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その×

 リレーのウオーミングアップをしている時にはもう自分の体がいつもと違うということに気が付いていた。

 体が重い。100mを全力で2回走っただけなのに、まるで全身におもりが付いたような感じがする。それに真夏の日に照らされた肌が熱を含んだままになってだるい。日焼けのせいで痛い。


「ケイちゃん、疲れてるかもだけど、気合いで頑張って!」


「はいっす」


 だけど弱音を吐くわけにはいかない。あれだけ練習したんだ、今になって他の人に迷惑がかかることはしちゃいけない……その思い込みが失敗に繋がったわけで。



 春香さんからバトンを受け取り、赤羽あかばねの待つ場所へ駆ける。

 これで最後だから、残りの体力をすべて出し切れば、結果はついてくる。

 いつもよりも重い脚を上げ、腕を振る。バトンがこんなに重く感じたのは初めてだ。


 助走線を越えて赤羽はベストタイミングでスタートする。

 タイミングが取りやすいようにと4人で決めた長めの掛け声を上げる。


「ハーー」


 いつもより赤羽との距離が遠い。赤羽まで届くか怪しい。赤羽の加速に対して私の速度が明らかに足りない!


「---」


 結局赤羽は振り向いて、ほとんど止まった状態でバトンを渡した。

 振り向いた赤羽と目が合った。


「ん!…………ごめん、なさい」


 一瞬だけ合った赤羽の目は「失望した」と私に伝えるような、冷酷な目をしていた。

 ほとんど無理やり私の手からバトンをはぎ取る。その動作に焦りと落胆が伝わってきた。


「……ごめんなさい」


 赤羽が離れていく。私のもとには二度と戻ってこないような、そんな気がした。

 私の見つけた『赤羽』という居場所。

 もう離れられるのは嫌だ。誰かに嫌われるのは、絶対に嫌だ。

 赤羽……赤羽!伝えたいことがあるから、だから。



―――「赤羽この後時間ある?うちに来てほしい」



―――「私を見捨てないで赤羽」


 気が付くと私は赤羽を押し倒して、泣き叫んでいた。もう止められそうにない。


「今度は!!!今度は失敗しないから!!!暑くたって寒くたって必ず赤羽に追いついて見せるから!赤羽が納得するまで何度だって練習するから!二度と赤羽の悪口は言わないから!二度と赤羽のいないところで赤羽の話はしないから!……実は春香さんとみやさんにも相談したんだ赤羽のバトンがうまくいかないって。ダメだよね、怒るよね、こんな噂話みたいに赤羽のいない場所で赤羽の悪口言ってさ。本当にごめんなさい。本番でミスをしたのは私なのに。本当にごめん……なさい。もう春香さんやみやさんには何も言わないから。ノエルにも何も言わないから。赤羽が居れば誰とも口を利かないから!」


「……」


「……そうだ!!赤羽は私を陸上部に誘ってくれたよね。私だけに声をかけてくれたよね。嬉しかったんだ、赤羽が私以外の人を勧誘しないの。だって私が特別ってことでしょ。赤羽は私以外いらないんでしょ。私がいないと陸上が出来ないんでしょ。それがね本当に嬉しいの。特別扱いされるのが嬉しい。生きてて良かったって思う。陸上部に入ってからはずっと教室でも部活でも一緒に居られて嬉しかった。楽しかった。何ならこれからは休みの日もいつだってずっと一緒にいたくて。赤羽の家族には悪いけど一緒に住みたいぐらいで。ペアのマグカップとか色違いの歯ブラシとか。シャンプーもリンスもボディソープも洗顔材も化粧水も乳液も一緒がいい。洋服も下着もメイクも赤羽に合わせたい。赤羽は男子とはほとんど話さないし、私と一緒に帰ってくれたし、その時は私さえいればいいかなって言ってくれてよね」


「……」


「はじめてのキスだって!赤羽は私のことを好きって言ってくれて。それからもずっとして好きって言ってキスしてくれてるよね。私じゃなきゃ嫌だもんね。私しかいないもんね。赤羽は私が好きだもんね。これからは私、赤羽が言うならいつだってどこだって何回だってしてもいいよ。ご褒美なんてもったいぶらなくたっていくらでも好きなだけキスするから。もちろんキスが嫌だって言ってるんじゃないよ。だけど少し恥ずかしさとか照れとかがあって……でも、もうそんなの関係ない。私のことは気にせず、赤羽のしたい時に、授業中でも部活の時でも電車の中でも、百回でも千回でも。赤羽にだったらぐちゃぐちゃにされたっていい。キスじゃ満たされないなら、顔を殴っても体を蹴っても髪を引っ張っても首を絞めてもいいよ。気が済むまで滅茶苦茶にしていいよ」


「…………」


「赤羽の言うことは何でも聞くから。赤羽のやることは何だって許すから。受け入れるから。私、赤羽のためだったら何でもするよ?陸上やめろって言ったらやめるし、やろうって言ったらやるし。死ねって言うなら……努力するから。赤羽の嫌がることは絶対にしないから。赤羽が喜ぶことだけをするから」


「…………」


「だから……っ、だけどその代わり、私を捨てないで。……見捨てないで。私と一緒にいて。私だけを見て。私だけを頼って。私以外の人になびかないで。お願いお願いお願いお願い。私を捨てないで。ペットでもおもちゃでも人形扱いしてくれたっていい。私を使って。私を頼って。私だけに何でも言って。私を……赤羽のそばに、いさせて、ほしい」


「……」


「……へぐっ、ぐすっ、おね、がい。あかばね」


「……」


「……っ、うぅ」


「……んー。じゃあ一緒にいよっか」


「っ」


「今日はケイの家に泊まるね。今から一旦うちに帰って荷物とか取ってくるよ」


「へ?」


「夜は一緒のふとんで寝て、明日は一緒に起きて、一緒にスタジアムに行こう」


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