その5
テストが近づくにつれ、図書室の人口密度も上がっていった。
最初の頃は4人掛けの机を2人で使っていたけど、土日を抜いてテスト2日前の今日はもう人でいっぱいだった。
「練習の後に来たらやっぱり混んでるね」
「うーむ」
赤羽にテスト勉強を誘ってもらう作戦は成功したし、勉強嫌いの私は赤羽と一緒でも集中できないことがわかった。いっそのこと、明日は勉強は置いておいて、記録会のための練習をガッツリしたいぐらいだ。今日はもう解散でもいいし、寄り道してもいいかな。
特に自分の意見はないから、私は悩むふりをして赤羽が口を開くのを待つ。
「どこかカフェでもいこっか」
「そうしよう」
校舎から出ると、今日は無音が強制される空間で息を詰まらせながら勉強しなくて済むと思って気が楽になった。駐輪場まで自転車を取りに行く足も自然と軽くなり、校門で待っている赤羽に合流するまでにかかった時間は多分自己ベストだった。
「この辺で勉強できそうな場所ってある?」
2人で学校前の坂を下る。向きで言うと私の家がある方だ。中学までは勉強なんて学校と家以外でやったことはなくて、カフェとか自習室とかの存在は知らない。赤羽もこの辺には住んでないから心当たりはない。ないはずなのに自然と下町の住宅街に入ってゆく。
「この辺とかありそうじゃない?」
「つまり私の家じゃん」
会話少なく、黙々と歩いて到着した場所は、うちだった。ちなみに、私は小学校までは自分のことを「うち」って言っていた。あの頃は元気で何にでも積極的だったなあ。
赤羽はそわそわして、何か期待してる目で私を見る。私は軽く息を吐いて口元が緩むのを抑えた。
「うちでやりますか」
「うんうん!」
―――
リビングに顔を出すと、既に美空も菫も帰っていた。
「おかえり姉ちゃん!……あ、この前のお姉さん」
美空はいつも元気に私に「おかえり」と言ってくれる。最近また歯が抜けて、にかっと笑うと隙間ができて愛らしい。
「こんにちは美空ちゃん、菫ちゃん」
「おう不良。小蒔さんこんにちは!」
「なんでそんなに態度違うんだよ」
ぐりぐりと両こぶしで菫の頭を横から挟む。
「勉強しに来たから、邪魔しないでね」
「はーい」
美空は素直だ。
「5万円くれたら考える」
そう言って菫が差し出した手は思い切りビンタしてやった。思ったより「バチン!」と鳴って自分の手もびりびりしてしまった。
「いいなあ」
「赤羽?」
「んーん。勉強はケイの部屋でだよね」
「そうだよ。いこっか」
去り際に「しおらしくするな」と菫がぼやいたから、もう一回叩きに行こうと思ったけど赤羽が見てる前だからやめた。本当にしおらしくなったのかもしれない。私が菫ぐらいの年だった頃は、家でも外でも態度は関係なく人と接していたっけか。テスト期間で練習が軽くなりエネルギーが余っているせいか、余計なことを思い出してしまう。
部屋には1人分の大きさしかないちゃぶ台と、1人用の勉強机しかない。ドサッとわざと音が出るようにリュックを置いて、赤羽より先にちゃぶ台の前に座り込み、動かないぞという意思表示をしてみる。
「赤羽、机使っていいよ」
「いいよ、ケイが使いなよ」
赤羽もドサッと私の向かい側に荷物を置く。遠慮のぶつけ合いで時間をつぶしてもいいけど、それはなんだかもったいない。
「……じゃんけんっポン。ああ」
言い出しっぺの私が机を使うことになった。一度下ろした腰を上げるのが辛い。図書室の机より幾分も狭いスペースに教科書とノートを広げる。この机で勉強するには高校受験以来かもしれない。机の前にある本を置くスペースには、薄っすらホコリがたまっていた。
しおらしくなったというよりも、しおしおになったという方が正しいか。目に入る英単語の数々が私をしょんぼりさせる。
「わからん」
「どこ?」
「っ!」
すぐ後ろから赤羽が声をかける。座布団に座って勉強しているにしてはあまりにも早く反応が返ってきたからビクッとなった。気配はなかったけど、ずっと立っていたんじゃないかって思うほどだ。
「ここの並び替えの問題が」
「えっ1問目じゃん。あー、ここはこれをこうして……」
ずいと近づいてきた赤羽の髪が背中に当たるのと、赤羽の耳が私の髪に当たる。落ち着かなくて説明が頭に入ってこない。
「2問目はわかる?」
「あーっと、えーっと」
「あっ、そういえば今日の分してない」
「へ」
いきなり別のことを持ち出してきた赤羽は、私の左横から体重をかけて押しのけようとしてくる。私が右にスライドすると、赤羽は私と同じ椅子に座ってきた。一つの椅子を押し合いへし合いになって、すべり落ちまいとする反射神経で体が密着する。机の上に置かれた左腕は、いつの間にか赤羽の右腕に重ねられて、指を絡み取られていた。夏服で半袖だから肌と肌の触れ合う面積が多くて、お互いの体温のせいで腕が熱い。
「勉強するんじゃないの?」
「だってケイは集中しないもん」
「確かに」
目を瞑ると、繋いだ手の熱に敏感になって汗ばんでいるのがわかった。
もうすぐ夏がやってくる。触れ合う唇もいつもより熱い。
キスを終えて目を開けても、手はつないだままだった。
「ケイがサボらないようにこのまま勉強しよう」
「嘘でしょ」
赤羽は手の力を強めた。よしよし分かった、やってやろう。そのうち手汗でじとじとしてきたけど、なんとか1ページだけ終わらせることができた。
帰り際に赤羽が「やればできるじゃん」と褒めてくれたから、「またやってあげてもいいけど」と伝えた。
明日は金曜日。明日もうちで勉強できたらいいなと思い、赤羽が帰ってから「赤羽にうちに来たいと言わせる作戦」を少しだけ練った。




