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小学校では秋の遠足が終わった。
塾前の歩道には、イチョウ並木が黄色に染まって銀杏を実らせる。
事件が起こったのは、夜の風を肌寒いと感じ始めたころだった。
休憩を兼ねて、女子3人でコンビニに行く途中歩道を歩いていたら、突然バイオリン姫が走りだした。
「「九条さんっ」」
キキーッ!
大型トラックが急ブレーキを踏み、10メートルほど過ぎて止まった。
「大丈夫か?! 気をつけろ! 赤信号だったぞっ」
トラックの運転手は窓から大声で怒鳴り、トラックを発進させた。
急いで駆け寄ると、横断歩道脇の車道の隅に花園君とバイオリン姫がいた。赤信号に気づかず横断歩道を渡り始めた花園君の腰を、バイオリン姫が両手で抱か込んで、がっと歩道の方へ引き戻したのだった。
間一髪。
車道では、花園君のスマホが車のタイヤに踏みつぶされ、無残な姿で転がっている。
バイオリン姫は、勢い余って車道の隅、横断歩道の脇で尻もちを突いている。その膝の上には花園君が倒れ込んでいる。
「大丈夫!?」
「ケガは?」
読モと一緒に2人を抱き起そうとした。取りあえず歩道へ移動させたい。危なすぎ。
「央治、どうした?!」
そこへ橘君が走って来た。
花園君は右足を押さえ、真っ青な顔でがくがくと震えている。歩道の縁石に打ち付けたらしい。バイオリン姫は体育座りの姿勢で花園君を膝に乗せたまま。花園君が立てないからバイオリン姫も立ち上がれない。
「私、右腕、ヤバい気がする」
バイオリン姫は左手を後ろにやって体を支え、右腕はだらんとなっている。
「先生に知らせてくる」
私は数メートル離れた塾に走って事務員に知らせた。
道路に戻ると、
「痛っ……」
花園君はバイオリン姫の膝から下りて、歩道の方でうずくまっていた。右足の脛の下の方を押さえている。
「右足? 立ち上がれない?」
橘君が花園君に話しかけている。
すぐ横で、バイオリン姫は歩道の縁石に座った状態で、右腕を左手で支えて何も言わずぽろぽろと涙を流している。
「痛いの?」
キッズモデルがバイオリン姫の顔を覗き込む。
「今、先生が来るからね」
私にはそんなことしか言えなかった。
利き腕なんて。音楽をやってるバイオリン姫には致命傷。嫌な予感しかしない。バイオリン姫の涙は、痛みのためだけじゃないかもしれない。
コンビニに行こうとしていた花園君は、歩きスマホをしながら赤信号の横断歩道を渡り始めた。そこにはトラックが来ていたのに。バイオリン姫が気づいて、走って花園を引き戻した。
私が呼びに行った間に拾ったのか、橘君は踏みつぶされた花園君のスマホを手にしていた。
「仁科、どこだ!」
神センともう1人の講師が現れた。神センが花園君の肩に手を置いた次の瞬間、私は未来に誘われた。白い革製のソファ、白い大理石の床、宙に浮くライト。
「先生、何してるんですか! 急がないと」
「向こうの時代では1秒も時間は進んでいないよ」
焦る私は神センのスーツの腕の部分を掴んで引っ張った。
でも、いくら引っ張ったところで、自分の時代に戻ることなんて、私にはムリ。
「でも、こんなときにっ」
私の非難に微動だにせず、神センは言った。
「こんなときだからだ。
仁科の意見を聞きたい。花園の足は折れているかもしれない。でなくても捻挫くらいしているだろう。受験までには治りそうだ。このまま仁科の時代で治療してもいい。
ただ、せっかく字が綺麗になって、気分も受験に向いてきているのに水を差される。手っ取り早くこっちに連れてきて治してしまおうと思う。どうだ?」
花園花園って、ムカツク! 被害者がもう1人いるのにっ。
「花園君は自業自得です。それより、九条さんも右腕が折れてるかもしれません!」




