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セピアの街  作者: ling-mei
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第7話

 コンバットというのは、戦闘用のロボットなだけに、頑丈なつくりになっているらしい。焼け焦げたカオスの身体は、爆発を浴びた背中の部分だけが焼け焦げ、溶けているだけだった。爆発を浴びなかった顔や胸は、まだカオスの面影も、オリーブグリーンの瞳も残っていた。あまりに綺麗な顔をしていたから、カオスがもう動かないだなんて、信じられなかった。

 私がカオスの汚れた頬に触れていると、誰かが私の肩を叩いた。スクラップ場で働いている職員のお兄さんだった。

「リンちゃん」

 お兄さんは、私を哀れみの目で見た。その目が私には耐え切れなかった。まるで、私が世界で一番不幸な女の子だと言わんばかりの目だったからだ。

「工場、焼けちゃったね」

 私は笑った。歯を思いっきり出して笑った。お兄さんも、それにつられて苦笑いをした。

「これじゃホームレスだね。私」

 もう一度そう言って、また笑った。すると、お兄さんは深刻そうな顔をして言った。

「万次さんは?」

「ポックリ逝っちゃったみたいだよ」

 それだけ言うと、私はカオスの頬の汚れをぬぐった。お兄さんは、万次さんがもういないということを知ると、返す言葉もないらしく、黙ってたたずんでいた。私は笑顔で言った。

「ねぇ、そっちの事務所って、人が余分に入れるスペースある?」

 まだ現実が飲み込めていないような表情で、お兄さんは言う。

「うん。あると思うけど」

「じゃあさ、私、しばらくそっちの事務所に置いてもらえないかな?万次さんのよしみで」

「たぶん大丈夫だと思うよ」

 静かに何度もうなずきながら、お兄さんはふと、転がっているロボットの顔を見た。私はその視線に気付くと、思い切って聞いてみた。

「ねぇ、そっちにも修理工場あるよね?」

「小さいし、古いけど。まぁ一応の設備は整ってるよ」

「この子、修理したいの。身体はけっこう焦げちゃってるけど…きっと中身はイカれてないはずよ」


「爆発を受けたんだろう?」

 修理工場へ私を案内しながら、お兄さんは尋ねた。胸の部分のコードを見せていないので、まだ、このロボットがコンバットだということには気付いていないようだった。スクラップ場で働くロボットに、重たいカオスの身体を運んでもらいながら、鉄の音の響くスクラップ場を歩いた。

「背中はもろに当たっちゃったから、ぼろぼろだけど。表はすっごく綺麗なままなの。だから大丈夫」

 カオスを直したい。私の思いはそれだけだった。

 万次さんほどの技術はないかもしれない。けれど、私にはそこらの修理士に負けないくらいの腕前はあった。だから、カオスを直してやれる自信もあった。いや、直さなければいけない。そんな気がした。


 修理工場へ入るときに、ペット用の小さな猫型ロボットが、足元を駆け抜けていった。万次さんが言っていた言葉を、ふと思い出した。

――こんなにメタリックなものを飼いならして何がいいんだろうな

 私は思わず笑った。もうあの口うるさいおじいさんがいないなんて、どうも実感が沸かなかった。あの爆破は、万次さんの身体もすべてかき消してしまったから。私が助かったのだって、カオスが上に覆いかぶさってくれたからだ。コンバットの強靭な身体とはいえ、カオスの身体がまだ残っているのですら、奇跡なのかもしれなかった。

 修理工場は鉄の冷たい音が響いていた。万次さんの工場と同じ、でも少しどこか違う音だった。少しだけ、万次さんに会いたい衝動にかられた。

「リンちゃん、とりあえずこの部屋のものなら何でも使っていいから」

 お兄さんは、修理台の上を片付けながら言った。

「ありがとう。しばらく私が好き勝手やらせてもらっちゃうかもしれないけど」

「いいよ。ここはもう使ってないから」

 そう言うと、お兄さんはロボットに、はカオスの体を修理台に載せるように示した。私はすかさずカオスの身体の泥をぬぐうふりをして、胸のコードの上に布を載せた。お兄さんが何も気付かなかったのを確認すると、私は部屋中を見渡した。もう今は使われていない修理部屋。ロボットが人間の代わりをするようになってから、人間が働いていた修理部屋はなくなりつつあった。残っているのは、なくなってしまった万次さんの工場を除いて、おそらくこの部屋くらいだろう。カオスを運ぶのを手伝ってくれたロボットは、不思議な電子音を響かせて行ってしまった。

「もう役目を果たしたから、行っちゃったんだよ」

「あくまで命令しか聞かないのね」

「命令には絶対だから」

「…『第二条 ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない』…だったっけ?」

「そう。リンちゃんよく覚えてるね」

「だって、この世の常識なんでしょう?」

「別に、ロボットの製造に関わらない人は知らなくてもいいんだよ。 常識っていうか…まぁ一部の専門分野の中では常識だけどね。この世の、ってほどでもないんじゃないかな」

 私はお兄さんの言うことが信じられなかった。万次さんは、この三原則だけは何があっても覚えるようにと言っていたからだ。この世の常識だから。ロボットと人間が共に生きていく上で、この原則を心得ていないことは在り得ないことだと言われていたのだ。

 万次さんが私に施した教育は、おそらく、私を一人前の技師に仕立て上げるためのものだったのだろう。『一人娘』としての、彼にとっての最高の教育だったのかもしれない。

「覚えてて当たり前じゃない。一人前の修理技師になるんだから」

 私はつぶやいた。お兄さんには、鉄の触れ合う音に混じって聞こえなかったらしい。

「じゃぁリンちゃん、僕はこれから仕事だから。…あんまり気を落とさないようにね」

 そう言って、お兄さんは優しく私の肩を叩いてくれた。

 お兄さんが部屋を後にすると、私はカオスの身体をじっと見た。焼け焦げた人口皮膚。傷のところどころからのぞく鉄の色。オリーブグリーンの瞳は開けたまま、灰色の天井をじっと見つめている。

 今、カオスはセピアの世界にいるはずだ。ロボットだらけの、人間のいない世界に。私が、こっちの世界に引き戻してやらなければならない。また彼と過ごすために。

「私、きっと助けるからね。あなたのこと」

 私がそうつぶやいたとき、一瞬、カオスのオリーブグリーンの瞳が微笑んだ気がした。


 このスクラップ場に立っている工場は、私と万次さんの工場とは段違いに最新の技術が駆使してあった。危険な仕事も、簡単な仕事も、ほぼ作業用のロボットがやってくれる。廊下を歩いていると、何台のロボットとすれ違うか分からない。どのロボットも電子音を響かせて過ぎ去っていってしまう。だからその度に少し悲しくなる。人間とすれ違うことは滅多にないからだ。せいぜい、私がカオスの修理をしているときに、お兄さんが部屋に入ってきて、差し入れをくれるとか、工場長が私を気遣って話しかけてきてくれるときくらいだろうか。他の人間はいないのかもしれない。実際、私はこのスクラップ場で会ったことがあるのが、あのお兄さんと工場長、それからバイトと思われる若い男の子くらい。つまり、人間の居場所はロボットに脅かされているといっても過言ではないのだ。結局、人間とロボットは同じ環境で同じように暮らすことは不可能と言われている気がした。

「ねぇカオス?人間とロボットは仲良く暮らすことはできないの?」

 カオスの修理をしながら私は彼に尋ねてみた。けれど答えが返ってくるはずがない。彼はじっと動かないまま、灰色の天井を見つめている。

「カオス?セピアの街は冷たいでしょう?だから早く人間の街に帰ってきて」

 もう一度問いかける。依然として、彼は同じように天井を見つめ続けている。


 カオスの身体の仕組みは、私を圧倒させることばかりだった。

 何より、前に万次さんが言っていた通り、筋肉の付き具合があまりにリアルだった。ときどき、本物の人間を扱っているのではないかと思った。そう思うたびに、私は『死体を修理している』という錯覚にとらわれ、寒気がしたものだった。本物の人間に、ロボットになるための改造手術でも施したのだろうかと思えるくらいに、人工の筋肉は豊かだった。そして、皮膚の強靭さも半端なものではなかった。あの爆発の中に巻き込まれたはずなのに、皮膚の奥の内蔵されているコンピュータにまで爆発が行き届いていない。そう、ちょうど、防弾服を身にまとっているかのような。今までたくさんのロボットを万次さんとともに修理してきたけれど、こんな頑丈なものは一つも見たことがなかった。もちろん頑丈なものはあった。けれど、そんな頑丈さも、たかが知れたものだった。  『コンバット』という肩書きは、ただの肩書きではないのだと、その強さを知って改めて思った。

 このロボットを作った科学者は誰なのだろう。これを作れるのは、よほどの天才か、もしくは、神様くらいだと思う。確かにロボット産業が発達している時代だけれど、このロボットだけは、そんな発達した時代の波を軽く超えている。こんな私にですらそう思えるのだから、たいしたものなのだろう。

 ふと、このロボットの親に会いたくなった。


「ねぇ、お兄さん」

「ん?」

 スクラップ場の休憩室でコーヒーをすすっていたお兄さんは、部屋に私が入ってきたのに気付くと、こっちを振り向いた。彼の座っているソファの隣で、犬のペット用ロボットがしっぽを振っていた。

「コンバットって知ってる?」

 私がそう言うと、お兄さんは表情を強張らせた。

「ねぇ、コンバットって…」

 またそう言いかけたとき、お兄さんは鉄と油の臭いのする手で、私の口を押さえた。

「静かに」

 無理やり笑った顔を作りながら、お兄さんは言った。私は、何となくそうした方がいい気がして、わざとひそひそ声で話しかけた。犬のロボットだけが、機械のスピーカーから出る音を放っていた。部屋にはその音と、遠くで触れ合う鉄の音しかしなかった。

「どうして?」

 お兄さんは、窓を閉め、淡い青のブラインドを下げた。そして、私よりもずっと小さな声で、ゆっくり言った。

「最近、この辺りを男がうろついてる」

「男?」

 静かにうなずくと、お兄さんは真っ白な紙とペンを持ってきた。そして、そこに文章を書き出した。筆談だった。そこまでするほどのことなのだろうか。

『たぶん、リンちゃんの工場を爆破した集団だと思う』

 私も、彼に習って同じように文章を書いた。

『どうしてそう思うの?』

『爆発があった日、ここら一帯、怪しい人がたくさんうろついてた。まさかリンちゃんの所に行くとは思わなくて』

『あの人たちは何なの?』

『コンバットの製造会社』

 お兄さんはそれだけ書くと、ブラインドの隙間から外を見た。私も隣に立って、ブラインドから外を覗き見た。向こうのスクラップの山の陰から、黒いスーツの男が一人、こちらをじっと見ている。私は怖くなって、窓から遠ざかった。どうしてか、体中がぶるぶる震えた。お兄さんは、また紙とペンを取り、そこに長々と文章を綴った。

『コンバット絡みだってのは、工場長の予想だけど。リンちゃんが新聞とかニュースとか見てたらきっと気付いてるはず。その話題が持ちきりになってた。コンバットが廃棄処分の最中に一台逃げ出したって話。コンバットは体も強くて、遠くまで逃げ出したら探しようがないと言われていたけど、この辺りで見たって話がちょくちょく出てて。まさかリンちゃんの工場にコンバットが』

 そこまで書いて、お兄さんは私の目を見た。私は、思わず目をそらしてしまった。お兄さんは、ペンを置くと、私に詰め寄ってこう言った。

「まさか、修理してるロボットって…」

 私は身動き一つできなかった。もしもお兄さんの言おうとしていることが当たってしまったら、カオスはどうなるのだろう。コンバットの話題がニュースや新聞で持ちきりだったのなら、どうして私はニュースも新聞も見なかったのだろう。どうして万次さんの言うことを聞かなかったのだろう。…万次さんは、そのことを知っていたはずだろう。…それなら、…それならどうして、コンバットをかくまったのだろうか。


 その日は眠れなかった。カオスの修理にも手が付かなかった。頭の中は疑問符だらけだった。

「コンバット…コンバット…」

 私はひたすらその名前をつぶやいていた。そして、ふと、1つの考えに思い至った。

――作った人物に会おう

 それだけだった。コンバットの製造に携わっているくらいだから、もしかしたらすでにこの世にいないかもしれない。けれど、それでもどうしても会いたいと思った。そう思ったら、おちおち寝てもいられなかった。私はベッドから飛び起きた。

修理部屋に、できるだけ足音を立てないように裸足で歩いて行った。修理代の上で、カオスがオリーブグリーンの瞳を見開いたままで眠っていた。私は、彼の頬にそっとキスをすると、小さな声でつぶやいた。

「すぐに帰るから、ちょっと待っててね。それまで、修理はできないけど…」

 カオスは返事をせず、じっと天井を見たままだった。私は、唇をかみ締めると、きびすを返して、部屋を出ようとした。そのとき、背後で声がした気がした。

「いってらっしゃい。気をつけて」

 私はびっくりして振り返った。けれど、カオスは相変わらず仰向けに寝転がっている。

 不思議と、心が晴れやかになった気がした。いつもよりも、足が軽く感じられた。少しだけ笑いながら、私は部屋を出た。昼間のうちに、私は古新聞を読み漁っていた。今までにないくらい、真剣に新聞に目を通した。どんなに小さな三面記事でも、コンバットに関することはすべて読んだ。だから、コンバットが製造されていた街の名前も調べがついた。新聞がこんなに便利だとは知らなかった。万次さんの言っていたことは、確かに正しかった。

 私は、特にこれといって持ち物を持たなかった。少ない金額を入れた財布と、ガムを少し。それだけだ。工場長にも、お兄さんにも何も言わずに、私は工場を後にした。

 朝が半分明けかかっていた。夜明けはもう間近のようだった。空気が冷たく、湿っぽい。私は、頬にまとわりついた髪を払いのけると、スクラップ場に山積みにされたロボットたちを見た。彼らは、命の抜けたロボットだった。私は、普段なら決してしないことをしてみた。

「いってきます」

 命の抜けたロボットに話しかけたのは、初めてかもしれない。ここのところ毎日、カオスに話しかけているから、あまり変な違和感を覚えなかった。

 少しだけ立ち止まって空を見上げた。東の空は、ほんのりオレンジ色に染まっている。何となく、太陽が出る前にここを離れようと思った。ぎゅっと目をつむり、背伸びをすると、私は真っ直ぐ歩き出した。


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