12.責任を取ると言われましても
「ロミルダを俺にください!」
まさか本当に求婚するとは思ってもみなかった私は、驚きのあまり口をはくはくと動かすことしかできなくて。
そうしている間に、ラファエルの求婚を聞いた見物客たちがこぞって拍手し始めた。
中には席を立ってまで彼の健闘を讃えてくれる人まで現れる始末だ。
――目撃者がこんなにもいると、もう後戻りはではない。
女性恐怖症のラファエルが結婚するのは大丈夫なのかと不安になった私は、慌てて小声でラファエルに耳打ちする。
「そのようなことを言って大丈夫なんですか? ご自分が言った言葉の意味をわかっています? 求婚しているんですよ?」
「うん。大丈夫だよ。責任を取るから安心して」
「責任を取ると言われましても……」
それはつまり、結婚するつもりなのかと聞こうとしたところで、私たちの会話は養父に妨げられてしまった。
「ダメだ!」
「お父様、落ち着いてください」
「大切な娘を奪われるかもしれないのに落ち着いていられるものか!」
「奪うだなんて、人聞きが悪いですよ」
「父親からすると、自分の娘に求婚する男はみな盗人同然なのだよ」
「……」
どうして、と問いかけそうになって、口を噤んだ。
もちろん世間では娘を花婿に盗られたと嘆く父親がいることは知っている。
ただ、自分がそのように言ってもらえる存在だとは思っていなかったから心が波立った。
「うちのロミルダを任せられるに足りると証明しなければ認めませんからな!」
「必ずやお義父様に認めていただけるよう証明しますのでお待ちください」
「お義父様と呼ぶでない!」
そんな私を他所に、ラファエルと養父の話は着々と進んでいく。
「褒賞を与えられるほどの功績をあげると認めていただけますか?」
「まずは誠実さを証明したまえ! 功績はその後だ!」
あれよあれよと言う間に、二人は婚約の条件を擦り合わせ終えてしまった。
「お父様、そろそろ本当に皆様のいる場所に戻ってください。せっかく陛下が場を設けてくださった会食なのですから」
頃合いを見計らってそう促すと、養父は渋々と頷いた。
「ロミルダ、久しぶりに顔を見られたから嬉しかったよ。もう少し頻繁に家に帰ってきてくれ。事前に食べたい物を手紙に書いて送ってくれたら、用意して待っているから」
「……はい」
「あまり無理をするなよ」
「かしこまりました。お父様もお体に気をつけてくださいませ」
「……ああ」
なんと親子らしい会話なのだろうかと、他人事のように思いながら返事をする。
養父はもの言いたげな顔でじっと私を見た後、踵を返して席に戻った。
それから私とラファエルは、馬車に乗り込み王宮へ向かった。
二人とも住み込みで働いているから、帰りも一緒だ。
「先ほどはありがとうございました。ラファエルのアドリブに助けられてばかりでしたね」
「ああ、アドリブか……まあ、そうだよね」
なぜかラファエルはもごもごと口の中で言葉を転がす。
「いつかはこうなるかもしれないと思っていたから、あらかじめ言葉を考えていたんだよ」
「驚きました。予想していたんですね」
ラファエルの言う通りだ。
恋人役をするのなら、お互いの家族や周りから結婚について聞かれることも起こり得る事態だったのに、私は全く予想していなかった。
(私、まだまだ詰めが甘いのね……)
任務を完璧に遂行する為には、もっと努力が必要だ。
これまでの経験に胡坐をかいているくせに、ラファエルをだらしない人だと思っていた自分が恥ずかしい。
「それはそうと……本当に求婚して大丈夫なのですか? 撤回できない状況ですよ?」
「えっと……むしろロミルダは大丈夫なの? ほ、ほら、俺なんかと結婚することになっても……いいのかな?」
「いいのかと聞かれたら、別に構いませんけど」
貴族の籍に入っている以上、いつかは結婚しなければならないことくらいわかっている。
その相手は陛下か養父が用意するだろうと思っていたから、彼らからの指令を待っていたのだけれど。
「気心の知れたラファエルが相手なら安心できますね」
「……っ! そ、そういうことを平気で言うんだから! もうっ!」
「はい? なんで怒っているんですか?」
「怒ってないよ! なんでもない!」
なぜかラファエルは顔を真っ赤にしていて。
それを指摘すると、さっと両手で顔を隠してしまった。
(……変な人)
くるくると印象が変わるラファエルを見ていると、次はどんな姿を見せてくれるのか、少し気になってしまう。
(だけど、いい人ね)
その時、私はラファエルに対して、以前のような苦手意識がなくなっていることに気づいた。




