6.断罪のお時間です
「あ、ありえないわ!!」
初めに声を上げたのはリーシュだった。リーシュは精霊を指差してわなわなと震えている。
「あんな適当な呼びかけで…大精霊のウンディーネを呼び出したというの!?加護持ちでも呼び出せるのは下級の妖精が精々で…名を冠する大精霊を呼び出すなんてできっこないわ!」
「だから、言ったでしょう」
それまで沈黙を保っていたウィリアムが、いたずらっぽく笑って答える。
「彼女は大聖女様なんですよ」
その様子を見ていたウンディーネは愉快そうにぷくぷくと笑っていた。
『なんだか面白いところに呼び出されてしまったわ。私は久々に愛しい隣人に会いにきただけなのに』
ゆらゆらと私の周りを漂うと、ウンディーネは猫のように私に頬擦りしてくる。ヒヤリと冷たい水の感覚にゾワっと鳥肌が立って思わず「ひゃっ!?」と声が出てしまう。そんな反応すら愛おしいと言いたげに目を細められ、ウンディーネの濡れた指先が頬を滑っていく。濡れた感覚はあるのに不思議と不快感はない。まるで触れたそこから蒸発して乾いていってるかのような。
「な、な…っ!」
「…これでわかっていただけましたか?」
キッと視線を強くしてリーシュの方を見れば、リーシュは屈辱に顔を歪めていた。
それでもまだ食い下がるつもりなのか、こほんと咳払いし取り繕ったように笑う。
「そ、それはただ呼び出しただけでしょう!?いくら呼び出せたとしても扱いこなせなければい、意味がないわ!」
「…わかりました」
私が再び視線をウンディーネの方に移すと、ウンディーネは何かを悟ったかのように揺らめいて私の顔を覗き込む。
『ええ、そうね。応えましょう』
まだ何も願ってはいないのに、ウンディーネはそう言って頷くとその手を、自分の豊満な胸へと突き入れた。とぷん、と音がしてウンディーネが引き抜いたその手には、小瓶のようなものが握られていた。それも複数個。それを子供をあやすかのように両手で大事に抱えると私に差し出した。
『どうぞ、大聖女様』
「これは…?」
『魔力の小瓶よ。魔素の溢れる限られた泉でだけ精製される魔力の流れる水を封じ込めた小瓶なの。飲めば魔力を一時的に回復させるわ』
そう言って私に手渡したあと、リーシュの方を向きちゃぷんと笑ってその小瓶を一つリーシュにも差し出す。
『慈悲で貴女にも一つ差し上げます。どうやら大変大きな魔法を使って魔力を使い果たしているようですから』
「…っ!!」
リーシュは図星を突かれた様子で、顔をカッと赤くする。さっき汗だくになったのは、魔力の消耗が激しかったせいなのか。あれで魔力を使い果たしたとすれば、あの回復魔法は何回も使えるようなものじゃないのだろう。
つまり、私に意地を張るためわざと魔法を使ってみせたのだ。それがバレたものだから、リーシュはあの様子だ。
全くくだらない意地に巻き込まれて、アランは傷ついたのだ。
怒りが沸々と湧き上がってきて、リーシュへ向ける視線を強める。
「あ、あ、大聖女様…?」
「…魔力を取り戻せば魔法は使えますか?」
『ええ、もちろん』
「そう」
小瓶の封を切り、無言で飲み干してみせる。なんの味もしないのに、冷えてて少しパチパチする。炭酸水みたいだ。
そして空き瓶を投げ捨て、2本目に手を伸ばす。
その様子を見たリーシュが、焦ったように声を上げた。
「ああ!大聖女様!魔力を取り戻せたなら回復魔法を使えますわね!ご健在そうで何よりでございますわ!私はこれで…」
「待ちなさい」
私の声にリーシュはびくりと肩を震わせ、逃げようとしていた足を止めた。ビクビクしながら振り向くその姿を見れただけでもいい気味だけど、それじゃあ許してあげられない。
「アランに手を上げた無礼をお忘れですか…?」
「ひっ」
「我が姫を侮辱した罪もお忘れなく」
「ウィリアム王子まで…!」
逃げ道を塞ぐようにウィリアムがリーシュの後ろに立つ。その顔は笑っていたが目が笑ってなかった。親しいアランに手を挙げられたことを根に持ってるのかもしれない。その背に禍々しい感情のオーラが見える気がする。
『あら面白そう。私もお手伝いしますよ』
ウンディーネはそう笑うとその体を不定形に変え、私の周りに水流となって纏わりつく。
私はリーシュににこりと微笑みかける。
「大丈夫です。怪我をしたとしてもすぐ治せますから…聖女である貴女なら」
指先をそちらに向けると、私の意思に応じるかのように水が集まり球体を成す。見る間に大きくなっていくそれにリーシュもだんだん青ざめていく。
「ひっ…あっ…ご、ごめんなさ…」
「私だけじゃありませんよね」
「アラン様もごめんなさいぃ!!!」
「じゃあ許します」
私がそう告げると、いつの間にか泣き出したリーシュはぐずぐずの顔をあげ、ぽかんとその口を開けた。
「…え?」
「だから、許します。貴女のこと」
手のひらをきゅっと握り込むと、集まっていた水は霧散する。散らばった水は顔だけ人の形をとり、リーシュの間近でぷくりと笑ってみせた。
『まあ、許してしまうの?』
「ひぁぅっ!?」
『残念ねぇ』
ウンディーネは残念そうに笑うとリーシュの頬をひと撫でする。それだけで怯えたリーシュはその体を震わせすくみ上がった。リーシュの方が精霊には詳しいだろうから、大精霊の恐ろしさをわかっているんだろうな。
「いいんです。私に記憶がなくて、魔法が使えなかったのは本当ですから…お役に立てないならこの立場をお譲りするのもいいかと思ってはいます。けど」
ウンディーネはパッとその手を離すと、するりと私のそばに流れ着き人の形をして背にしがみついてきた。
「貴女には何も譲りません。手を挙げないのも、貴女にそもそも手をあげる価値がないからです。私の力は私の大切な人たちを守るために使います。…その大切な人を傷つける貴女は、この場にいるに相応しくありません」
くい、と見様見真似のお辞儀をして、リーシュを見つめる。
「とっとと出ていきなさい」
「う、うわぁぁぁっん!!!」
リーシュは子供のように大声で泣き声を上げながら、きたときと同じくらい騒がしく部屋から出て行った。
『お見事!』
ウンディーネはぷくぷく笑うと上機嫌にお腹を抱えくるくると回っていた。