08 友人チャド・ヘックス
地下都市エターナルの五階層、通称カンペールの街と呼ばれる労働者たちの居住階。
地下都市の柱となり各階層を縦にブチ抜く中央ホールから一番遠い場所、、、バウムクーヘンの一番外側の皮の部分に今、リュック・ドゥシャンがいる。
ジェイコブたちと別れてカンペールの街に帰って来たリュックは、地下での成果を正規の報酬に還元したりはしなかった。
中央ホールの一角にあるスキャニング端末で地下から持って来た機材を読み取らせて申告したり、ダイアー排除の際に相手からむしり取ったIDワッペンを読み取らせたり、技術労働の成果を申告したりなどの正規ルートを踏まずにそのままゲートを通過してしまったのだ。
報酬が欲しくない訳ではない。
地下ビジネスの見返りとして、上級管理者側から仮想通貨ではなく仮想配給デジドルのポイントが付与される。そのポイントに応じて実際の配給物資と交換するのだが、祖母と二人で暮らすリュックの生活環境は最底辺。
地下都市エターナルは貨幣経済ではなく、貨幣の代わりにデジドルのポイントや配給物資を流通させる物々交換システムなのだが、贅沢や安定した生活を望むのならば、それなりに地下へ潜って仕事をこなして稼ぐしかない。
エクスルーダーなどの、命の危険に直結するような仕事は祖母が過剰なほどに嫌がり悲しむため、リュックは今の今まで緩い仕事をしたと嘘をついてはデジドルを稼いで生活の足しにして来た。
自分の記録が残らないために、祖母が携帯端末で自分の過去実績を閲覧しても分からないようにと、、、
リュックは“チャド・ヘックスの電子備品改修工事手伝い”と言ういかにも安全そうなタイトルの作業名目を作り、友人であるチャドの名前を迂回ルートとして利用して来たのである。
もちろん、名義だけではない
電子部品のメンテナンス全般、特にコンピュータ関係のハードウェアとソフトウェアにめっぽう強いチャドは、暗闇恐怖症で地下に潜れない自分の代わりとしてリュックの地下探索を全面的に後押し。そして彼がサルベージして来た基盤やジャンク品をレストアしては流通させ、リュックに謝礼を払うと言うサイクルが出来上がっていたのだ。
大小様々な配管やケーブルの束が縦横無尽に天井を這う一般的なカンペールの労働者用箱型住宅。
本来なら四人で生活出来るだけの家族用住宅なのだが、所狭しと謎のジャンク品が山積みにされ足の踏み場も無いこの部屋。ここが友人チャド・ヘックスの家であり、地下から帰って来たリュックが必ず立ち寄る“景品交換所”であったのだ。
ジャンク品の基盤や骨組みを積み上げて作ったテーブルの上、携帯用コンロの炎が使い古された鍋をじっくりと熱しており、目の前でそれを見るリュックは今か今かと待ちわびている。
水で戻した粉末トマトソースと乾燥ミンチ肉のマカロニ煮……リュックの大好物であり、カチカチのマカロニが茹で上がれば出来上がりだ。
そしてそれを提供しちチャドは作業台と向き合ってリュックの持ち込んだお宝を夢中になって品定めしている。
マーチャの家に行くと必ず服を剥ぎ取られて洗濯され、シャワーを浴びろと無理矢理シャワー室に押し込められ、終始笑顔の両親を交えて会話や食事をせねばならず肩苦しさこの上ない。だがやはりチャドの家は落ち着くよと椅子の上にあぐらをかいたリュックは、鍋とスプーンで行儀悪くマカロニを食べ始めた。
「リュック、これは凄いぞ。無傷のハードディスクが入ったままだ! 」
「えっ? 何それ……凄いヤツなの? 」
「ああっ、そうか。この前の事話してなかったな」
やっと振り向いてリュックと向き合ったチャド。先週リュックが持ち込んだジャンク品の内容とその結末について得意げに話し始めた。
どうやら基盤の中に無傷のハードディスクが入っていたそうで、データをサルベージしたところ大量の動画を掘り出したそうなのだ。
「テレビプログラムやネット流通動画じゃなくてな、まだ人類が地上にいた頃の個人撮影モノ! 家族で動物園に行ったり歴史的建造物見たりと、過去遺産の記録としてはトップクラスの逸品だったんだ」
「そりゃ凄いね! 何が当たりで何がハズレかなんて僕には分からないけど、あの基盤にそんなのが入ってたんだ」
「ああ、俺もビックリしたよ。そのデータを人類遺産保存組合に持って行って更にビックリした! 一万デジドルの値段が付いたんだ」
い、一万デジドル?
……えっと、粉ミルクパックが二十デジドル、乾燥ミンチ肉が三十デジドルだろ、大人用衣類が……
「あははは! リュックの大好物乾燥トマトソースが五百個交換出来るんだよ」
「ひゃあ! それは凄いね、確かに凄い! 」
桁違いの報酬に驚き目をまん丸にするリュック。まさか自分が持ち帰ったジャンク品にそれほどの価値があるとは思わず、未だに信じられと言ったところ。
チャドはそんなリュックを前に自分の携帯端末を取り出すーー地下都市エターナルにおける自分の個人情報が全て入った、言わば自分のID端末だ
「約束通り全て折半だよリュック、端末を出しな」
「いやいや、そんなにはいらないよ! 」
「俺だけ儲かるのは気持ち悪いんだよ、約束は約束だろ? 危ない思いしてるのはお前なんだぞ」
「僕は身体一つでどうにかなるけど、チャドは必要な機材とか経費がかかるだろ? 半分も要らないからチャドが活用してよ」
しばらく続く押し問答の末、欲に目が眩んでレア物狙いになる自分が怖いと主張するリュックに軍配が上がった。彼は約一カ月分の生活費にあたる五百デジドルだけ貰い、それで婆ちゃんと充分生活して行けるとこの話に終止符を打ったのだ。
「まあさ、俺的には機密書類だったり設計図のデータをサルベージした時の方が嬉しいんだが、世の中は目で見て楽しむからな」
確かに動画などのデータは喜ばれやすい
古いモニターとコンピュータを繋いで、人類がまだ地上にいた頃の映像を流す飲食店なんてのもある。
所詮人類が元気だった頃の気分に浸るセンチメンタルな行為なんだよと、チャドも動画がもてはやされる風潮を快く思っていないようだ。
「マーチャの親父さんに頼まれてる水耕プラントの配管の修理、明後日までに終わらせる予定なんだけど、終わったらもう一度地下に潜るよ」
「どうした急に? 現状なら一カ月は遊んで暮らせるんだぞ」
「さっき要塞のジェイコブに会ったって話しただろ? 彼もダイアーが二階や一階に登って来るルートを探してるみたいなんだ。つまり僕の知らないエリアがまだあるって事さ」
「そのマッピング目的に行くってのか。マッピングなんか専門の大人に任せておけば良いのに」
「自分が知らないって事が気持ち悪いんだ。それに、ダイアーの危険は無い方がみんな喜ぶ」
マカロニご馳走さまと笑顔で礼を言いながら、帰り支度を始めるリュック。
「マッピングに行くだけだから、今回はお宝無しかも知れないよ」
「気にすんなよ、リュックの思う通りにやれば良い」
チャドは取り出したばかりのハードディスクを片手に持ちながら、今日貰ったお宝の解析で俺も当分の間は忙しいと笑顔でリュックを送り出した。
“今日は眠れないな、夜通し解析するか”
新しい世界を覗き見る喜びに震えるチャド
彼が手に持つそのハードディスクが、やがて地下住民を揺るがす大事件に発展するとは思いもしなかったのであった。