第8話
海岸線にそって、小さなバス停が立っていた。私はそこで降りた。波頭が銀色にぎらぎら光っていた。照りつける日差しが、首筋にあたって痛かった。
目指す場所は海辺の静かな町にあった。人が住んでいるのかもはっきりしないほど静かだった。ロボットの姿も見られなかった。おそらく、もとは観光地だったのだろう。あちこちに崩れかけたホテルのような建物がある。やはりその建物の周りにも、ロボットや人間はいない。
私の住んでいる街とは、かけ離れたものだった。あまりに人がいないのだ。人っ子一人いない、という言葉が一番ふさわしいのかもしれない。確かにそれは人っ子一人いない町だった。
私が新聞で見つけた地名と、確かに一致しているはずだ。けれど、ここにはそれらしいものがない。人もいない、ロボットもいない。…まさか、すべて取り壊されてしまったのだろうか。あとかたもなく。
コンバットの開発など、一般にはまったく漏らされることのない情報だったはずだから、すぐに見つかることは予想しなかった。それでも、あまりにも何もなさ過ぎる。大きな港もなければ、空港もなさそうだ。地図で確認した限り、高速道路も走っていない。不便極まりない。
途方にくれて、そばにあった色落ちしたベンチに座り込んだ。何処に行けばいいのだろう。そこで、自分がとてもお腹がすいていることに気付いた。そういえば何も食べずに飛び出してきたのだ。私はなんともどこか抜けているところがある。昔からだ。万次さんにも度々そう言われていた。
――おまえは本当に抜けとるなぁ
その言葉を思い出して、つい笑ってしまった。そのときだった。
海岸線をそれた脇道から、一体のロボットが現れた。電子音を響かせながら、それはゆっくりやって来た。ロボットは私の前で止まった。鉄の色をして、足にはローラーが取り付けられていた。それは、明らかに誰かが座るであろうものだった。椅子にローラーが取り付けられている、と言えばそれまでだが、最近流行っている、車椅子のロボットだった。すべて自動で、そして人間の意志を読み取って動いてくれるという、手動のコントロールのいらないものだ。そのロボットは、私の前で止まり、それからしばらく静止していた。私がただ呆然と眺めていると、ロボットはせかすように、また電子音を高々と響かせた。
「…座るの?」
私がつぶやくと、ロボットは返事をするように、また電子音を響かせた。おそるおそる腰掛けてみた。噂に聞いていた通り、座り心地は抜群だった。誰が考え出したか知らないが、確かにこれはいい発明だと思う。脚腰が弱って、一人で生活もままならなくなった人のことを思えば、これほど便利な発明品もないだろう。何といっても人の意思で動くことができるのだから。…けれど、私には『○○に行こう』という意思がなかった。この先どうすればいいのかと、悩んでいたところだったのだから。
また私が何も言わずに座っていると、ロボットがさっきと同じように電子音を響かせた。せっかちなロボットだ。そこで、私は考えた。もしも、このロボットが、私の希望通りの場所へ導いてくれるのだったら…コンバットに絡んでいる工場へ、その生みの親の科学者のもとへ、連れて行ってくれるのでは、と。
「ねぇ、コンバットって知ってる?」
私は尋ねてみた。すると、ロボットは、その『コンバット』に強く反応を示した。そして、『了解した』と言うように、電子音を激しく鳴らすと、何処へ行くのか、迷いもなく進みだした。このロボットは、コンバットについての情報を知っているようだった。相変わらず電子音ばかり響かせながら、ロボットは進んだ。
ロボットは、明らかに道ではない道を進んだ。こんなにも科学が発達した世界に、こんな原始的な道があったとは知らなかった。それは草に覆われ、木々に覆われ、森の中を無理やりに進んでいるとしか思われなかった。おそらくこの道が目的地への最短距離なのかもしれない。
「本当にこっちでいいの?」
ロボットは、私の問いかけなど気にも留めないまま、ただ一心に目的地を見つめているようだった。
道が森の中からでこぼこの砂利道へと変わる頃、遠くに小高い丘が見えてきた。その小高い丘のふもとまで、ロボットは電子音すらさせずに進んだ。それはやたら静かな進み方だった。ものすごく慎重に進んでいるという感じだった。
ロボットは止まった。そこは、荒れ果てた原野だった。そこから一歩も動こうとしない。本当にここが目的の場所なのだろうか。
私はそっと、ロボットから降りた。
「何もないじゃない」
つぶやくと、一瞬人の気配がした。ぞくっとした。思わず振り返ると、そこにはサングラスをかけた男性が立っていた。年は四、五十といったところだろうか。男性の隣には、犬のロボットが一体。それも、そのロボットは、盲導犬の型のものだった。
「よく来たね」
男性はそう優しく言うと、私に向かって握手を求めた。そっと、そっと、彼は手を差し出してきた。まるで、真っ暗闇の中、手探りで物を探すかのように。いや、彼は目が見えないのだ。このサングラスも、この盲導犬のロボットも、彼が盲目だということを暗に示している。
「私に会いにきたんだろう?」
彼は言った。あのロボットが連れてきたのだから、きっと彼こそが私の探している人なのだろう。私はゆっくりとうなずいた。けれど、すぐに彼が目の見えない人だということを思い出し、はい、とだけ返事をした。彼は申し訳なさそうに言った。
「見えないものでね」
やはりそうだった。私は、少しだけ、この人には心を許していいような気がした。あくまで、勘にすぎなかったけれど。だから、私は大胆にも、一番聞きたいことを尋ねた。
「あなたがコンバットを?」
それを聞くと、彼はあくまで冷静に言った。
「こちらへ来なさい」
そう言うと、盲導犬ロボットとともに、彼は原野の真ん中へ歩いていった。私を連れてきた車椅子のロボットも、彼の後ろについて進んでいった。私もそれにならった。
「アリス、開けてくれないか」
男性は、どこに言うともなく、それだけ言った。すると、彼の手前の地面から、小さな物置のような箱型のものが浮き上がって来た。そして、機械の動く音がして、自動扉が開いた。ちょうど、原野の真ん中に、約4メートル四方の箱が置いてあるような感じだった。
「入りなさい」
私はそう言われ、彼と、二体のロボットの後から、その自動扉の中に入った。私が入ると、それはすぐに閉まり、箱型の部屋が、機械音とともに下へ動いていくのが感じ取れた。エレベーターだろうか。
下まで辿り着くと、扉がまた自動で開いた。その扉の先には、思いも寄らない光景があった。
「地下?」
思わずそうつぶやいた。明らかに地下室というようなレベルのものではなかった。天井に、空があった。紺青の、美しい空があった。そして、足元にはふかふかの草が広がっていた。そう、まさに、地上にいるのと変わらない景色だった。
「目が見えないぶん、匂いには敏感でね。 地下室の鉄の匂いは嫌いなんだ」
男性は笑いながらそう答えた。そして、私に、もう少しついてくるようにと言うと、もっと奥へ進んでいった。この地下室はどれだけ広いのだろう。植物があちこちにあり、長身のセコイアから、小さな花に至るまで、ありとあらゆるものが存在していた。いないのは、私たち以外の動物くらいだった。奥には、古びた小屋があった。ちょうど、いつかおとぎ話で読んだものにあったような、そんな小屋だった。
もうすっかり慣れてしまったように、彼はそのドアのノブに手をかけ、中に入った。私もその後について入った。あの車椅子のロボットは、もうすでにどこかへ行ってしまっていた。私は、万次さんに覚えるように言われた、あのロボット三原則の第二条をまた思い浮かべた。
「その辺に座って」
彼はそう言うと、木製の揺り椅子に腰掛けた。私は、彼のそばにおいてあった小さな丸椅子に腰掛けた。「エイミー、お客様にお茶を」
すると、小屋の奥のキッチンから、綺麗な長いブロンドの髪をした女性が現れて、トレイに紅茶を二つ載せて運んできた。この女性もロボットだろうか。妙になまめかしい肌をしていた。人間にしか見えなかった。
「あいさつが遅れたね。 私は、ケンというものだ。 ケンと呼んでくれてかまわない」
「ケン?」
「苗字はなくてね。 捨て子だったから」
少し私の心がちくちくした。――私と同じ。
「リンっていいます」
私も自己紹介をした。
「私も、苗字はないんです」
「じゃぁ僕らは似たもの同士なわけだ」
「あの…さっきの、『アリス』って?」
「あぁ、入り口の開け閉めをしてくれるロボットの名前だ。もちろん人型ではないから、名前をつけるのもおかしな話だけどね。 自分の身の回りのロボットには、名前をつけることにしているんだ。ロボットに名前をつけちゃいけないなんて決まりはないからね」
ケンは、サングラスに隠されながらも、懐こい笑顔で言った。そして、すぐに真面目な表情に戻ると、さっき、話しかけたことに話題を戻した。
「コンバットのことだね?」
「はい」
私は身を乗り出して言った。
「聞きたいことは?」
ケンは私に話すチャンスを与えてくれた。私は、せきを切ったように話した。
「うちの工場に、コンバットが一体やって来ていたんです。それで、彼はひどく傷ついていたから、うちの工場長と一緒に修理して、直したんです。彼はコンバットなのに…戦闘用なのに、人を殺すとか、そういう意識がなくて…。でも、心はすごく綺麗で、人間よりもまっすぐなんです。つい最近、うちの工場に、黒ずくめの怪しい男が2人やって来て、コンバットを回収するって言い出しました。彼らは、コンバットの開発関係者だと言い張っていましたが…果たして本当はどうなのか、分かりません。それで、…工場長は私をかばって撃たれて死んで…そして…そして工場は破壊されました。そのときに、コンバットが私の代わりに被爆したんです。今、私は近くのスクラップ場にある修理部屋を借りて、コンバットを修理してます。彼は悪い子じゃないから、絶対に治してやりたいんです。カオス…彼は…」
今までのいろんなことが頭を駆け巡り、私は思わず泣きそうになっていた。
「まぁ落ち着いて。話は何となく読めたから」
ケンは微笑みながら言った。その表情は、確かにすべてを知り尽くしたように思われた。
「エイミー、お嬢さんに何かお茶菓子をお出ししなさい」
ブロンド髪の女性は、上品な表情でうなずいて、キッチンへ消えていった。ケンは、一口、お茶をすすってから言った。
「彼女は、僕の作ったロボットでね。メイドのロボットがほしかったんだ。それも、金髪の外人のね」
私は、思わず笑った。聞こえないように、声を出さないようにしたつもりだが、ケンはきっちりと私が笑ったのを聞き取っていた。彼は笑って言った。
「こんな年寄りのくせに、金髪がいいだなんて、あきれるだろう?」
「いえ、そんなことは」
「いやいや、いいんだ。目が見えなくても、やはり美人には憧れる。私も、数年前までは目が見えていたからね。彼女はその頃に作ったものなんだ」
エイミーが、トレイにケーキを載せてやって来た。それを私の前に置くと、彼女は軽く頭を下げ、またキッチンへと消えて行った。
「コンバットも同じ時期に作った」
ケンがぽつりとつぶやいた。私は、すかさず言った。
「教えてください。コンバットのこと」
「そう慌てないで」
ケンは落ち着いた様子でそう言うと、エイミーを呼んだ。そして、やって来たエイミーのお腹の辺りに手をやると、何かを探るように手を動かした。しばらくして、カチンと音がして、エイミーのお腹の一部が開いた。収納スペースになっているようだった。彼は、わずか2センチほどの隙間から、小さなチップを取り出した。
「これが何か分かるかね?」
「何かのプログラムでしょうか」
「そう」
ケンは満足そうに言うと、それを私の方にやった。私はそのチップをつまんでみた。ほんの小さなコインほどの大きさだった。この小さなチップに、何が組み込まれているのだろう。
「コンバットのメンタルプログラムが入っているんだ」
「メンタル?」
「つまり、精神。 ロボットにも、普通の人間と同じように、笑って泣いて、…感情を持ってもらいたかった。 しかし、それは戦闘用には適さなかった」
けれど、カオスには豊かな感情があった。
「君のところに行ったコンバットには、感情があったようだけどね」
一瞬、彼は私の心を読めるのではないかと思った。
「新聞には、プログラムに失敗したと書かれていましたが」
「あぁ、それはきっと開発局の偉い連中がでっちあげた話なんだろうね」
彼は続けた。
「本当のところ、私が彼にだけ、このプログラムを組み込んだんだ。 もちろん、戦闘用としてのプログラムも一緒にね。私は、そのロボットが、メイドであれ、動物であれ、兵隊であれ、人間と変わりのないものを作りたかった。開発局側は、それを良しとしなかった。 けれど、私は、一体でいい。完璧なものを作りたかった。幸い、費用はすべて開発局側の連中が出してくれたものでね。おおいに利用させてもらったよ」
ケンは、そっと目の前のカップに手を伸ばし、紅茶の香りを嗅ぎ、少しだけすすった。
「そんなことを局の奴らに無断でやったから、見つからないように、こんな地下室に閉じこもりきりの生活だけどね。ロボットに囲まれていれば、まったく寂しくなんかないものだよ」
ケンは嬉しそうにそれだけ言うと、サングラスを取った。穏やかなオリーブグリーンをしていた。カオスと同じ色だった。
「…オリーブグリーン」
私が小さな声で言うと、彼はにこりと笑って言った。
「たぶん、君のところにいるコンバットと同じだろうね。この瞳の色は」
「カオスも、同じ色を」
「カオス?カオスと名づけてくれたのか?」
「はい」
「ギリシャ神話に出てくるね。…カオス。『混沌』。何の秩序もない、まっさらの状態。そして、その中からは多くの神々が生まれた」
「よくご存知なんですね」
「神話は大好きでね。とくにギリシャは」
「このプログラムをどうしろと?」
私は、小さなチップをつまんでみせた。ケンは、ゆっくりと、暗闇でものを探るように(実際そうなのだが)手を差し出した。私はその手のひらにチップを静かに載せた。
「このプログラムと、もう1つ他に、重要なものがある」
彼はそう言って、今度は自分の右目に手を当てた。そして、思わぬことに、彼は自分の瞳をえぐった。それは、義眼だった。美しい、オリーブグリーンの球体が、机の上にころんと転がった。
「この中に、もう1つのプログラムが入っている」
私は、ゆっくりとそれに手を触れた。その眼球は、ぱかっと二つに割れて、中から、先ほどのチップと同じような大きさのチップが出てきた。
「これは?」
聞くと、ケンは静かに言った。
「コンバットとしての機能を壊すプログラムだ」
「コンバットとしての?」
「戦闘用としての」
私は息を飲んだ。彼は、カオスの、戦闘用としての機能を壊せと言っているのだろうか。
「それを使えば、カオスは普通の家庭用ロボットと同じものになる」
「でも、彼には戦うという意識がほとんどないんです。ただ、危機が迫ったときは…その意識が芽生えるようですが」
「君らを襲った奴らの狙いがそれだ」
ケンは冷たく言い放った。
「コンバットの、戦闘用としての性質。他のコンバットは、ほとんど廃棄されてしまった。ロボット三原則の第一条に基づいてね。 だから、唯一残ったカオスを必要としている。カオスは、あのメンタルプログラムさえ壊すことができれば、立派な戦闘兵として十分使えるからね」
「そんなことさせたくありません」
私は声を高めて言った。
「だから、そのチップで、戦闘用としての機能を破壊してほしい」
「…私が?ですか?」
「そうだ」
ケンはゆっくりうなずいた。そして、揺り椅子を動かしながら、またサングラスをかけた。
「君のところの工場長の名前は何と?」
「万次。柏木万次です」
その名前を聞いたとき、ケンは声の調子を変えた。
「柏木?」
「彼をご存知なんですか」
ケンは椅子から立ち上がり、天井を仰いだ。そして、1つ、大きな溜め息をした。
「彼は、僕の先生だった」
「先生?万次さんが…あなたの?」
キッチンからエイミーがやって来て、ポットを持って、ケンのカップに新しく熱い紅茶を注いだ。ケンはまた椅子に座り込むと、顔を両手で覆った。そして、嗚咽を漏らした。エイミーは、優しく彼の背中をさすった。そして、彼女は私がケーキに手を付けていないのに気付くと、静かにフォークを手に取り、私に差し出した。私は、フォークを手にすると、一口だけケーキをほおばった。甘くて、とても美味しく感じられた。エイミーはそれを見て、嬉しそうに微笑んだ。自分を指差し、自分が作ったのだと、無言で示した。私はそれを見て、人差し指と親指で輪っかをつくり、『美味しい』というふうに伝えた。エイミーは満足げな笑みを浮かべ、キッチンに消えていった。
「柏木先生はね、僕が学生だったころ、ロボットについてのすべてを教えてくださったんだ」
ケンは顔をゆっくりあげると、静かに語り始めた。
「ロボット三原則はきっちり覚えさせられたし、ロボットを造るうえでの心構えから、ロボットと人間の共存についてもよく教えてくれたものだ。彼の専門は工業用のロボットだったから、ロボットで造った偽の人間や、動物をひどく嫌っていたよ。だから、僕は、ロボットを造る立場になって、何を造るにつけても、リアリティーを追及した」
――ケン、そんなメタリックな動物を造って何が楽しい?そんなものは、人の心を満たせない。
――先生…けれど、アレルギー体質の人は、本物に触れることもできないんですよ?
――アレルギー体質でも、本物に触れられることがベストだ。偽物はつまらん。
「…万次さんが、褒めていました。コンバットは、ものすごくロボットとして精巧にできているって」
私は、初めて万次さんにコンバットを見せたときの、あの輝く瞳を思い出した。とても美しいものを眺めているような、そんな澄んだ瞳をしていた。
「先生が、そんなことを?」
「はい」
「そうか。それは良かった」
ケンは満面の笑顔で言うと、紅茶をすすった。そのとき、私のお腹から奇怪な音がした。
「お腹が空いているのかな?」
私は照れくさくて、小さな声で、はい、と言った。それを聞くと、ケンは大笑いをした。
「それじゃ、ケーキなんて甘いものはお腹に良くないね。エイミーに何か作らせよう。何が食べたい?」
「あ…じゃぁ…オムライス…が、食べたいです…」
「オムライスか。私も大好きだよ。もうすぐお昼だから、ちょうどいい」
そして、彼はキッチンにいるエイミーを呼んで、オムライスを2人分作らせた。初めて会った人と、昼食を共にするのは変な感じだった。けれど、ケンは他人に感じられなかった。おそらく、お互いに捨て子だったという過去があるからだろう。そして、柏木万次という共通の人物がいるから、というのもあるかもしれない。
昼食を食べ終えると、ケンは、コンバットのプログラミングについて説明を施してくれた。あの戦闘用の機能を壊すこと。そして、私一人ではどうにもできなかった細かい部位の修理について。
「何かあったらここに連絡しなさい。 逆探知もできないようになっているし、ここなら確実に私とコンタクトが取れる」
そう言って、彼は小さなプレートをくれた。シルバーの固い板に、細長い画面が付いていて、そこに細々と番号が浮かび上がっている。
「ありがとうございます。きっと、カオスを修理してみせます」
私が頭を下げて言うと、ケンは微笑みながら言った。
「君も私も、幸せ者だ」
彼は続けた。
「柏木万次という、素晴らしい人物に出会えたのだから」
私は元気に、はい、と答えた。
小屋の窓から、背の高いセコイアがのぞいた。空を突き刺すように、迷いもなく、それは真っ直ぐに天を求めていた。