表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百物語が終わる迄  作者: 藤田 一十三
第十八巡 無題
134/143

呪いと卵と父の愛

 冬季は、あったかいなあ、と思いながら、目を覚ました。

 薄暗い部屋。蝋燭の火。視界に入ったのは、隣りに座る亜希だった。

「あら、ちょうど出番で起きたわね。でもユキちゃんは飛ばすことにしたから寝てていいわよ」

 冬季は、もそもそと体を起こす。力がだいぶ戻ってきたらしく、なんとか上半身を起こして椅子に座ることができた。

「なんか起きたときは、ユキちゃんはこっから上に吊り上げるから。なんか危ない時だけは言って。あとはこっちで指示する」

「わかりました」

 亜希に応えて、冬季は、自分の体が光っているのを視認する。

 師匠・・・・・・。

 なんか、いろいろ癒された感じはする。

 しかし、これはちょっと許容できない。

 じんわりと、胸元から強い光が出て来た。そうして、冬季の頭の上にふんわりと浮いて留まる。

 ありがとうございます。

 一応、礼は言っておく。

 踏みにじられた洞の状態がよくなっている。まだ()みるような痛みは残っているが、大変ありがたい。

 (たもと)から手ぬぐいを出して、顔や首筋を拭くと、汗とともに黒い粉が付着する。見れば、せっかくの白装束も、うっすらと黒くなっていた。

 あとは、あの角の向こうのものをなんとかしないといけないんだっけか。

 頭上から温もりが降ってくるが、足元は寒い。急に体が冷えていく感じがする。師匠自体が温かいので、中に入っている間、体温が上がっていたのかもしれない。

 師匠から送られてきた冬生(ふゆお)の記憶。死後のものも含まれていた。我が子を呪いに変えるほどの恨みの姿が、あの大きな塊なのだろうか?

 冬季は、角の向こうを視る。壁の向こうを視認できるわけではないが、気配はわかる。

 巨大な塊。あとは、巻き込まれたらしいいくつかの霊が相変わらずふらふらしている。

 あの塊からは、恨みなどの感情は読み取れない。先ほどまで送っていた、一度はあちらに渡った者たちでさえ、無念や悲しみなどの感情はうっすらと残っていた。しかし、あの塊は、ただただ無機質なのだ。

 分厚い殻。

 そう。割ったら、違うモノが出てくる感じがする。

 更に気配を探る。

 残りは冬光(ふゆみつ)しかいないはずだ。地下の冬尚(ふゆなお)が何か大きな間違いをしていなければ、だが。一応、うちの筋の者、という感じはあるのでそれはないと思う。

 いったい、何が入っている。分厚い殻に守られているものはなんだ。

 守られている?

 冬光が守る対象か? それはありえないだろう。そもそも、誰が守るというのか。

 守る。誰かが。誰かを。

 ・・・・・・冬生。

 死んだ赤子。ならば、守るのは冬光だ。

 冬生を包む冬光の殻? いや、それならあんなに無機質なのはおかしい。

 中心にいるのは冬生だとして、その殻は固いばかりのものだ。幾重にも、そう、層状になっている、様々な厚み、死んだ殻・・・・・・。

 昨日送った一部の者たちは、何かに繋がっていた。断ち切れないまま現れた。繋がる(もと)はあの塊か?

 そう。だから、あれは今は無機質な殻となっているのか。

 親族たちでくるんで守っていた。ならばあの殻はもはや脅威ではない。分厚いばかりだ、壊せるだろう。壊した中身は視えないが。

 中身。冬生。そうだとして、その遺体は呪物と化した。冬生の御霊みたまは分かたれて、あの中心で守られていたのか。

 あの呪物。家人の健康を害し、また、冬光の憑依をたやすくするもの、と思われる。更に、その死後には冬生の御霊を護る殻とするためのものだった?

 それだけの機能を故意につけたのであれば、冬光は相当優秀だ。しかし、おそらくは意図的にそこまでの機能はつけていなかっただろう。副次的に機能してしまったものだと思う。

 百物語は先に進んでいる。冬季は席をそっと立つ。

 角に近づき、更によく視るために目隠し札を剥がし、角に手を触れた。

 巨大な塊と、巻き込まれたらしいいくつかの霊。

 よく視れば、巻き込まれてふらふらしていると思っていた御霊みたまたちは、塊に紐づいている。殻から抜け出し切れていない者たち。事件で殺された者たち以外の、呪いに害され死んだ者たちか。これまで殻の要素になっていたが、大勢を引っ張り出したことに巻き込まれて、一緒に殻から出て来たが、離れ切れていないということか。

 冬尚は、三日かけて、あの塊を引っ張り出してきたのか。保護する殻から御霊(みたま)たちを引っ張って、最終的にあの塊を御霊たちに引っ張らせて出してきた。

 いや、いらないだろ。

 そんな無理をする必要があったのか?

 あんなものこの世にいらない。あんなものをあちらからわざわざ引っ張ってきたら。

 冬光が来る。

 その考えに至って、冬季は確信する。

 そうか。冬光を七年祭以外でこちらに呼ぶためには、あれを、冬光が最も大事にしている冬生をこちらに引っ張って来る必要があったのか。

 いや、それだって。

 放っておいても、冬光は七年祭の直前に現れただろう。それを犠牲なくとらえるのは確かに至難の業だ。だからといって、これだけのことをしでかすのと、どちらがいいかって・・・・・・。

 結果か。

 今夜、この後、どうなるか。

 その結果次第か。

 そして、それは自分に丸投げされているのか。

 ここにきて、ものすごく頭にきて、同時にものすごく落ち込んだ。

 なんてことしやがる。

 この三日間に、意味はあるのか?

 意味があったかなかったかは、この後、冬季がどれだけのことをできるかにかかってくる。

 冬光をなんとかできなければすべて無駄になるし、なんとかできても犠牲者が出れば七年祭の時まで待った方がマシだったのではないかということになる。

 冬季は、あまり怒ったりなんだりと激する方ではない。修業の初期くらいまではぎゃーぎゃー言っていた気もするが、その後は多少のことでは動じなくなった。しかし、今回はさすがに『多少のこと』ではない。丸投げにもほどがある。

 アンガーマネジメント。

 就職して受けた研修を思い出す。六秒。

 六秒耐えれば怒りは噴出しない。

 ホントかよ。

 ものすごく口が悪くなっている。一応育ちはいいので、そんな言葉遣いで実際に話したことも心中で罵ったことも記憶にない。よほど自分は頭にきているらしい。

 怨霊冬光を退治するという。ならば自分もできることをしようと参戦したら、途中で梯子を外された。

 説明も何もないまま始まり、ズタボロにこき使われ、あげく最後までよろしくと丸投げされた。

 いや、まだ、冬尚が出て来て片付けてくれる可能性もあるか?

 三日間、ずっしりと地下に構えていたあの男が?

 すべて察しろとばかりにここまで丸投げしっぱなしのコミュ障男が?

 ありえない。

 そんなことを考えているうちに六秒経ったのか、とりあえず何かに当たりたい気分は過ぎた。

 怒りが収まったわけではないが、とりあえず思考力は戻って来る。

 なんにせよ、自分がやるしかないのだ。

 機会は逃したくない。

 二年前の雪辱戦だ。準備不足もはなはだしいが、七年後が今になっただけだ。

 塊のままではどうにもできないので、少しずつでも破壊して小型化すべきだ。そうして、中心がわかるようになったらその対処を考える。破壊を始める前にあのふらふらと繋がっている親族たちもなんとかしなくてはならないが、神宮に送らなくてはいけないようなものでもないので、まずこれをなんとかしよう。

 そして、おそらく殻に手を出したら、冬光が来る。

 手を出さなくてもそのうち来るかもしれないが。

 とんでもないものだとはいえ、残り一つだと思っていたのに、二つかよ。

 まだ口が悪い。

 冬季は、寄りかかるように角についていた手を離し、姿勢を正す。

 背後で、百物語は続いている。

 壁を見ていてもしかたがないので、目を閉じる。

 まずは落ち着かなくてはいけない。静の状態に戻る。

 大丈夫、戻れる。

 大丈夫、やれる。

 何度か深く息をついて。

 そうして、ボリュームだけは抑えて。

 始めた。


 奈々谷津ひかりは、塔へ向かって走っていた。

 管理人室の映像が、真っ黒になった。

 これまでも、霊障なのかノイズが入ったり真っ黒になることはあった。なので、様子を見守っていたところ、二分ほどで映像は戻った。

 しかし、その戻った映像に、火が映っていた。

 護摩壇の場所、その火の形が、先ほどまでと違う。

 何かがのしかかり、それが燃え始めている。

 やられた!

 冬尚が、護摩壇に突っ伏して燃え始めている。

 その映像を確認した直後、画像が途切れた。管理人室含む、すべての画像が消えた。

 停電か。ブレーカーが落ちたのか。画像が消えただけで、休憩所の電気系統に異常はない。塔のブレーカーか。

 ひかりは、石井にスマホで状況を伝え警備システムへの通報とブレーカーの確認をするよう指示を出しながら休憩所の出口を目指す。出たら遊園地への通用口、ナンバーキーで入れる。入れば塔の目の前の遊歩道に出る。

 遊園地内に警報音が鳴り響き、火災発生を知らせる放送が流れる。システムによる自動放送だ。石井がシステムに通知を出したのだろう。

『お客様にお知らせいたします。北西門付近で、火災が発生しました。係員の指示に従って、避難してください』

 放送が繰り返される。幸い、遊園地はすでに閉園している。

 客はもういない。塔はまだ正式にオープンしていないので、近くの門付近としかシステムでは言いようがないのだろうが、警備室には塔の使用を連絡してあるので、消防には通報できるだろう。

 ひかりはゴスロリ衣装にブーツで走り、遊歩道から顔を出す。石井が一階収納庫扉の外側で待っているのが見えた。外観上、塔に異常はない。

 石井が収納庫通用口のドアノブを掴んだまま、ひかりを待っている。

 石井には、中に入ることができなかった。石井は、視る能力がある。ゆえに、塔の異常事態が把握できる。霊のすし詰めだ。足先さえも突っ込むことができなかった。

 そのため、ひかりが急遽対応することになった。途中からスピードアップして駆け付けた。ひかりとて嫌だが、冬尚がやられたのであれば、ひかりが収拾に動くしかない。

 ひかりがたどりつくと、石井が扉を引き開ける。ひかりは中に飛び込み、すぐ前にある分電盤を鍵で開ける。

 やはり、大元のブレーカーが落ちていたので、これを上げた。そうして、警備防災関係を優先し、次に地下から順にブレーカーを上げていく。これで、警備システムが塔の異常を感知し、遊園地内の警備室が動く。警備室に警備の大本のシステムがあるので、石井が所持するスマートフォンに入っているシステムからの連絡で通報や初動の指示は問題ない。現に放送が流れている。塔のブレーカーが落ちていて問題なのは、スプリンクラーだ。

 熱でスプリンクラーは自動的に作動する。塔はオープン前で、まだ消防署の立ち入り検査を受けていない。しかし、護摩壇を作ることがわかっていたので、スプリンクラーはすでに業者によりチェック済みで水を通してあるのだ。しかし、水を送り続けるためのポンプがブレーカーが落ちていては動かないので、このままではすぐに止まってしまうのだ。

 しかし、地下のブレーカーを上げて一息もつかぬ間に、ガチャンと、塔全体の大元のブレーカーが再度落ちた。

 なんで。

 ひかりは即座に大きなブレーカーを上げる。そうして、地下から順にブレーカーを上げていくが、また大元が落ちる。

 そんな。

 心霊現象と電子機器は相性が悪いとよく言われる。映像不良は想定内だ。しかし、ブレーカーの大元がこう何度も落ちるとは。

 焦るうちに、収納口の扉が閉まって、中が完全に真っ暗になった。

 石井が閉めたのか、恐れおののいて遠ざかったために自然に閉まったのか。いずれにしろ、窓のない空間は真の暗闇と化した。

 しかし、ドアの位置はすぐ後ろだ。いったん外に出て、トイレ口のところから地下に入って消火器で消火するしかない。

 そう思って振り返ろうとしたひかりの横で、エレベーターの口が開いた。

 搬入口のそば。振り返ろうとした目の前。

 ブレーカーが落ち、動くはずのないエレベーターが、ゆっくりと、いつもどおりの速さで開く。

 中は同じく真っ暗だ。音と空気の流れだけが、それを伝えてきた。

 動けないひかりに、密度の濃い闇が近づいてくる。

「あ、あ・・・・・・」

 悲鳴も上げられぬうちに、ひかりの意識は、何かに呑まれた。


 冬俊の前に、それは運ばれて来た。

 板を組み合わせて急遽作ったと思われる輿の上に、床板の端材(はざい)で作った木箱がのっていた。

 それらは、拝殿前に敷いたブルーシートの上に置かれている。

 中には、赤い染みのある白い布に包まれた赤ん坊が入っている。

 むろん、だれも包みは開けていない。

 水ごと入っているせいか、それらはただ、そこにあるだけだ。

 陸奥家の者たちには、距離を置いて見守るよう指示を出し、冬俊は拝殿に上がる。

 水路の向こうに待機する夜番の者に、一谷(いちたに)の家長を呼び出させた。

 自分が行くには、また水路に潜らなくてはいけない。水路幅は二メートルほどあるのだが、夜番に言って橋を架けさせた。

 そうして、現れた一谷の家長と橋の上で会い、事情は伝えずに、小声で神宮への伝言だけを頼む。

 曰く。拝殿前に、ご用意できました。とだけ。

 一谷の家長は何も聞かず、速やかに奥の間を目指す。

 冬俊も橋から降りると、夜番は橋を一度水路に沈めてから引き揚げ、片付けた。

 見守っていると、一谷は奥の間から戻り、ただ頷いた。冬俊も頷き返し、拝殿の床を戻る。

 そうして、神殿側と、拝殿前の箱が見える場所に座した。

 神宮の鋭い掛け声が聞こえる。

 神殿での祈祷が変わる。神官たちに動揺が走る。

 調伏が始まった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ