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その6


金曜日のハイライト、私の自宅にて。


「また手つなぎながら勉強していい?」


 いい?と聞いておきながら、既に体を密着させて、赤羽の右手は私の左手に重ねる寸前の位置にあった。 


「いいけど、自分の勉強しなくて大丈夫なの?」


 ペタンと指先が触れ、うにょうにょ動いて指と指を絡ませる。

 今日は昨日と違って2人で1つの椅子に座ってやるんじゃなくて、床に座ってちゃぶ台で勉強する。椅子から滑り落ないようバランスを意識しなくていい分、赤羽との距離や赤羽の視線を意識してしまう。このままでずっといたら、なんだかいけない気持ちになりそうだ。


「まあまあ……ところで、最近のケイ、調子良さそうだね」


 勉強に関しては真面目な赤羽だから……まあいいか。私の調子とは陸上のことだろう。最近の私は、自分でも体が「走ること」に馴染んできたような感じがして楽しく走っている。テスト期間で練習時間が短くて、前までだったら早く帰れると喜んでいただろうけど、最近はもう少し走ってもいいかなとさえ思い始めた。


「ありがと」


「脚の回転が速いし、腕の振りも真っすぐで全身をうまく使えてて素敵だよ」


「照れるなあ」


 浴びせられる誉め言葉で体が火照って、胸から手にかけて温度が上がっていく気がした。結局今日も勉強したのは1ページだけ。だけどキスは2回した。明日の分の前借りらしい。だから1ページだけしか手に着かなかったのは赤羽のせいにしておく。



―――



 そんなこんなで土曜日。4人で駅で待ち合わせをして、快速電車に揺られて数十分。2つの市を跨いで、総体のあった競技場に比べると非常にこじんまりとした競技場に到着した。時刻は午後4時過ぎでまだ日は明るい。湿気を含んだ生暖かい風が吹き、暑いのか涼しいのかよくわからない。


「しばらくやることないねえ」


 観客席はホームストレートにしかなく、残りは芝生の坂になっている。適当な場所にブルーシートを敷いて荷物を下ろす。

 競技場を見渡すと、他の学校もポツポツと入場しており、私たちと同じように集まって話をしたり、トラックに出て体を動かしている人もいた。


「1次アップがてら、バトンの練習しませんか」


 学校では2本のバトンを使って練習していて、そのうちの1本は私が預かり、家まで持って帰っている。バトンを握って手に馴染ませてみたり、美空と望遠鏡ごっこもした。塗装が少し剥げているし、ちょっとぐらいおもちゃとして使ってもバレないでしょう。


「そうしよ!ね春香、赤羽さん」


「オッケー」


 みやさんは自分のカバンからもう1本のバトンを取り出し、春香さんも承諾してくれた。しかし赤羽はすぐに返事をせず、何か言い淀んでいる。


「赤羽?」


「あ、いいよ、うん」


 シューズの紐を結んでヘアバンドをつける。私以外の3人もシューズを履いて立ち上がる。4人で同じ行動を取るとチームとして走るんだなと実感して、いつもとは違う練習前の緊張を感じた。


 「ハイ」と声を出して前の人にバトンを渡しながらトラックの一番外側をゆっくりと走る。バトンジョグは大分うまくなってきた。春香さんからバトンを受け取り、先頭を走る赤羽に渡す。赤羽の手をよく見てねらいをつけると、多少赤羽の手がぶれても渡すことができる。

 トラック2周をジョグしてから、レーンの外側で4人で輪になって体操をしているときだった。向かい合わせのみやさんの頭を超えたむこう側に、長身で鼻が高くてブロンドヘアの顔見知りと目が合った。

 体操の途中で手を止めた私をみやさんが不思議そうな顔をして見つめている。輪を乱してはいけないかなと思い、ノエルのことは一旦見なかったことにして体操の続きをした。いっちにーさんしー。



 エントリーを終えて後は最終のウオーミングアップとレースをするだけになったころ、赤羽を誘ってノエルに挨拶をしに行くことにした。競技場を見渡すと、えんじ色のジャージと髪色のおかげですぐに居場所が分かった。結構遠くにいるけどやっぱりオーラがある。


「ノエル久しぶり!」


「やっほー小蒔」


 赤羽の方が先にノエルの元へ駆けつけ2人でハイタッチをしていた。


「ちわっす」


「ケイ、さっき無視したでしょ」


「へへへ」


 ノエルがニヤニヤしながら、さっき私が見て見ぬふりをしたことを責めてきた。


「ノエルの学校ってこの辺なの?」


「そうよ」


「ねえねえノエル、寮生活ってどんな感じ?」


「教えなーい」


 私たちの高校からは大分離れたこの地区にノエルが通うスポーツが盛んな女子高があるらしい。赤羽もそこに通っていたらどうなっていただろう。パラレルワールドの私は元気にやれているだろうか。


「ところで小蒔、またリレーすることになったのね」


「そうだよ」


「ねえノエル、赤羽ってバトンパス下手だよね」


 本人の目の前で非常に失礼なことを言う。だけど赤羽の過去を知るノエルに是非とも尋ねてみたいことだった。

 ノエルはちょっとだけ固まって次第にクククッと思い出し笑いを始めた。


「高校でもやっぱり直ってなかったんだ」


「よかったぁ」


 私のパスが悪いわけじゃないことが分かって安心した。隣にいる赤羽は困ったように乾いた笑みを浮かべている。


「Clockwork-SpringDoll健在ね」


「くろ……?」


 私も赤羽も首をかしげていると、ノエルがある提案をした。


「よかったらバトンパス見せてよ。県選まであと2週間だけど、どんなもの?」


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