を刺激されなかったようで、「そうですか」というあっさりとした言葉で流す。

「話を戻させていただきたいのですが」

 分かっている、と楓は頷く。

「胡蝶さんは街で最も人気のある芸妓でした。無口で、物静かで、自分の意思を表に出すのはとても稀という、少々変わった妓でしたが、三味線がとてもお上手で、お酒を飲むと白い頬にほんのり紅が差し、とても色香があると、お客様は口を揃えておっしゃいました。一方牡丹さんは、街で最も人気のある娼妓でした。向日葵のように明るく、好奇心が強く、話好きで、負けず嫌いで気が強くて。納得できないことを言われると、それが常連さんであってもつっかかってしまったものの、そういうところに惹かれるお客様がたくさんいらっしゃいました」

「ふたりの仲はいかがでしたか」

「恥ずかしながら、それぞれを慕う妓や禿が対立を煽るような真似をしてはいましたが、胡蝶さんはそれを尻目に三味線の稽古をしていました。そういうものに興味がなく、ただただ煩わしかったのではないかと思います」

「けれど牡丹さんは違った、ということですね」

 間髪を入れずに口を挟んだ櫻良に、楓は苦笑を漏らす。

「牡丹さんは他人を意識することで努力を重ねる妓でした。胡蝶さんにそれを向けてはいたものの、諍いが起きたという話は耳にしていませんし、少なくとも悪い感情は持っていなかったのではないかと」

「どうしてそのように思われるのですか」

「胡蝶さんが亡くなってからの牡丹さんは茫然自失という体で、食は細くなり、痩せこけ、顔色は黒ずみ、そしてとうとう臥せってしまいました。色々と思うところはあったのだろうとは思いますが、その様子は、見ていて痛々しいほどの変わりようでした。お客様からのご指名はいただいていましたが、そのような状態でしたので座敷に上げず、この離屋で寝かせていました。そして、鎌鼬に襲われたのです」

 櫻良の耳がぴくりと動く。

「襲われた頃合いは夜ですよね」

「禿が最後に様子を見たのが鼠刻で、丑刻に華絵という妓が遺体を発見したものですから、襲われたのはその間ということになります。遺体の状態は多分に漏れず、左肩から右脇へと刻まれた傷は深く、皮一枚で繋がっているような有様で、出血したような跡はありませんでした」

 その惨状を脳裡に浮かべたのか、楓は唇を固く結んだ。

 櫻良は眉間に皺を寄せる。

「斬られているけど出血していない、というのはどういうことですか」

「意味もなにも、その言葉のままです。私もそれを見たときは、なにかの間違いではないかと目を疑いました。検視をされたお医者様は、剣術の達人であればそのような真似ができるのではないかとおっしゃいましたが」

 その後の言葉を続けはしなかったものの、女将が納得していない様が見て取れた。

 それ以上聞いても進展はないと思ったのか、櫻良は話の矛先を変える。

「胡蝶さんは北街で殺されたこともあって瓦版が色々と書き立てましたが、他になにか思い当たることはありますか」

「なにもありません。胡蝶さんが殺められことが私の元に伝えられたのはその翌朝で、想定外のことに対応が遅れ、瓦版の方が事態をより把握していたという有様でした」

「鎌鼬が無差別に殺していないのなら、被害者になんらかの共通点がある可能性が高いと思うのですが、胡蝶さんと牡丹さんにそのようなものはありませんか」

「女衒に連れて来られ榮惠家に身を置いたこと、人気があったこと、そして殺され方以外には残念ながら思い当たりません。ただ、それとは別な話となりますが、気になった点がひとつだけありました」

 櫻良は身を乗り出す。

「それはなんでしょう」

「被害者を順におっしゃっていただけますか」

「胡蝶さん、千山の妙さん、手習いの師匠をしていた多恵さん、魚兵衛の真理さん、夜鷹の麻紀さん、牡丹さん、そして山茶花の番頭の喜多之輔さん、の順です」

 櫻良は間違えぬように、指を折りながら言った。

 楓は頷く。

「実は胡蝶という名は源氏名で、本名は多枝と申します」

 櫻良はその言葉の意味を考え、はっと息を呑んだ。

「最初の三人の被害者は同じ名前だったんですね」

「多枝、妙、多恵。字は違いますし、珍しい名ではないものの、三件続けてとなると、それが何らかの意味を持つ可能性が高いのではないかと」

「確かに偶然とは思えない話ですね」

「私も当初はそのように疑いました」

 既に結論づけているようで、楓の表情は冴えない。

 しかしそれを重要な手がかりと思ったらしく、櫻良の鼻息は荒くなる。

「胡蝶さんの本名を知ってた人は多いんですか」

「この町の者と限定すれば、私と牡丹さんだけのはずです。よほど嫌なことがあったのか、胡蝶さんは、過去については口を閉ざしていましたから、自らそれを言うとは思えません。そして私は胡蝶さんの本名を他人に話したことはありませんし、牡丹さんにしてもそうだったのではないかと」

「それなら、他の四人も源氏名という可能性はどうでしょう」

「牡丹さんの本名は美里です。他の方については親分さんにお調べいただきましたが、本名に間違いないと」

「ああ、そうですか」

 櫻良は心底がっかりしたように肩を落とした。

 そういえば、と楓は思い出したように呟く。

「華絵から聞いたのですが、牡丹さんは殺められる幾日か前に、病床で、近々身請けられると嬉しそうに話していたようです」

「身請け、ですか」

「妓の借金を清算し、年季が明ける前に稼業を辞めさせて引き取ることです」

「それにはいくらくらいかかるのでしょう」

「相場はあってないようなものですが、牡丹さんや胡蝶さんほどの妓となると、少なくとも二百両ほどはご用意していただくことになります」

「そ、そんなに」

 櫻良は目を丸くして絶句した。

 その反応が面白かったようで、楓は目を細めて咽喉の奥で笑う。

「もちろんおいそれと出せるような額ではありませんが、申し出はいくつもいただいていました。ふたりとも乗り気でなかったので、お断りさせていただきましたが」

「でもその牡丹さんが身請けの話をしていた、ということですね」

「おっしゃるとおりです」

「その相手に心当たりはありますか」

 しばし逡巡した後に、楓は頷く。

「最も可能性が高いのは、山茶花の若旦那ではないかと」

「忠信さん、ですね」

「あの方はなかなかの伊達男で、南街の常連です。忠信さんに呼ばれたときだけは、牡丹さんは嬉しそうにしていたように思います」

「牡丹さんが亡くなった後に、忠信さんからなにか連絡はありましたか」

 楓は頭を振る。

「そのような話があったとしても、空約束か睦言だろうと思います」


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