第108話 世界樹の心臓と、大賢者の開眼 ~歩く森羅万象~
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「嘘をつけ!! 今、完全に『これで合宿終了!』という顔をしていただろうが! この私を、ただのバフ掛け要員として使い倒した挙句にポイ捨てする気か、この恩知らずの悪徳錬金術師め!!」
プリムローズがスレートを放り投げ、俺の白衣の胸ぐらをガクガクと揺さぶる。
分厚い眼鏡の奥の瞳には、明らかな殺意と、それ以上に「自分だけ置いてけぼりにされた」という屈辱の涙が滲んでいた。
「わ、分かった! 落ち着けプリムローズ! 悪かった、俺の配慮不足だ! だがな、あんたを後回しにしたのには、錬金術師としての『論理的な理由』があるんだ!」
俺は必死に頭をフル回転させ、生存のための言い訳を構築した。
「……論理的な理由だと? 言ってみろ。一文字でも矛盾があれば、この場で脳の血管に植物の種を植え付けて破裂させてやる」
「い、いいか? アミィたちは元が『無機物のオートマタ』だ。だから、シルヴィの生命錬金術で『命を与える』というベクトルで強化ができた」
俺は冷や汗を拭いながら、彼女の肩に手を置いた。
「だが、あんたは『生身のエルフ』だ。すでに完璧な生命体として完成している身体に、外部から下手に手を加えれば、拒絶反応で細胞が崩壊する。……だから、まずはオートマタたちで『生体化プロセス』の臨床データ(テスト)を集め、シルヴィの力を完全に把握する必要があったんだよ!」
「…………ほう?」
プリムローズの手の力が、少しだけ緩んだ。
『臨床データ』『テスト』という技術者(研究者)らしい響きが、彼女の理性にクリティカルヒットしたようだ。
「……なるほど。確かに、有機生命体への神代の術式の直接付与はリスクが高すぎる。……私を安全に強化するための、慎重な手順だったというわけか。……フン、それならば最初からそう言えばいいものを」
チョロい。
いや、知的好奇心と論理を重んじる賢者だからこその納得の仕方だ。俺はホッと息を吐き、シルヴェリアに目配せをした。
「マスターの仰る通りですわ、プリムローズ。……貴女のその美しいエルフの肉体を損なうことなく強化するためには、わたくしとマスターの完璧な連携が必要でしたのよ」
シルヴェリアの優しく母性に満ちたフォローに、プリムローズは完全に矛を収め、コホンと咳払いをして白衣のシワを正した。
「……で、クロウ。私にどのような強化を施すつもりだ? 私はエルフとしてすでに『森羅万象との調和』を極めている。これ以上、何を足すというのだ?」
「あんたの言う通り、エルフは『外部の自然』と調和し、そのマナを借りる達人だ。だが、それは裏を返せば『周囲に自然がなければ無力』であり、『自然が病んでいれば引きずられる』ということだ。現に、世界樹の病に何百年も苦戦していただろ?」
「……ッ。それは……」
「だから、変えるんだ。……自然の力を『借りる』のではなく、あんた自身を自然の『供給源』にする」
俺はアイテムボックスから、厳重に密閉されたガラスの小瓶を取り出した。
中に入っているのは、俺がエルフの里のラボで治療に成功した、あの『世界樹の細胞』の純粋な培養液だ。
「これを、シルヴィの生命原液と掛け合わせ、あんたの魔力中枢(心臓)へと直接埋め込む。……名付けて【世界樹の心臓】の移植だ」
「なっ……!? 世界樹の細胞を、私の体内にだと!? そんな真似、エルフの歴史上でも前例がないぞ!」
「前例がないからやるんだろ。……あんたを、星のマナを自給自足で生み出す『歩く世界樹』にしてやる」
プリムローズはごくりと喉を鳴らし、それから不敵な、狂気を孕んだ研究者の笑みを浮かべた。
未知の領域への恐怖よりも、探求心が勝った顔だ。
「……やれ。私の魂がどう変異するか、見せてみろ」
俺はプリムローズを作業台に寝かせ、彼女の着ていた分厚いローブの胸元を大きくはだけさせた。
現れたのは、引きこもり特有の透き通るように白い肌と、華奢な鎖骨、そして意外にも豊かな双丘。
アミィたちが「あらあら」「マスター、手つきがいやらしいですわ」と茶化す中、俺は精神を研ぎ澄ませた。
「シルヴィ、生命のリンクを! 彼女の細胞の拒絶反応を完全にゼロにしろ!」
「はい、マスター。……神代の息吹よ、この娘の細胞と一つに」
「いくぞプリムローズ……! 『錬金再構築』!!」
俺は『世界樹の培養液』を自らの魔力で黄金の光へと変換し、プリムローズの心臓の真上へと直接押し込んだ。
「あ、あぁぁぁぁっ……!!」
プリムローズの背中が大きく反り返り、彼女の口から絶叫が漏れる。
無機物を強化するのとは次元が違う。生身の細胞一つ一つに、数千年を生きた大樹の記憶と、星の命そのものが強制的に上書きされていくのだ。
「くっ……! はぁっ……、あつ……い……! 身体の中が、芽吹いて……割れる……っ!!」
彼女の白い肌の表面に、美しい翠緑色をした『葉脈』のような魔力回路が浮かび上がり、心臓を中心に全身へと広がっていく。
室内のマナが暴風のように彼女へと吸い込まれ、逆に彼女の身体から、濃密な「生命の香り」を含んだ新しいマナが爆発的に吹き出し始めた。
「耐えろ! ここで自我を手放せば、あんたはただの木になっちまうぞ!」
「馬鹿に、するな……っ! 私は、森の賢者……この程度の力、完全に『調和』して、支配して……あぁぁぁぁッ!!」
カッ……!!
プリムローズの身体から、エメラルドグリーンの眩い閃光が放たれた。
その光は星海のマスター・ルームを翠緑に染め上げ、冷たい床から瞬く間に『未知の美しい花々』を咲かせた。
石の床が草原に変わり、空気が朝露のように浄化されていく。
「……バイタル、安定。細胞の突然変異、完了。……信じられません。彼女の体内マナ生成量は、一つの『森』全体と同等です」
サフィの報告と共に、光が収まる。
作業台の上でゆっくりと上体を起こしたプリムローズは、息を呑むほど美しく変貌していた。
ボサボサだった緑の髪は、生命力に満ちて艶やかに輝き、肌は若木のように瑞々しい。
そして何より――。
「……眼鏡が、いらなくなったのか?」
俺の言葉に、プリムローズは視力を補っていた分厚い眼鏡を外した。
彼女の瞳は、鮮やかな金と緑のオッドアイへと変化し、万物の生命の流動を直接「視る」ことができる『真理の魔眼』へと覚醒していたのだ。
「……ああ。視える。お前たちの体内のマナの流れ、細胞の寿命、そしてこの星そのものの呼吸が、まるで手に取るように分かる」
プリムローズはベッドから降りると、足元に咲いた花にそっと触れた。
「『創世調和』。……今までの私は、あるものを組み合わせるだけだった。だが今は、私の魔力を分け与え、無から生命を創り出すことができる。……本当に、私を『歩く世界樹』にしてしまったというわけか、クロウ」
彼女は自分の手を見つめ、それから悪戯っぽく笑って、外した眼鏡をパチンと指で弾いた。
すると、分厚いレンズの眼鏡が、錬金術の光に包まれてスタイリッシュな『片眼鏡型の戦術デバイス』へと変形した。
「視力は回復したが、私のトレードマークだからな。サフィの通信ネットワークと連動するスマートグラスとして使わせてもらう」
「ふっ、似合ってるぜ。知的な大賢者様」
これで、本当に全員のアップデートが完了した。
星海のプラネタリウムの下、俺たちは顔を見合わせた。
ゴルド(盾):流体生体金属を持つ『紅蓮の機神』
アミィ(斬撃):流体生命扇を操る『水禍の戦乙女』
ルビィ(破壊):生体アダマンフレームと星穿つ槌を持つ『破壊神』
ダイヤ(火力):生体太陽炉を宿す『歩く恒星』
双子(索敵):全領域知覚『星界の共鳴』を持つレーダー手
サフィ(演算):生体量子脳と氷炎の超伝導を持つ『神代の頭脳』
プリムローズ(回復・創造):世界樹の心臓を持つ『真理の大賢者』
シルヴェリア(叡智):すべてを束ねる『生命錬金術の母』
「さあ、準備は整ったな」
俺は白衣を翻し、地図に記された次の「赤い点」――空間制御塔の方角を指差した。
「俺たちの強さは、もはや世界の理すら凌駕している。……だが、探求の旅は終わらない。未知なるダンジョンと、まだ見ぬ錬金術の深淵が俺たちを待っている」
「「「はいっ、マスター(ご主人様/お兄ちゃん)!!」」」
最強の布陣となった錬金術師一行は、砂漠の要塞の星海を後にし、次なる伝説を目指して、いよいよ新たな一歩を踏み出すのだった。
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