11.その打合せはしていなかった
私は目の前に現れた養父を見て、茫然と立ち尽くすことしかできなかった。
というのも、私の養父こと財務大臣は、普段は寡黙で感情を表に出さない人で。
周囲からはよく、本当に血の繋がりがある親子のように見えると言われている。
――つまり、彼も私と同じで<鉄仮面>属性だ。
そのため、怒りを露にしている彼を見るのは生れて初めてで、どのような言葉をかけたらいいのかわからない。
「バルヒェット卿、どうしてうちのロミルダと一緒にいるのか、説明してもらえますかな?」
「食事に誘わせていただいたからです。ロミルダと話したいことがありましたので」
ラファエルは養父の殺気に少しも動じずに笑みを浮かべ、粛々と礼をとってから答えた。
さすがは騎士なだけあって、殺気くらいでは怖気づかないようだ。
いつになくラファエルが頼もしいと思える。
それでも養父の鋭い眼光がラファエルをしっかりと捕えているから、私は二人の間に立ち、ラファエルを庇った。
「お父様こそ、どうしてこのお店にいるのですか?」
「会食だ。他の大臣たちとの交流の場を設けると言って、陛下が手配してくださったのだよ」
「陛下が?!」
一瞬だけ、ニヤついている陛下の顔が頭の中を過った。
(なるほどね。してやられたわ)
この非常事態はきっと、陛下が仕組んだ悪戯。
私とラファエルのデート現場を養父に目撃させて、驚かせる魂胆だろう。
今日の昼間、やけに陛下がニヤついていたのは、この未来を予期していたからだったのね。
きっと今頃、私たちが直面している事件を思い描いては、美味しくお酒を飲んでいるのでしょうよ。
「お父様、会食中ならもう席に戻った方がいいですよ」
「そんなわけにはいかない。大切な娘があの薔薇騎士様に誑かされているのに、放っておけるものか!」
どうやら養父は、私がラファエルに弄ばれていると思っているらしい。
ラファエルの女性除けの為の演技が思わぬ弊害をきたしたようで、彼に同情した。
当の本人は、女性に囲まれると怯えて冷や汗が止まらなくなるというのに……。
「バルヒェット卿、女性経験が豊富なあなたとは違い、うちのロミルダは仕事一筋で恋愛をしてこなかったのです。そんな純真なロミルダを誑かさないでください」
「お父様、私は純真なのではなく、ただ単に恋愛に興味を持てなかったからしてこなかっただけですよ」
間違った認識をしているようだから、とりあえず正しておく。
(それにしても、私のデート現場を見た養父がここまで取り乱すとは思わなかったわ)
正直言って、養父は私に無関心だと思っていた。
なんせ私は陛下に拾ってもらってからずっと隠密の仕事に専念しており、養家族と一緒に過ごす時間は少なくて。
一応、彼の邸宅に私の部屋があるものの、使うのは稀だ。
だから私たちは、書類上の家族だと思っていたのに――。
「真剣に交際するつもりがないのなら、今すぐロミルダから手を引いてください」
「俺は真剣です。いずれ求婚するつもりで交際していますから、見守っていただけませんか?」
「えっ? 求婚?」
相棒の渾身のアドリブに驚き、思わず聞き返してしまった。
こうなった時の打合せをしていなかったのに、スラスラと台詞が出てくるラファエルの演技力に舌を巻く。
(負けていられないわ。私もそれらしいことを言うべきね!)
決心した私は、ラファエルの腕に自分の腕を絡ませ、彼と親密であるように装う。
「お父様、黙っていてごめんなさい。だけど、もう少しラファエルと交流を深めてからお父様に話そうと思っていたんです。お父様を心配させたくありませんでしたので」
「ロ、ロミルダ……目を覚ませ! そやつは数多の令嬢たちを侍らせている薔薇騎士様だぞ!」
養父は床に膝を突いて崩れ落ちた。
よほどショックを受けたようで、その場で震えている。
そんな彼の姿を見ていると申し訳なくなるけれど、恋人役を完璧に演じる為にも声をかけるのはやめておこう。
「くっ……バルヒェット卿、いずれ求婚するのではあなたの想いを信用できません! ロミルダは私と妻の宝物なんですぞ! 数多の女性を侍らせているお前に大切な娘を任せられませんからな!」
「お、お父様?!」
養父が大声を上げるものだから、店内にいる客の視線が私たちに集まる。
するとラファエルが、私の肩に触れて抱き寄せてきた。
強い力ではないけれど、私の体はいとも簡単に動いて彼にぴったりと寄り添う。
「――それでは、今ここで申し上げます」
「ラ、ラファエル……何を……?」
問いかける私に、ラファエルは宝石のような瞳を蕩けさせて見つめ返してきて。
「ロミルダを俺にください!」
そう、大胆な台詞を口にしたのだった。




