序章
桜野は台本のあるページを開いたまま、暫く動かなかった。
桜野大輝は力いっぱい台本を叩きつけた。
台本には『風の断章(仮)』とある。
「何故、秋桜子は断るんだ!」
桜野は女性マネージャー古出祈美子に怒鳴った。
彼の怒りが自分に向いているわけではないと分かっていても、身体が強張る。
古出は萎縮していて、桜野と目を合わせられない。
今や国民的人気俳優となった桜野の事務所に就職したことを何度後悔したかわからない古出である。
「華鳥さんは今は舞台に専念したいとの理由で…」
「ならその舞台に私も出演してやる。秋桜子も喜ぶだろう」
「無茶言わないでください…とても大輝さんの出演料は出ません」
「私が出るんだ。もっと大きい会場で、料金も倍にすればいいんだ」
「確かに大輝さんが出演すれば全世界のファンが観に来るので確実に売れますが…」
古出は社長から華鳥秋桜子が桜野を避けていることを聞いているので、何を言っても無理だとわかっている。
「仕方ない…このドラマは降りよう」
「待ってください!このドラマは大輝さんの為にスタッフ、キャスト、スポンサーを集めたものです!」
「秋桜子が出てないのではこの作品の意味は無いだろう」
「私は意味のない作品に出るほど暇じゃない」
古出は溜息をついた。
これ以上何を言っても無駄だと、古出は理解していた。
「わかりました。華鳥さんの事務所にスポットだけでもよいので出れないか交渉してみます」
「そうだな。先ずは通行人でもいいから出れば自然と恋人役に変わるはずだ」
桜野は、先程までの怒りが嘘のように、穏やかな笑みを浮かべた。
古出に頭を下げる。
「ありがとう、古出さん。お願いしますね」
桜野が微笑むと、古出の手を取った。
「わかりました」
古出はゆっくり桜野の手を払うと、部屋を出て行った。
桜野は古出を待っている間いつしか眠りに落ちていた。
男か女だかわからない声が頭の中に響く。
日本語ではないはずなのに、意味だけが直接頭に流れ込んでくる。
“願いを叶えて欲しいと思ったことはないか”
桜野は鼻で笑った。
「願いなんて自分で叶えられる。私は桜野大輝だぞ」
“確実に叶えられる”
「それはどんな事でもか」
“ブレスドになって勝てば叶えられる”
「いいだろう。私が負けることはない」
「秋桜子を幸せにするのは私の責任だからな」
「ブレスドになってやろう」
“成立…イミルで、願いを賭けて戦え!”




