第88話 カナリアの痕跡と、隠された錬金工房 ~迷宮の歩き方~
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「……うわぁ……。見事な黒焦げですわね……」
「お兄ちゃん、このおじさんたち、まだピクピクしてるよ……?」
黒曜石のゲートを抜けた先、巨大なエントランスホール。
そこには、先ほど歓声を上げて突入していった『砂鮫傭兵団』の男たちが、全身から黒煙を上げ、白目を剥いて床に転がっていた。
周囲の壁や床には、彼らが作動させた無数の魔力トラップの焼け焦げや、飛び出したままの無数の槍、炸裂した魔法陣の痕跡が痛々しく残っている。
「分析。前方約100メートルまでの直線区間において、計24個の致死性トラップが作動済み、現在は魔力切れ(クールダウン中)です。……彼らが文字通り『身を挺して』安全な道を切り開いてくれたおかげですね」
「ああ。彼らの尊い犠牲には、心から感謝しないとな」
俺は気絶している傭兵たちの上に、火傷によく効く安い軟膏をポンポンと放り投げた。
死なれて死体から魔物が湧いたり腐臭が漂ったりしては厄介だ。これくらいの手当てはしてやろう。
「さて、カナリアたちが掃除してくれたのはこの直線区間だけだ。ここからが本当の『ダンジョン探索』だぞ」
エントランスホールを抜けると、そこから先は巨大な金属と黒曜石で構成された、複雑に入り組んだ『迷宮(大回廊)』となっていた。
あちこちに分かれ道があり、通路の先は完全な闇に包まれている。
「……マスター。……あっちの広い道、壁の中から『カチッ』ていう機械の音がしますぅ……」
「……床の下も、空洞ですぅ……」
双子のパールとコーラルが、壁や床に手を当てながらソナーで内部構造を探る。
「広い本道には、まだカナリアが踏み抜いていない大規模な物理トラップ(落とし穴や圧殺壁)がギッシリ詰まってるってことか。普通のアドベンチャーなら、地図もないままあそこを命懸けで進むんだろうが……」
「わたくしたちは、オアシスの市場で『慎重さ』を学んできましたものね」
アミィが鉄扇で口元を隠し、クスクスと笑う。
「サフィ、双子のソナー情報を統合して、この階層の3Dマップを構築しろ。罠の密集地帯を避け、魔力回路が一番複雑に絡み合っている『意味ありげな場所』を探すんだ」
「了解しました。……マッピング進行中。……マスター、本道から外れた右の壁の奥に、ソナーの音波を完全に吸収する『不自然な隠し空間』を検知しました」
俺たちは本道の罠を迂回し、サフィが示した行き止まりの壁へと慎重に近づいた。
「ただの壁に見えますけれど……」
「いや、錬金術師の目から見れば一目瞭然だ。ここだけ金属の継ぎ目の魔力伝導率が違う。……ルビィ、この壁の右下、色の違うタイルの部分を、ハンマーの柄で『そっと』押し込んでみてくれ。絶対に叩き割るなよ?」
「はーいっ! そーっと、だね」
ルビィが慎重にタイルを押し込むと、カチャリ、という小さなロック解除音が鳴り、重々しい金属の壁が音もなくスライドした。
隠し扉の先には、先ほどの無機質な通路とは全く違う空間が広がっていた。
淡い青色の魔力光に照らされた、神代の「錬金工房」の跡地だ。
「……すごいですわ。これが、千年以上前の錬金術師が遺したものだなんて」
ダイヤが感嘆の声を漏らす。
金属製の頑丈な棚には、現代の市場では天文学的な価値がつくような「お宝」が、当時のままの姿で眠っていた。
「……透明なガラス容器に入っているのは、『神代の魔力触媒』。現代じゃ液滴一滴で家が建つ伝説の霊薬だ。隣にあるのは純度100%のオリハルコンのインゴット……。ただ道を歩いてりゃ見つかるようなモンじゃない。罠を避け、隠し扉を見抜いた者だけへの『ご褒美』ってわけだ」
だが、俺はアイテムボックスを開きながらも、その手をピタリと止めた。
「待てよ。ここは生きている『自律型の防衛要塞』だ。隠し部屋だからといって、これだけのお宝が何の防犯装置もなく無造作に置かれているわけがない」
「肯定。棚の底部に、微弱な圧力感知式の魔法陣を確認。一定以上の重量が取り除かれた瞬間、室内の防衛システム(致死性の毒ガスと閉鎖シャッター)が起動する仕組みになっています」
サフィの精密スキャンが、やはりボビートラップを見抜いた。
欲に駆られてすべてのインゴットを鷲掴みにしていれば、その瞬間に俺たちはこの隠し部屋で永遠の眠りについていただろう。
「……足るを知る、だな」
俺は、棚に並ぶオリハルコンのインゴットの中から、全体の重量バランスを崩さないよう、サフィの計算に基づいて『一枠の空間が空かない程度の小さな二欠片だけ』を慎重に抜き取った。そして、代わりに同等の重量を持つ砂漠の鉄くずと石を、寸分の狂いもなく設置する。
カチリ、という小さな金属音が響いたが、部屋の魔法陣は赤く染まることなく、静かに眠り続けた。
「よし、重量相殺成功だ。これだけで、俺のビークルのエンジンをさらに強化できる」
「お兄ちゃん、こっちにも変な機械があるよ!」
ルビィが指差した先には、稼働を停止して壁に立てかけられている、人間の骨格を模した真鍮製の『自動人形』の残骸があった。
「……素晴らしい技術だ。だがこれも、下手に動かせば起動して敵に回るトラップかもしれない。今は手を出さず、構造のスケッチだけサフィのデータベースに記憶させておこう」
「了解。内部構造の非破壊スキャンを開始します」
形あるお宝を無理に奪うだけでなく、その「知識」を無傷で持ち帰る。
最奥の扉を開くための鍵――あの『厄介な黒い歯車』は、まだ俺のアイテムボックスの奥深くで静かに眠っている。たった第一層の隠し部屋でこれほどの遺産と罠があるのだ。深層はどれほど恐ろしいのか。
「さあ、お前ら。お宝の誘惑に惑わされるなよ。カナリアたちみたいに丸焦げになりたくなきゃ、一歩一歩、極限まで慎重に進むぞ」
「「「はいっ(ですわ)!」」」
神代の遺産への敬意と警戒を強めた俺たちは、欲に溺れることなく、ダンジョンのさらに奥へと続く巨大な金属の迷宮を、静かに、そして着実に進み始めるのだった。
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