第105話 爆ぜる生命と、機神の剛腕 ~世界を穿つ無垢な槌~
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星海が瞬くマスター・ルームに、ズシン、ズシンというリズミカルな振動が響いていた。
「ねーねーお兄ちゃん! ボク、もう待てないよ! ツノ丸も、お兄ちゃんにカッコよくしてもらうんだって張り切ってるもん!」
三番手に名乗りを上げたのは、燃えるような赤い髪をポニーテールに結び直し、愛用の超巨大ロケットハンマー『クラッシャー』を軽々と肩に担いだルビィだった。
彼女の足元では、かつて森で捕まえた巨大なダイヤモンド・クワガタの『ツノ丸』が、主の興奮に呼応するように、オリハルコンを噛み切る大顎をガチガチと鳴らしている。
ゴルドが「機神」へ、アミィが「流体」へ、サフィが「量子脳」へ。
姉たちの劇的な進化を目の当たりにしてきたルビィのルビー色の瞳は、期待と闘志でキラキラと輝き、彼女の小さな体からは抑えきれない魔力のスパークがパチパチと弾けていた。
「よし、お待たせルビィ。……お前の番だ」
俺が微笑んで手招きすると、ルビィは「わーい!」と叫んで砲弾のように俺の胸へと飛び込んできた。
ドォンッ! という、少女の体当たりとは思えない重低音。アップデート前だというのに、彼女の「密度」はすでに常人のそれを遥かに超えている。
「ルビィ、お前の強さは『破壊力』そのものだ。だが、これまでの戦い方には一つの弱点があった。……お前の攻撃の核であるロケットブーストは、あくまで外部装置の推力に頼ったものだったということだ」
俺は彼女が床に置いた、無骨で巨大な『クラッシャー』を見下ろした。
幾千の魔物を叩き潰してきた鉄塊。だが、これでは「武器を振るう少女」という構図から抜け出せない。
「シルヴィ。……ルビィのアップデート案だが、俺は彼女の『筋肉』そのものを、神代の爆縮機関へと造り変えたいと考えている」
「ふふっ。マスター、相変わらず大胆な発想ですわね」
シルヴェリアが慈愛に満ちた群青の瞳を細め、ルビィの華奢な肩にそっと手を置いた。
「生命錬金術における『力の変換』。……それは、体内の細胞一つ一つを極小の燃焼室へと変え、マナの爆発を直接運動エネルギーへと転換する【神代の脈動】の理論ですね。……彼女の無垢な魂ならば、その凄まじい衝撃にも耐えうるでしょう」
「それだけではないぞ、クロウ」
プリムローズが眼鏡を光らせ、スレートを叩きながら口を挟む。
「その爆発的な出力を、彼女の小さな骨格が受け止めきれるはずがない。……ルビィ、お前のペットを少しだけ貸せ。この『アダマン・スタッグビートル』の甲殻の分子構造……オリハルコンを凌駕する『生物的硬度』を、ルビィの骨格に転写する。……エルフの調和をもってすれば、有機物と無機物の境界を完全に消し去ることが可能だ」
「……よし。役者は揃ったな」
俺はアイテムボックスから、第四層の軍勢から回収した『極小高密度魔石』数万点と、火山の深層で手に入れた伝説の耐熱金属『星核鉄』の残りをすべて取り出した。
さらに、シルヴェリアが培養槽から抽出した、神代の「生命原液」を錬金釜へと注ぎ込む。
「ルビィ、作業台の上に寝て。……これからお前の身体の中で、何万回もの『爆発』が起きる。それを自分の意志で抑え込み、手なずけるんだ」
「うん! ボク、頑張る! お兄ちゃんのために、もっともっとおっきいものを壊せるようになるね!」
ルビィが無邪気に笑い、作業台に仰向けに寝転がった。
俺は彼女の四肢に魔力供給ラインを接続し、シルヴェリア、プリムローズと意識を同期させた。
「開始する……! 『錬金極致・生命再定義』!!」
錬金釜から溢れ出た、ドロドロとした虹色の流体が、ルビィの全身の毛穴からじわじわと染み込んでいく。
「あぐっ……! あ、熱い……お腹の中が、ピカピカして……熱いよぉ……っ!」
ルビィの体が激しく震え、彼女の肌が内側から真っ赤な発光を始めた。
今、彼女の体内では、生命錬金術の奇跡によって、全細胞の再構成が行われていた。
軟らかい子供の筋肉繊維が、一本一本、神代の『超伝導フィラメント』へと編み直されていく。
その繊維が束となり、マナを吸い込むたびに、超小型のロケットエンジンさながらの爆発的推力を生み出す『機神筋肉』へと変貌を遂げていく。
さらにプリムローズの術式が、クワガタの王・ツノ丸の「不壊の遺伝子」をルビィの骨へと刻み込んでいく。
彼女の骨格は、ダイヤモンドの硬度と、神鉄の柔軟性を併せ持つ、漆黒に輝く『生体アダマン・フレーム』へと昇華された。
「ぐ、ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
ルビィが絶叫し、彼女の背中から、真紅の魔力の炎が翼のように噴き出した。
あまりのエネルギー密度に、マスター・ルームの床がミシミシと沈み込み、周囲の空気そのものが「重圧」となって歪み始める。
「ルビィ、今だ! お前の武器を取り込め!!」
俺が叫ぶと同時、床に置いてあった巨大槌『クラッシャー』が、磁石に吸い寄せられるようにルビィの右腕へと激突した。
だが、それは衝突ではない。
『融合』だ。
ルビィの右腕の装甲と筋肉が、生き物のように裂け、広がり、巨大な槌を深部まで飲み込んでいく。
星核鉄とオリハルコン、そしてルビィの生体組織がドロドロに溶け合い、再構築され――。
カッ……!! と、目が潰れるような紅蓮の閃光が、部屋を焼き尽くした。
沈黙。
立ち込める魔力の煙が、シルヴェリアの白銀の魔力によって静かに押し流されていく。
そこには、ゆっくりと立ち上がる一人の少女の姿があった。
「……再起動。……バイタル、安定。……出力計測……エラー。……計測不能なほどの『重力子』を検出しています」
サフィの震える声。
ルビィは、ゆっくりと自分の手を見つめていた。
見た目は、以前と変わらない愛らしい少女のままだ。
だが、その肌は雪のように白く、触れれば指が弾き飛ばされそうなほどの異常な「密度」を感じさせる。
そして彼女の右腕。肘から先には、漆黒と真紅の幾何学模様が刻まれた、禍々しくも美しい『生体武装・神槌形態』が一体化していた。
「お兄ちゃん。……ボク、今……地球を叩いたら、半分に割っちゃいそうな気がするよ」
ルビィがふわりと微笑み、軽く一歩を踏み出した。
それだけで、神代の防衛機構が施された強固な床に、クモの巣状の巨大な亀裂が走り、部屋全体が局地的な地震に見舞われた。
「……すごいな。ただ歩くだけで、周囲の重力を支配してやがる」
俺が驚愕していると、ルビィは右腕の槌を軽く振るった。
――バシュッ!!
衝撃波だけで、遥か彼方の壁に設置されていた予備のターゲット用ダミー(特級ミスリル製)が、音もなく霧散した。
爆発音すらない。空間そのものが彼女の槌の一振りで「圧縮・崩壊」したのだ。
「名付けて、生体壊滅槌『星穿』。……ルビィ、お前はもう、道具を使う必要はない。お前の『意志』そのものが、世界を砕く槌だ」
「えへへっ! お兄ちゃん、ありがとう!」
ルビィは右腕の重武装を、魔法のようにスルスルと自分の細い腕の中へと収納(内放)してみせた。
そして以前と同じように俺の首にしがみついてくる。
……重い。
見た目は以前のままだが、彼女の身体の質量は、おそらくゴルドの数倍に達している。
「……マスター。三女のアップデート完了に伴い、私の管理業務に新たな項目を追加しました」
サフィが眼鏡を直し、真剣な顔で告げる。
「『ルビィ姉さんの歩行による施設崩壊の防止』、および『マスターの肋骨の定期的再生』。……ルビィ姉さん、その抱擁、マスターを殺す気ですか?」
「あっ! ご、ごめんお兄ちゃん! 加減するの忘れてた!」
ルビィが慌てて離れるが、その拍子に床を蹴った衝撃で、さらに大きな穴が開いた。
ゴルドが「アワワ……主ヨ、私ガ床ニナリマショウカ!?」と慌てふためき、アミィが「あらあら、破壊神の誕生ですわね」とクスクス笑っている。
「ふふっ。命の輝きが、これほどまでに力強く爆ぜるとは。……お父様も、これには驚かれるに違いありませんわ」
シルヴェリアが満足げに頷く。
最強の盾、流転の刃、神代の頭脳、そして星を穿つ膂力。
神代の生命錬金術の洗礼を受けた錬金術師一行は、もはや一つの軍隊どころか、神々の軍勢すらも正面から蹂躙しうる「究極の個」へと進化を遂げた。
「さて、次は……ダイヤ、お前だな」
俺は、日傘を優しく閉じ、静かに順番を待っていた「灼熱の淑女」へと向き直った。
「わたくしの番……。ふふっ、待ちくたびれましたわ、マスター?」
優雅に微笑むダイヤの瞳の奥で、ドワーフの執念が生み出した灼熱の炎が、かつてないほど激しく、、気高く揺らめいていた。
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