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みどりは太陽に向かってのびてゆく  作者: 糸東 甚九郎 (しとう じんくろう)
第1章 芽吹きの色と春の風
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第二話  緑、がっちがち

「ほっ、本当に申し訳ございませんでしたぁ!」

「まったく! 初めてだ。入庁初日の辞令交付式を、遅刻ギリギリで駆け込むなんて新人は!」

「すいません! ほんっと、わたしがドジったせいです! すみません!」

「あの、キミと同期の子を見たまえ。誰よりも一番早く来て、掃除をしてたくらいなんだぞ」

「え? あ。はい。す、すごいですねぇー」

「すごいですねぇー、じゃないでしょうが! キミもそのくらいの心構えを持ちたまえ!」

「は、はいっ! すみませんっ! 以後、気をつけますので!」


 緑は、ひたすらに頭を下げた。何度も何度も、水飲み鳥のように、ぺこぺこ、ぺこぺこ。


「ったくぅ。じゃ、教育長がお待ちだ。今から新人のお二人は、教育長から辞令を受ける」

「は、はい!」


 めんどくさそうな顔をして緑を叱っていたのは、柏沼市学校教育課の課長補佐である金沢信郎(かなざわのぶろう)

 彼は丸眼鏡をかけ、薄い髪の痩せ形。年齢は五十歳過ぎで、中間管理職の立場が長いらしい。


「そんなに堅くならなくてもいいんじゃない、温田さん?」

「え? で、でもさぁ・・・・・・」


 緑の横から、にこやかに同年代の女性が声をかけてきた。それは、緑と同期の()(ぜん)()()()

 彼女は、東京都内の有名国立大学を卒業し、今年度の新人では成績トップで入庁したらしい。


「だってわたくしたち、別に審査されたりするわけじゃないのよ? 今日は試験じゃないんだし」


 紫前は艶のある黒髪をさらりと手でかき上げ、明るい笑顔を見せて緑へウィンクする。


「す、すごいね紫前さんは。緊張しないんだ?」

「しませんよ?」

「なんでぇ? こういうことに、慣れてるの?」

「別に、普通じゃない。辞令を受けるのも、その後に挨拶するのも、普通でしょ?」

「ふ、ふつー・・・・・・ね。あははは。そ、そうだねっ!」

「何をおしゃべりしてるんだ。はい、もうおしゃべり、終わり!」

「す、すみません。ついー・・・・・・」

「(ゴメンなさいね、温田さん。叱られちゃったわね)」

「(ちょっと、お喋りしすぎちゃったね!)」


 緑は紫前と顔を見合わせ、小声で話す。前を歩く金沢は、笑う緑を見て「まったく」と呆れ顔。

 金沢は「では、順番に入ってね」とやや甲高い声で言い、教育長室のドアをノックする。


「教育長。辞令交付をお願いします」

「はい。どうぞ」


 ドアの奥から、優しそうでダンディな声が響いた。


「(きょ、教育長かぁ。緊張するなぁ。いったい、どんな人なんだろう)」


 金沢がドアを開けると、立派な机とイスに座った教育長が緑の目の前に現れた。


「(ん? え! あーっ! この人は!)」


 緑はぱっちりとした目をさらに大きく見開き、声には出さず、驚いた。教育長は、先ほど緑の手帳を拾った、あのダンディな男性だった。


「教育長の、()()(ぶち)(げん)(きち)です。よろしく」

「紫前亜美香と申します。これからよろしくお願いいたします」


 教育長に、紫前は気品のあるお辞儀をし、にこやかな表情を見せる。一方、緑は「驚いた」という顔のまま、慌ててぺこりと一礼。


「おや。あなたは、さっきの・・・・・・」

「あ! はいっ! 今年、柏沼市職員になりました、温田緑です! よろしくお願いします!」

「はっはっはっは! 温田君。まぁ、そう堅くならんでもよい。もっと、リラックスしなさい」

「あ、はいっ!」


 緑は、教育長を前に、リラックスを意識するもなかなか解れることはなかった。


「すみません! わたしどうしても、偉い人や目上の人を前にすると、緊張してしまってー」


 緑は、まるで軍人のように直立不動で教育長に答える。

 その横では、紫前が「なぜ?」という表情で、不思議そうに緑の顔を横目で見ていた。


「はっはっは。元気があるね、温田君。これからは、お堅すぎるのを解くのが課題かな?」

「はいっ! そ、そう心がけますっ!」

「だからぁ、温田さーん。それが堅いんですって。面白いくらいに緊張してるわねー」

「はっはっは。紫前君。温田君とは同期の桜。よく、お互いの良いところを伸ばし合って下さい」

「はい。そうします。わたくし、温田さんの柔軟剤になろうと思いますので」

「はっはっは。よろしい。では、辞令を交付しますか・・・・・・」


 教育長は、大らかな笑い声を部屋に響かせ、緑と紫前へ辞令を渡した。その後は、異動によって教育部局へ移ってきたベテラン職員や若手職員数名へ、続いて辞令を交付した。

 辞令交付後、緑は廊下で大きな溜め息をついていた。


「はぁーぁ。やっちゃったぁ。わたし、初日っから落ち着きがなくて、ダメダメだー」

「ほらほら。温田さん? まだわたくしたち、初日も初日。落ち込まないようにしましょ?」

「だーけどさぁー。はぁー。紫前さん、わたしと同い年に見えないわ」

「そんなことないわよ。せっかく同期で同じ課なんだし、これからよろしくね。温田さん?」

「こちらこそ、よろしく! なんかさー、既に社会人として紫前さんと差が見えてるよわたしー」


 緑は、項垂れながら学校教育課へ戻っていった。紫前に、ぺちぺちと肩を叩かれながら。


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