10.円滑な任務遂行の為の配慮です
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ラファエルが予約してくれた店に着いた私は、その洗練された外観を見て、驚きのあまりあんぐりと口を開けてしまった。
もっと気軽な店を予約しているものだと思っていただけに、意表を突かれて驚きを隠せなかった。
「ここ、予約するのに一年はかかるって噂の店ですよね?」
「良く知っているね。たまたま予約の取り消しがあったから席をとれたんだよ」
「そんな偶然ってあるんですか?」
「偶然はたまたま起こるから偶然なんだよ。――ほら、みんなが見ているから恋人を演じよう」
そう言い、ラファエルはさりげなく私に腕を差し出してエスコートしてくれる。
先日、王宮で女性に囲まれた恐怖で泣いていた人物とは思えないほど自然な仕草だ。
店の中に入ると、しっとりとした旋律の音楽に迎えられる。
私たちの姿を見てすっ飛んできた店員によって個室に案内された。
「この個室……防音されていますね」
「うん、そうだね。いい防音結界が張られている」
「あら、この壁に書かれている術式は最上級の認識阻害のものだわ」
ただの洒落たレストランだと思っていたけれど、なかなかいい内装だ。
防音良し、覗き防止対策良し、それに、襲撃されても返り討ちする事ができるくらいのスペースを確保しているのだから。
「いい店ですね」
「でしょう? ここは雰囲気がいいからデートに最適な店だって部下から教えてもらったんだ」
「雰囲気? それよりも防御対策がしっかりされていて理想的な空間なので感激しました」
「えっと……着眼点はそこだったんだね。ロミルダらしいと言えばらしいのだけれど……」
なぜかラファエルは肩を落とし、もごもごと口の中で独り言を転がすのだった。
それから間もなくして食前酒や料理が運ばれてきた。
どの料理も美味しく、王宮の使用人食堂で食べる贅沢な味に慣れているのにもかかわらず感激した。
ラファエルから聞いた話によると、陛下がここの料理人たちを厨房に引き抜こうと企てているらしい。
(食にうるさい陛下らしいわね。だけど、この美味しい料理を国民たちが食べられなくなるのは可哀想だわ)
私はラファエルと世間話をしつつ、次々と運ばれてくる料理に舌鼓をうつ。
とりわけお気に入りなのは、白身魚のポアレだ。
マッシュポテトや彩のある野菜の付け合わせが美しく配置されており、芸術品のようで。
おまけに、装飾に使われているオレンジのソースに白身魚をつけて食べると、程よい酸味が加わって味に深みが出る絶品だ。
「美味しい……これを食べにまた来たくなってしまうわ」
「気に入ってくれて良かった。ロミルダはよく魚料理を食べていると同僚の侍女たちから聞いたからここにしたんだ。ここの魚料理は美味しくて有名だからね」
「――っ! 調べていたの?!」
「恋人の為なら事前準備もぬかりなくが当然でしょ?」
「その……女性と話して大丈夫だったのですか?」
「冷や汗が止まらなかったけれど、ロミルダが喜んでくれたら嬉しいと思うと乗り越えられたよ」
と、今は二人きりで人目がないのに、恋人らしい事を言ってくれる。
私の恋人を演じる為とはいえ、苦手な女性に自ら近づいて話しかけたなんて大した行動力だ。
(それなのに私は……ラファエルの好みを調べようともしなかった)
ただ恋人のように振舞えばいいと、高を括っていた自分を叱咤する。
振舞うだけでいいだなんて、甘い考えだ。
恋人を演じるのであれば、ラファエルのように相手を理解してこそ恋人になりきれるというのに。
(相棒を侮ってばかりで恥ずかしいわ)
誤解していたせいで私は、これまでずっとラファエルをだらしないと思っていた。
だけど本当のラファエルは真面目で任務に真摯に向き合っている。
女性が苦手でも隠密の任務を遂行するために耐えているし、役作りを徹底しているのだから。
「……申し訳ございません。私は大きな誤解をして勝手にラファエルを軽蔑していました」
「ああ……それはまあ、今まであんな姿を見せてきたから誤解されて当然だよ。気にしないで」
「いえ、私が気にします。任務に対するあなたの真摯な姿を見て、これまであなたを軽蔑していた自分を恥じたのです。だからその償いとして、あなたが任務を遂行しやすいよう最大限サポートさせていただきます」
「あ、ありがとう」
「ですので、まず先に伝えておきますね」
「うん?」
「私があなたに恋をする事は断じてありませんのでご安心ください」
「……え?」
私の言葉を聞いた途端、ラファエルが今にも泣き出しそうな表情になった。
もしかすると、具体的な内容を言わないと不安なのかもしれない。
「恋をしませんと言うだけでは抽象的で説得力がありませんよね。具体的に言いますと……そうですね、私の好みはどちらかと言うと陛下のような精悍な顔立ちなので、ラファエルとは正反対なんです。だからあなたに恋をする事はありません」
身近にいる好みに近しい人物は陛下だけれど、陛下は奔放な性格だから恋心を抱くことはない。
天と地がひっくり返ったとしても、在り得ないと言い切れる。
だからこれはあくまで、例えの話。
「ロ、ロミルダ……どう……して……」
ラファエルの顔色が瞬く間に悪くなる。
私に気を遣わせてしまったと、負い目を感じているのかもしれない。
「私はこれからも、あなたの良き相棒でありたいですから、安心していただく為に言うことにしました。――それでは、これ以上密室で女性と二人きりだとラファエルに負荷がかかると思いますので、そろそろ店を出ましょう」
「ま、待ってくれ。もう少し話し合った方が良さそうだ」
「遠慮しなくていいですよ」
「ええと、そうじゃなくて……!」
遠慮するラファエルを説得しつつ店を出ようとすると、どこからともなく殺気を感じ取った。
(敵襲?)
尋常ではない殺気だから、なかなかの強者が潜んでいるようだ。
隠し持っている武器に手を伸ばしつつ勢いよく振り返ると――。
「お父……様?」
そこには、鬼のような形相でラファエルを睨みつけている、私の養父が立っていた。




