*
今度はバイオリン姫。
神センは右肘にレンズのようなものをかざし、顔をしかめた。
「複雑骨折」
「えっ」
重症なんだ。いきなり私の胸に暗雲が広がる。
「仁科、君の意見を聞いてよかった。九条さんの方が酷い。左掌は擦り傷だが」
「治りますか?」
「ああ。腕の骨折は治す。完治させてから戻さないと、向こうの医者に怪しまれる」
「治っても病院に行くんですか?」
「あの状況ならね。ん、と。花園の方はこのままでもいいかな」
自由自在ですね。匙加減で治療しないとか恐いんですけど。
「どっちからですか?」
「九条さんから。僕がなるべく腕が動かないように持っているから、仁科は上着を脱がせてセーターの袖をまくり上げて」
「はい」
セーターの袖をまくり上げると、バイオリン姫の腕は腫れて色が変わっていた。うっ。見てるだけで痛い。
「仁科、血を拭きとったりできる?」
「怖いです」
「やれ」
くっ。
治療台がバイオリン姫の体を包むように変形し、角度を変えて右肘が上になった。まるで生き物。
神センの持つメスが皮膚をすーっと切る。どくどくと血が出てくる。血を拭きとるには見なきゃいけないわけで、泣きたいほど辛い。苦手なの、スプラッタ。
神センは口では自由に話せるらしく、治療の説明をしてくれた。
「複雑に骨折した骨を戻して固定する。固定するのにはこの板を使う」
神センはプラスチックの下敷きみたいな半透明の板を手に取って1.5センチ四方くらいの大きさにハサミでカットした。
「薄くてペラペラですね」
「他の組織になるべく影響がないようにしないといけないからね。骨を固定したら、骨を復元させるために、急速に組織形成を促す薬を使う。細胞は生きているんだ」
一際明るい光の下で、半透明の薄い板に折れた骨を固定している。めちゃくちゃグロい。
「その板って入れたままなんですか?」
「骨の欠片どうしがくっつくころには板は骨に同化するんだよ。仁科の時代ではピンやワイヤーなんかも使ったみたいだね。ここでは接着剤だよ。板に骨の成分に反応する接着剤がついているんだ」
「接着剤って。工作みたい」
「似たようなもんだよ」
「いえいえいえ。まさか」
私が担当する血を拭き取る仕事は、ほぼ何もしなくてもよかった。脱脂綿がやってくれた。脱脂綿は血に近づくだけで磁石のように接触し、吸い取ってくれる。吸収力抜群。取り替え不要。
今回は使わなかったけれど、脱脂綿で吸収した分を、手術中に血が足りなくなったとき使えるらしい。綺麗に使える状態になってるんだって。自分の血だから体に合致。すごくない?
これを開発したのは、医薬品企業でなく、繊維の企業だというからびっくり。ついでに、骨をくっつける接着剤を開発したのはセロテープの企業。なんだか目からウロコ。骨を固定した板は医薬品企業のもの。
最後、皮膚を縫い合わせると思ったの。違った。スプレーを吹きかけただけ。
「えええ! これでいいんですか?」
私が驚きの声を上げている間にも、スプレーをした手術痕がじくじくとした赤い線からかさぶたに変わっていった。更にかさぶたの色はどんどん変わっていって通常の皮膚になった。
「皮膚よりも内部の骨のほうが時間がかかるんだよ。5時間はこのままに」
は?
「たった5時間で治るんですね」
「短時間で治るから、リハビリの必要はない。仁科の時代じゃ大変なんだろ?」
「はい。友達が怪我をしたとき、長いことリハビリに通ってました」
未来って魔法の国みたい。




