最終話
最終話です。
「どうぞ」
三尾菜摘に案内されて入ったのは、ワンルームの小さな部屋だった。
「鍵閉めてくださいね。田舎と違って物騒なんで」
先に上がった菜摘に指摘されて、迷いつつも鍵をかける。男女密室と強盗のどっちが怖いかって、自分だけなら強盗の方が怖いしな、と諦める。菜摘がいいというのだからいいのだろう。
座っててください、と示されたのは、こたつだった。
コーヒーポットにティーバッグを投げ込んでお湯を入れたものが、小さなテーブルの上に運ばれてきた。あとは、冬季の手土産のケーキがお皿に載せられ、フォークを添えて出された。
「ケーキ、何が好きかわかんなかったから、適当に買ったけど」
「イチゴショートとチョコクリーム。オーケーですよ。次はもう一個、チーズケーキもお願いします。レアでもベイクドでもいいので。私は二個食べたいです」
「これも二個食べていいよ?」
「このサイズのスポンジケーキ二個は食べすぎです。おとなしく食べてください」
「はい」
時計を見て、菜摘はカップに紅茶を注ぐ。一応、時間を計っていたらしい。
エアコンはついていない。こたつだけでずいぶん温かい。部屋が狭いせいもあるのだろう。
テレビの脇に、小さなカレンダーが置いてあった。月ごとにめくるタイプだ。二匹の黒猫が「1」「2」の数字を作っている。十二月だ。
冬季が大ケガをして入院してから、すでに三ヵ月以上経っていた。
そのうち、三ヵ月は入院していた。
冬季の時間は、二年ほど跳んでいるのだという。
病院で目覚めたとき、まず心配したのは、甥の杞冬の安否だった。
しかし、意識を取り戻したと聞いてやってきた甥っ子は、大きく育っていた。そして、その頬と腕にあったのは、治るべきところまですでに治った傷痕だった。
冬季の記憶の欠損に気づいた杞冬は、二年の間の話をしてくれた。
冬治による殺人事件の結末。冬彦が神宮になったこと。杞冬が高校に進学したこと。冬季が就職したこと。そして、遊園地の火事に巻き込まれたこと。そこでの催しに絡み、奈々谷津冬尚が焼死し、怨霊冬光は奈々谷津ひかりの中で神となり、冬光の子と冬季の師匠も神となりこの二柱は冬季の中に入ったのだと。
七縛りが三人減った。そして、ひかりはまだ、神殿にいると。
冬治に鉈で滅多打ちにされて、気が付いたらもうすべてが解決していた。
冬光と対峙するために四年も修業して、なのに全く役に立てず姉夫婦の死を見、甥だけでも助けようとした。実際には甥は助かったが、そのあと三人も殺害され、冬治も自害したという。そして今回、冬季は冬光退治に大いに貢献したのだ、という。
しかし、冬季には空虚な感覚しかなかった。
家の者も見舞いに来たし、火事のあった催しに一緒に参加したという人たちも来た。職場の人も来た。
二年の空白は、長いとも短いとも言えない。付き合いの薄い実家の者相手なら短い。もともと、年一回しか会わないような人も多い。しかし、大学の時からアルバイトをしていた先に就職していたため、たまに会っていた人がほぼ毎日会う同僚になっていたと言われても、はあそうですか、忘れちゃってすみません、という感じだ。
一緒に催しに参加したという人たちは、実家の者以外は、芸能人の羽生しかわからなかった。羽生は、ほかの仲間たちの前でちょっとうれしそうだった。
菜摘は、たまに病院に現れた。
「私たち、婚約するんだそうですよ」
家同士の話で決まったそうだ。
事件の前にも、菜摘と時々会っていた。特に婚約に不満はない。菜摘が言うには、ようやくちょっと進展しそうなとこだったんですよ、とのことだ。
「やっと、キスしたのに、翌日に火事ですよ」
菜摘は、週一くらいでやって来て、話をして帰って行く。
独特の会話のやりとりには、もう慣れた。
入院が三か月にも及んだのは、主に病院側の都合のようだった。
そもそも、意識がかなりはっきりしてきても、集中治療室に入れられていた。半月以上はいたはずだ。その後は集中治療室に近い六人部屋で、ずっとほかの患者五人にコの字型で囲まれる位置に置かれた。そうして、彼らは次々と回復していった。
冬季も家に帰って杞冬に世話を焼かれるのも迷惑かなと、病院に居ついていたが、さすがに病院中を歩き回るのにも飽きたので、定期的に通院に来る時には病院内と歩き回る約束で退院させてもらった。家にいたのは一晩で、冬季はすぐに山へ行った。
修業した山だ。師匠が中にいるせいか、どうしてもそこに行きたかった。結局、一週間といなかった。右肺を三分の一ほど取っているし、破損して繋いだ横隔膜が常に痛くなり、諦めて下山した。それが三日前。
杞冬の部屋に帰宅したら、すぐに菜摘に連絡しろと怒られた。
結果、今日会うことになった。
菜摘によれば、冬季は一度ここを訪れたことがあるのだという。朝に来て、ひと眠りして昼に帰った。爆睡しに来ただけでしたよ、とは菜摘の言だ。その帰りがけに、キスをしたと。
「山はどうでした?」
菜摘が、ケーキを食べながら話をふってくる。
「雪積もってたね。息苦しくて降りてきたけど、行って良かったよ」
「そうですか。ユキさん、神様入っちゃったから、ああいうところに行かなきゃいけなかったんでしょう?」
「そう。本当は、春までいたかったんだけどね」
「まあ、それくらいやんないと、下界になんかいられないですよねえ」
「まあ、いられないことはないけど、落ち着かないというかね」
存在自体が変わってしまったことはわかるのだ。病院から出してもらえなかったのは、冬季の周囲の患者が次々と回復していったからだ。冬季自身もほぼ即死案件だったのに、高度のある山は無理だったが、日常生活に問題はないほどに回復している。病院でたっぷりとリハビリしていたので、ケガによる腕の可動範囲は前よりよくなったくらいだと、杞冬に言われた。上半身の筋力をつけられず小中学生並みと言われていたというが、今は中高生くらいになっている。
菜摘はよく、冬季の状態をわかっている。なんだかんだ、冬季は菜摘が来ると話をしていた。杞冬より話していた。だから、次に何をすべきかということもだいたいわかっているらしい。
入院が長引いたため、冬季は会社については休職扱いになってしまっている。医者は最初、三ヵ月の入院加療を要すとし、次には三ヵ月の自宅療養を要すと書いた。結果、山登りできるほどにもかかわらず、二月末まで休める。こまめな通院はあるが。
菜摘の部屋を眺めると、棚の前や上に手ぬぐいが掛けてある。見られたくないものがあるのだろうが、再会したのが、池袋の同人誌屋にだけ宣伝ポスターを貼ったというケーキバイキングだ。冬季は仕事ついでだったが、菜摘は仲間たちと一緒だったので、趣味はまあ察している。
「もうすぐ引っ越しですよ」
菜摘が言う。
「ユキさんが忘れる前に見たまんまです、今は。明日から荷造りします。一旦家に帰るんです。卒業ですから」
菜摘は、三尾家が引き継いだ二屋家の事業を担当できるように、農業の大学に進学していた。都内の関連企業に就職が決まっており、数年後には地元に戻る計画だという。冬季との婚約が決まっても、特に変更はされていない。
「寮に入るんだっけ?」
「はい。希望は出しています」
「一緒に住む?」
「はい?」
「杞冬の兄貴が二月に帰ってくるんだって。今住んでるの、その兄貴の部屋だから。俺は入れ違いで出る。会社の近くに引っ越そうと思ってるんだけど、菜摘の会社も近いでしょ?」
「・・・・・・近いですね」
菜摘が目をさまよわせた。
「広めの部屋を借りておくよ。気が向いたらおいでよ。俺はいつも同居人がいたから慣れてるけど、菜摘は四年間一人暮らしだったんだしね」
「そう、ですね。入寮希望出しちゃってるし、私、個室欲しいです」
「部屋決めるのは、相談するよ」
「それがうれしいです」
こたつで二人、ケーキを食べ終えた。
「引っ越しの手伝いは?」
「引っ越し屋さん頼むし、おかあさんが来るので大丈夫です。あ、そうだ」
帰りがけに尋ねると、菜摘がクローゼットを開けて何かを持ってくる。
「みつかったらびっくりされちゃうから、これ持って帰ってください」
渡されたのは、小さな紙袋。開けてみると、未開封の避妊具の箱だった。
「先輩が、ユキさんが超絶お疲れモードで前回来た時に買ってきたんですよ。爆睡して帰った時。預かってました」
「・・・・・・それは、失礼しました」
「また今度ってことでって。キスだけして帰ったんですよ」
冬季は、少し考える。
帰ろうと腰を上げたとはいえ、上着はまだ着ていない。リュックにこれをそのまましまうべきか否か?
「今度って、いつだろう?」
「さあ?」
「前回の今度なら、今日じゃなく?」
「・・・・・・そう、かも、です、ね?」
これは、同意なのか?
冬季は、リュックのチャックを開け、預かったものをしまい込む。そのうえで、菜摘に訊く。
「キス、してもいい?」
「・・・・・・はい」
狭い部屋だ。ワンルームなのでベッドはこたつのすぐ隣り。不用心だと、部屋の鍵は掛けてある。
菜摘が、ベッドに腰かけた。冬季は、脇に座る。顔をこちらに向けさせて、キスをした。
それから、ぎゅっと抱きしめた。
ぎゅっと抱いたまま、ぱたんとベッドに倒れ込む。
こういう、普通の時間を、過ごすことができるなら。
とても、いいのだけれど。
菜摘を抱きしめたまま、冬季は思う。
これからも、平穏な時間は、菜摘と共にいる時だけかもしれない、と。
もう一度キスをして、腕を離した。
「今度、どっか出かけよう。泊まりもいいね」
「・・・・・・どこがいいですか?」
「そうだね。海見たいかな。寒そうだけど」
「いいですね。我々、山育ちですものね」
「今日は帰るよ。また今度」
菜摘はくすりと笑う。
「はい。また今度」
菜摘に玄関まで送られて、まだ明るい中を、冬季は歩く。
ようやく見慣れて来た景色。
細かいものを見るのが苦手になった。
多様な色が視え、空気の流れが視え、異形が視える。
現実にある物の上にかぶさって視えるそれらを、ようやく見慣れた。
人一人視ても以前と情報量が違う。気を付けて歩かないと障害物に気づけないこともある。
人の機嫌も視える、霊も視える、神々や妖怪のようなものも視える、結界も視えれば、よどみも視える。
山の上は良かった。とても澄んでいた。
けれど、自分は、この下界で生きて行く。
師匠と冬生。
冬季の洞に棲んでいる。
特に会話をすることはないが、たまには意思疎通をする。それができる。
冬季が死ぬまで、そこから出ることはできないのだという。
死んだら、特に親族に宿りなおしたりはしないという。
だから、菜摘との未来にも前向きになれる。
明日の夜は、火事になった催しの打ち上げだという。
見舞い以外での知った顔は、冬太くらいだ。亜希と冬沙も参加したそうだが、そろって妊娠中で出られないという。見舞いで会った酒好きでこの打ち上げを楽しみにしていた岩田も妊娠中だというが、酒は飲まないが出てくるという。神宮がお勤め中に婚姻届けを出すという異例の事態があったとは聞いている。
場所は芸能人の羽生が決めたそうで、お財布にやさしいところだという話だったが、余裕を持って用意していった方が良さそうだ。
今夜は杞冬がいないので、残り物でも食べようかなと思う。夜のライブの手伝いだという。いい加減、退学にならないか心配だが、兄が認めているというので放っておくことにしている。義理の父親はクラシック畑の人だったのに、何故そっちに流れているのかよくわからない。というか、冬季は音楽は雅楽しかわからないのだが。
電車から眺める光景もなかなかだ。気になるものを放置することにも慣れてきた。いちいち構っていたら五分ごとに引っかかってしまう。都会暮らしはそれに慣れないとやっていけない。
年末年始は実家に帰る。退院してからまだ帰っていないので、面倒ごとがたっぷりと待っているだろう。しかし、都会ぐらしで気になるものを放置して背を向けているよりは、気が楽というものだ。
将来的には、菜摘が地元に帰るので、冬季も帰ることになるのだろう。
仕事の方は、新人なのにクビにならない程度には役に立っているらしい。そして、冬季のような特殊な人間の社会生活のバックを担ってくれているのが、勤め先のグループの長、そしてその背景にある者たちであるという。大恩のある忠冬は、そういう世界と繋がっていたのだ。
そうやって、実家の神社は、あちらこちらに影響を与えているのだろう。味方につけておくにはよいが、敵に回したくはない一族というところか。
清濁あわせてつきあって行かなければ生きていけない世界。二年の空白の間に、自分はそちら側へ行ってしまっていたらしい。
電車から視える景色を眺めながら、冬季は思う。
まあ、そう、悩めるのも、生きてるからだしなあ。
と。
もっとも、長生きはできないだろうけれど。
電車を降りると、冬季は街に溶け込む。師匠と冬生は冬季の中でおとなしくしており、周囲に存在がばれることは、ほぼない。
部屋に戻る前に買い出しに行かないと。明日からは杞冬にきちんとしたものを食べさせよう。彼なりに頑張って生活していたようだ。パスタが作れるようになったと自慢していたので、今度は卵料理でも教えよう。今夜いないなら、帰宅したら掃除をしておこう。一応掃除機はかけていたようだけれど・・・・・・。
元、凄腕霊能者。現、神二柱付き霊能者。
大事なのは、日常です。
完結です。
おつきあいありがとうございました。
感想などいただけますと大変うれしいです。
6月20日に始めてから、本日11月8日まで、毎日更新を達成、、、のはずが、昨日分の予約設定を一日間違えて、11月7日分の更新が8日の0:30になってしまいました。
くぅ、痛恨のミス。書けてたのに・・・。
ミスはありましたが、四か月半を越える毎日更新。達成感ありました。本当に痛恨のミス。痛い。。。
もっとも、駆け足過ぎて粗も多く、読みづらいところや質の低下など気になったところも多かったかと思います。申し訳ありませんでした。
今後、改稿する予定です。
改稿版は、カクヨムに出す予定ですが、ここでも出します。
番外編などのご要望がありましたら、感想欄などに書き込んでいただけるとやる気出ます。
百物語のネタは基本的に短編のネタ元です。今後、そちらも書いて行く予定です。
引き続きよろしくお願いいたします。
長らくありがとうございました。




