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約束を果たしに

 養父は本当に、お茶会の会場である王妃殿下の宮の庭園にやって来た。

 

 王妃殿下が笑顔で迎えてもにっこりとも笑わず、私と同じ鉄仮面で淡々と返事を返している。

 それなのに、私と目が合った瞬間――なぜか養父の鉄仮面が崩れ、どこか不安げな表情へと変わった。

 

「ロミルダ……その、なんだ……あれだ……」


 と、養父は要領の得ない言葉を発しては、ちらりと私を見ては、すぐに目を逸らして足元を見て、また私を見る……といった不可解な行動を繰り返している。


 普段は冷静沈着で冷徹な財務大臣として名を馳せている養父だというのに、どうしたのだろうか。

 

「お父様、顔色が良くありませんが、もしや体調がすぐれないのでしょうか?」

「そんなことはない。私はこの通り元気だ。むしろ、君に元気がないと聞いたのだが……食事はちゃんと、とっているのか?」

「はい、食事は毎食全て完食しています。私もこの通り元気です」

「そうか、食事をとれているのはいいのだが……いつもより気落ちしているように見えて気がかりだ」

「気落ちしている……?」


 私は思わず自分の頬に手で触れた。触れてみても、表情筋が動いた形跡がないため、表情が変わっているのかどうかわからない。

 

「鉄仮面と言われているこの顔の、表情の変化が分かるのですか?」

「ああ、わかるとも。君は落ち込んだ時、少しだけ唇を引き結ぶ癖がある」

「……そうだったんですね。知りませんでした」

 

 自分でも知らない癖を指摘されて驚く。養父は意外と私の事を見ていたようだ。

 彼と一緒に過ごした時間はさほど多くないのに、どうして気づいたのだろうか。


「私も妻も、それにセインだって、いつも多忙なロミルダを心配している。もしも私にしてほしいことがあれば言ってくれ。力になる」


 セインとは、養父の実の息子で私の血の繋がらない兄で、として働いている。彼は私に、セイン兄様と呼ぶように言ってきたため、そして私も血の繋がった兄と区別するため、そう呼んでいる。

 温和でいつもにこやかな養母に似たセイン兄様は私や養父と違って鉄仮面ではなく、温和で人の良さそうな容姿で、実際に優しい。

 

 ただ、顔を合わせるといつも、「僕の可愛い妹は元気かな?」と声をかけてくるから、いささか恥ずかしいのだけれど。

 

「……本当に、してほしいことをいいのですか?」

「ああ、何でも言ってくれ」

「それでは、一つだけお願いがあります」

「なんだ?」


 養父はやや食い気味で尋ねてきた。

 

「ラファエルを威嚇しないでください」

「……」


 急に、養父が黙ってしまった。もしかして、聞こえなかったからまだ耳を澄ませているのだろうか。

 

「もう一度言います。ラファエルを威嚇しないでください。ラファエルは優しいから許してくれていますが、私は許しません」

「……ぐぬぬ……わかった」


 返事までに間があった。しかも、ものすごく嫌そうだ。


「ポッと出てきてロミルダとの関係を認めろと言ってきたあの軽い若造を見ていると苛立ちが募るが、それがロミルダの願いであれば叶えよう。ただし、嫌な事をされたらすぐに言いなさい。社会的に消し去ってやる」

「ラファエルは絶対に私が嫌がることはしません。華やかな容色のため勘違いされがちですが、ラファエルは誠実で一途で優しい人です。少し泣き虫なところがありますが、私は彼のそんな一面も含めて全て愛おしいのです」


 ラファエルのことを考えると、幸せな気持ちになる。ラファエルが私に向けてくれる言葉も笑顔も、私の心を和ませてくれるし、彼のそばにいると心地よい気分になるのだ。


「ふふっ、ロミルダったら、とてもいい笑顔になっているわ。ラファエルのことを考えているのね」


 王妃殿下は口元を扇子で隠して、ふふっと笑った。その隣で、養父は今にも泣きそうな顔をしている。

 

「このままだとお茶会が始まらないわ。二人とも座ってちょうだい」


 王妃殿下に勧められて椅子に腰かけようとしたその時、一人の近衛騎士の男性が息せき切って走ってきた。彼の顔は見覚えがある。たしか、彼も国王陛下の隠密の一人だ。


「王妃殿下、急な来訪失礼します。国王陛下の命を受け、侍女のブラン殿に言づけに参りました」

「まあ、陛下がロミルダに? 私の事は気にせず、早く言ってあげなさい」

 

 近衛騎士は王妃殿下に礼をとると、焦りと緊張を綯交ぜにした面持ちで私に顔を向ける。近衛騎士の表情を見ていると、どことなく、あまり良くない状況が起こっているのではないかと、嫌な予感がした。


 自分の心臓が、やけに大きく脈を打ち始めた気がする。


「国王陛下からの言伝です。『任務から帰還したラファエルが大怪我を負って、医務室に運ばれたから今すぐ向かってくれ』とのことです」

「そんな……ラファエルが大怪我だなんて……」


 私はすぐに庭園を出ようとして、王妃殿下に断りを入れていない事に気づいた。慌てて王妃殿下に向き直る。


「王妃殿下。せっかく招待いただいたお茶会の途中に抜け出すこととなり申し訳ありません」

「いいわ、お茶会なんてまた次があるもの。早くラファエルのもとに行ってあげてちょうだい」

「……っ、ありがとうございます!」


 私はいつもよりも手短に礼をとった後、踵を返して庭園を出た。


「ま、待ってくれ、ロミルダ!」


 養父の声を背で聞きながら。


     *** 


 医務室へ向かうと、ラファエルは寝台の一つの上で包帯をグルグル巻きにされて寝かされていた。血が滲んでいる包帯を見つけた私は、ショックのあまり息が止まりそうになった。

 そんな私とは対照的に、ラファエルは私を見ると、パッと顔を輝かせる。声も元気そうだ。それでも私は、安心できなかった。

 

「ロミルダ! 来てくれたんだね!」


 ラファエルの顔に、今までにはなかった刃物でできた細い切り傷を見つけて、私は思わず彼の顔に手で触れた。途端に、ラファエルの頬が少し赤くなる。

 

「ロ、ロミルダ、急に触れてくれるなんて、どうしたの? いや、とても嬉しいのだけど、久しぶりにロミルダを過剰摂取して、ちょっと落ち着かなくて……」

「……ラファエルが大怪我を負ったと聞きいて、いてもたってもいられませんでした」


 私の言葉を聞いたラファエルは、パチパチと目を瞬かせた後、柔らかく微笑んだ。

 

「追い詰められた敵が崖から飛び降りたから、それを追って飛び降りた時に少し体を打ちつけたくらいだ。ロミルダのお義兄さんに、無茶をするなと叱られてしまったよ」

「お兄様もいたのですか……?」

「ああ、一緒の任務に出ていたんだ」


 お兄様がラファエルと一緒に任務に出ていたなんて初耳だ。とはいえ、お兄様とは、お兄様がラファエルを襲撃する時しか顔を合わせないから、お兄様の仕事の話を聞くことは滅多にないのだけれど。


「どうやら、国王陛下が大袈裟に言ってロミルダを不安にさせてしまったようだね。大丈夫だよ、永遠に歩けなくなるような怪我ではないから、安心して?」

 

 そう言い、ラファエルは私の手に自分の手を重ねると、まるで猫のように頬を擦り付けてくる。その仕草に、心臓がドキリと跳ねた。


「心配してくれてありがとう。――ただいま、ロミルダ。今回の任務、ロミルダに長い間会えなくて悲しかったけど、どうにか耐えて頑張ったよ。だから、その……ご褒美のキ――」


 ラファエルが言いかけたところで、突然、細身のナイフが三本ほど、私の背後からたて続けに飛んできては、ラファエルの頬に当たらないスレスレの位置を掠めて枕に刺さった。


「ひ、ひぇぇぇっ?!」


 驚いたラファエルの気の抜けたような叫び声が医務室に響き渡る。すると、どこからともなく国王陛下の笑い声が聞こえてきた。

 

「ははは、先ほどからフランツが殺気を放っていたというのに、二人の世界に入っていて気付かなかったのだな」

 

 フランツとは、お兄様の名前だ。

 国王陛下の言葉にハッとして振り返ると、国王陛下とお兄様、そして養父が並んで立っていた。青筋を立ててラファエルを睨みつけている養父の隣で、国王陛下はお腹を抱えて笑っており、とても楽しそうだ。


「ラファエルにフランツ、この度の任務、大儀であった」


 国王陛下はどうして、私ではなくお兄様を同行させたのだろう。ラファエルのバディは私だというのに。

 

「なぜ二人を同じ任務に……この度の任務とは、どのようなものだったのですか?」

「ベルファス王国の陰謀の阻止だ。懇意にしているとある商人から聞いた話だが、ベルファス王国が密かに我が国の騎士たちのふりをして他国に奇襲をかけて戦争を起こそうとした。だから、ラファエルとフランツにはベルファス王国に潜入して計画を阻止させていたのだ」

「そのような困難な任務であれば、私も参加させてくださればよかったのに……」

「今のロミルダは王妃と王女を守ることが仕事だ。それに、今回は、そろそろラファエルに活躍をさせてやりたかったからな」

「活躍?」

 

 私が聞き返すと国王陛下はニヤリと唇を持ち上げる。


「ラファエルはこの度、ベルファス王国の騎士団長ほか実行犯たちを捕らえ、ベルファスの国王と騎士団長がこの度の反乱を企てる際に作成した資料を余すことなく押収してくれた。おかげで、ベルファス王国に証拠を突きつけて何かしら搾り取ってやるつもりだ。それに、ラファエルは戦争を止めてくれたのだ。なかなかの大活躍だった。――財務大臣、貴殿もそう思うだろう?」

「ええ、戦争をすれば本来、東部で行う予定の道路の整備に使う予定だった予算を戦争に回さなければならなかったでしょう。東部は昨年の大雨でがけ崩れが起こって以来、大きな馬車が通れない状況で流通に支障をきたしていますから」

「それでは、活躍したラファエルを認めてやったらどうだ? ロミルダを任せるに足る人物だろう? レストランでラファエルと交わした約束を果たしてやったらどうだ?」

「――ぐっ」


 養父は低く呻いた。


 二人の会話を聞いて、国王陛下の企みを理解した。

 どうやら国王陛下は、かつて私とラファエルがレストランで養父に出くわした時にラファエルが宣言した、「必ずやお義父様に認めていただけるよう証明しますのでお待ちください」という言葉を実現させるために、今回の任務をラファエルに任せたようだ。


「お義父さん、改めて申し上げます」


 ラファエルは居住まいを正すと、養父を真っ直ぐに見つめる。

 

「ロミルダを俺にください!」

ご無沙汰しております!

なかなか続きを投稿できず、申し訳ございませんでした。

書いていたらもう少し書きたくなってしまいましたので、残り1話も本日投稿します。

最後までお付き合いいただけますと嬉しいです。

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