その5
体を動かすことは人より得意だった。
体育の成績は「よくできる」か「5」しか取ったことがない。走れたし泳げたしボールを投げるのも蹴るのも、卒なくこなしていた。
中学で部活は何をしようか迷ったけど、入学の前年にあったワールドカップの影響と、入学直後に同級生に誘われたからサッカー部に入った。
「伊藤さん、上手だね!」
「初めてとは思えないよ!」
1年の頃は先輩にちやほやされて。
「頼むよ次期エース!」
「伊藤先輩カッコイイです!」
2年の頃は先輩・後輩からも頼りにされた。
幼い私は調子に乗って、私がサッカー部を、そして仲間を引っ張っていくという気概を持っていた。
「みんなもっと頑張ろうよ」
「真面目に練習したらきっと勝てるよ」
「早く!逆サイド空いてる!」
「声出していこう!」
学校によってはそういう人も必要だったのかもしれない。
だけど私が通ってたのは特に実績のない弱小中学で、緩くやっている感じだった。
そんなチームを引っ張るって考えは危険で、結局は足並みを揃えなきゃいけなくて。
中学最後の大会の初戦は、市内でサッカーをしている人で知らない人はいないぐらいの屈指の強豪校に決まった。
「ねえ、みんな諦めてない?」
「勝てるわけないって思ってるんじゃないの?」
「声出して!」
「そろそろウザいよ」
え?
「空気読めよー」
「真面目な伊藤さんは真面目にやりたいんだろうけど、皆そんな感じじゃないじゃん」
よかれと思って言っていたことが、この中学では悪いことだったらしい。
「伊藤さんがいたらチームがピリピリして嫌だ。上からモノ言わないで」
同級生、2人だったかな。
色々と言われて、私はあっさりと辞めた。
部屋に籠ってわんわんと泣いて、それからウチは、いや、私は妙に渇いてしまった。
目が覚めると、部屋は暗くて誰もいる気配がしなかった。
いつの間にか眠っていたみたいだ。それも床に寝てたから、耳が痛い。
電気を付けるとやっぱりこの部屋には誰もいなかった。
「赤羽どこ、赤羽、赤羽?」
ずっと一緒にいるって言ったじゃん。でもいないじゃん。
昔の夢を見て目覚めが悪い。頭がガンガンする。
記憶をたどって眠りに落ちる前のことを思い出す。
赤羽になんだかんだと捲くし立てて、泣きついて、それで。
「……荷物を取りに行ったんだった」
今日も明日も一緒に言ってくれたのを思い出して胸が熱くなる。
今まで意識しなかった部分が脈を打つ。とんでもない「好き」の気持ちが全身を支配していた。
「夜は一緒のふとんで寝て、明日は一緒に起きて、一緒にスタジアムに行こう」
ケイが私のことをああいう風に思っていたことに最初はびっくりしたけど、言われてから時間が経つにつれ、安心したという気持ちが強くなった。
最近のケイは、私と違って陸上を楽しそうにやっていて、私のもとから離れて遠くに行ってしまいそうな気がしていた。
そんなケイが私のそばにいたいって言った。多分、あまり健全とは言えないだろうけど、私たちの繋がりは随分と深いんだなって分かってホッとした。
「ということで一回家に帰るね」
明日も大会があるから、ケイの家に泊まるにしても着替えとか取りに行かないといけない。
「ていうか、ケイの家は大丈夫なの?」
私の方は全然大丈夫だけど。
泣きべそをかきおわったケイはサッと立ち上がり、何も言わず全速力で部屋から出ていった。どたどたと階段を駆け下りる音がしたと思ったら、すぐにまた音がして、バン!とドアが開く。
「はぁ、はぁ、オッケー、だよ」
改めてケイを見ると、目は真っ赤だし、息は上がってるし、髪はぼさぼさだし、なんだかおかしかった。
「フフフ」
「私、なにか変?」
うるうるとケイが子猫のような目で見てくるから、余計笑ってしまって、ケイは固まってしまった。
「大丈夫だって。じゃあまた後で」
リュックサックに明日使わないものだけを入れて立ち上がる。すると、ケイが私のシャツの裾をぎゅっと抓んできた。
「……ずっと一緒って言った」
上目遣いがかわいい。元々素直に接してくれてたけど、今は尚更よからぬ気持ちになってしまう。……なっていいのか。
「でも疲れてるし、電車賃もったいないし」
「……」
そんな悲しそうな顔しないでとは思う。冗談で和ませよう。ペット扱いをしていいって言ってたし。
「お座り!」
ケイはぴしっと正座になる。肩に力が入りすぎてぷるぷると震えている。
「待て!」
「はい!」
「それじゃね!」
すたこらサッサとその場を後にした。私が帰ってくるまで正座をしていたら、ちょっと引く。
雨はほとんど止んでいたから傘は差さずに駅に向かう。私の家とケイの家を往復するのにはけっこう時間が掛かる。駅まで歩いて私鉄に揺られて駅から歩くのを繰り返して、大体1時間半はかかった。復路でケイの家の最寄駅を出ると、もうすっかり夜になっていた。空っぽのお腹がぐうと鳴って晩御飯を食べないといけないことを思い出した。一応大会前日だし。
ケイに電話をかけると、ワンコールしたかどうかぐらいの速さで電話に出た。
「もしもしケイ?」
「う、うんケイです」
「晩ごはん食べた?」
「まだ、だよ。赤羽もうちで一緒に食べていいって、お母さんが」
「ほんと?今駅だからもうすぐ着くね」
「りょ、りょうかい」
いつもと別人のようにどもっていたけど、とりあえずケイの家を目指す。
「お帰りさない赤羽さん。今日は本当に家に帰らなくて大丈夫なの?」
「こちらこそ泊めて頂くなんて、ありがとうございます」
ケイ以外はご飯は食べ終わっていたから、二人でリビングで夕食の肉野菜炒めを頂く。
ケイの家族はテレビを見ていて、「へえ」とか「ほお」とか仲睦まじく感動と空間を共有していた。
食べ終わってなんやかんやして、いよいよ今日は寝るしかなくなった。
ケイの部屋にお客用の敷き布団を運んで、ベッドの横に設置する。
「ねえケイ」
「ひゃい!」
夕方から、というかリレーが終わってからのケイは、キョドっているというかなんか変だ。
「どっちで寝る?」
「赤羽がベッド使って」
「一緒に寝るんじゃないの?」
「えっ!!」
ケイの顔が朱く染まっていく。
自分で言ったんじゃん。
「ベッドは落ちそうだから下で寝よう。ケイこっち来て」
どっちが部屋の主か分からない感じになってるけど、カチンコチンになったケイを横に寝かせて、電気を消す。
私だって緊張してるんだけど、おかしくなったケイを見ると自然とほぐれていった。
「おやすみ」
「うおやすみ、なさい」
ケイが私に対して思っていることを伝えてきた。
早口で細かくは覚えていないけど、大体は私と一緒だった。
私もケイさえいればいいかなと思う。
いっそこのまま誰もいない場所に旅に出たいぐらいだ。
でも明日もレースがあるし、今日は疲れてこれ以上考える体力はなかった。
ケイは私と反対側を向いて、息が止まっているんじゃないかと心配になるぐらい無音で固まっている。
私は一度大きく深呼吸をして眠りについた。




