その10
赤羽視点です
「ケイが知ったような口をきいて、つべこべ言わないで。悪いけど私はケイとは走れない。走る資格がない」
自分で自分のことも分からないのに、ケイに辛く当たって、ケイが悪者みたいな言い方をした。言った瞬間から自己嫌悪の波が押し寄せる。これほど自分の言葉に後悔したのは初めてだった。
私の言葉でケイは過呼吸になった。急いで手当をしたおかげで大事には至らなかったけど、先に自宅へ帰るケイの表情はうつろで、話なんかできる状態じゃなかった。……その場で話をしなかったこともケイのせいにしてしまう私は最低だ。
陸上が嫌いな私は、陸上を知らなかったケイを陸上部に誘った。
次第に陸上にのめり込んで、陸上を楽しんでいるケイが眩しかった。
私にはケイのようにキラキラと走ることなんかできない。せいぜい作り笑いを顔に貼り付けるので精いっぱいだ。
合宿で全力を出しきったケイの誇らしげな表情。
合宿で手を抜いて全力を出さなかった私の情けなさ。
こんな情けなくて不誠実な私が、ケイや皆とリレーをする資格なんかない。
陸上なんて、ただ走るだけのこんなしんどいことなんて、もうしたくない。
だけど、私は陸上をしなければならない。
姉のため?ケイのため?
そんな理由じゃない。
私はちっぽけな自分を慰めるために陸上競技にしがみついている。
ケイに依存しているくせに、ケイに見栄を張りたくて、とうとうケイを傷つけた。
―――
ケイが練習に来なくなって3日。今日も全力を出さない手抜きの練習を終えた私は、高校から数十分歩いてケイの家に向かう。ケイの家のインターホンを押すのはあれから3回目。一昨日と昨日はケイのお母さんが出てきたけど、今日は妹の菫ちゃんが出てきた。
「こんにちは小蒔さん。姉ちゃんとケンカしたんだって?」
「そのことで謝りたくて」
ケイのあ母さんにも「謝りたい」と伝えたけど、「もうちょっと待ってあげて」と言われたから、両日ともケイには会えず仕舞いだった。もし今日も断られたら、もう一生ケイに会えない気がした。菫ちゃんとの会話で何とか糸口を探すため、彼女の一言一句に全神経を注ぐ。
「姉ちゃんは繊細過ぎるんだよ。何があったか知らないけどさ、どうせまた勝手に思い込んで、勝手に落ち込んでいるだけだよ」
また?
「『また』ってどういうこと?」
「うーん」
菫ちゃんは少し上を向いて何かを思い出し、言うか言わないか迷っている様子だった。ここで引いたら多分一生後悔することになる。だから強く頼むしかない。
「お願い菫ちゃん、私は何としてでもお姉さんに、ケイに謝りたい。勝手なことを言ってるのはわかってるけど、ケイのことを少しでも知って、向き合いたいの」
「好きなんだね、姉ちゃんのこと」
「好き。世界で一番に」
目を見開いて驚いた菫ちゃんだったけど、ほっと息を吐いてから軽く頷いた。
「……ウチから聞いたって言わないでね。ちょっと待ってて」
家の中に入れてもらい、上がりかまちに腰かけて菫ちゃんが戻ってくるのを待つ。ケイはこの家にいるのだろうか。いたとしたら、何をしているのだろう。
しばらくして菫ちゃんが何か本のようなものを持って階段から下りてきた。
「ちょうど今日にでも、姉ちゃんにも見せようと思っていたんだけど」
手作りの卒業アルバムだった。ピンクの表紙には「伊藤センパイへ」という可愛らしい手書きの文字と、サッカーボールのイラストが描いてあった。
「前のトラブルがあったのは姉ちゃんが中三のときで……」
ケイのいないところでケイの過去を知った。ケイがサッカー部を辞めるに至った経緯。同級生から受けた仕打ち。そしてアルバムには、ケイの後輩からのメッセージが綴られていた。
「姉ちゃん、このアルバムを貰っても読まずに捨てようとしてたんだ。ウチが姉ちゃんの部屋のゴミ箱から拾って、こっそり取っておいたの」
菫ちゃんは照れくさそうに「えへへ」と笑った。普段はケイのことを不良と呼んだり口喧嘩とかもしているけど、本当はお姉ちゃんのことが大好きなんだ。
「……ありがとう菫ちゃん」
「ん。明日も同じぐらいの時間に来て。あの不良を引っ張り出してくるから、2人で話しなよ」
何度も何度も菫ちゃんにお礼を言って、ケイの家を後にした。
明日、きっと私の世界は変わる。良い方向か悪い方向か分からない。だけど踏み出すしかない。世界で一番好きな人に弱い自分を隠すのはやめにする。謝って、想いを伝えて、それで……




