その4
「期末テストまでの1週間は『自主練習』だって」
パクパクと2人でお弁当を食べていると、自然と部活の話をすることが多くなる。
「それって今日からじゃん。私聞いてない」
「土曜の練習で先生が言ってたよ」
他人に興味がない性格がこういう所にも表れてしまうのだろうか。そういえばこの前の英語の授業でも宿題をやってなくて、というか存在を知らなくて先生に怒られたような気がする。
人間社会の中でがむしゃらに頑張る自分を、もう一人の自分が冷めた目で見ることが多くなって、いつからか自分は社会とはかけ離れた存在だと錯覚することが多くなった。意志なんて無いカカシのようにただ立ち尽くし、気が付いたら周りの世界に置いて行かれた感覚に陥る。
「赤羽は練習する?」
「ケイは?」
正直、ひとりで練習するのはご免こうむる。あくまで私は赤羽と陸上をするのが楽しいのだ。
「赤羽に合わせる」
「言うと思った」
「え?」
「前に『私がいないと陸上部やめる』って言ってたじゃん」
「あー」
赤羽がいないとこんなしんどい陸上なんかしないと赤羽に言って、初めてキスをされたのはもう何日前だっけか。気を悪くさせたと思ったらキスをしてきて「好き」と言われた。なんで私の言葉で気が悪くなったあのタイミングで告白してきたのか、あと赤羽にとって陸上競技って何なのか。ずっと気になっているこの二つのことは、まだ本人に聞けていない。
「まあ、土曜日にナイターあるから走るよね」
「だね」
言うと思った。ここから離れた赤羽の机の横に置いてある大きめのリュックサックは、いつも通りの膨らみを見せていて、「練習するぞ」とリュックの方から無言で発信している気さえした。
「テスト勉強はする?」
中間テストの点数とか、そもそも赤羽の学力ってどうだったっけ。ちなみに私は全科目補習ギリギリだった。
「ほどほどかなあ。っていうかケイの方が心配なんだけど」
「私は大丈夫だよ」
「本当に?」
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「大丈夫だよ」
「本当に?」
「大丈夫……じゃないです。補習受けたくないです。助けてください、この通り!」
困った顔を作り両手を合わせて、赤羽に向けて上目遣いをする。はっきりと目を合わせてからぎゅっと目を閉じる。
「じゃあ練習の後に一緒に勉強しよう」
その言葉を待っていました。赤羽からテスト勉強に誘ってもらう作戦大成功だ。
本心が半分、演技が半分でパっと笑顔になり感謝を伝える。
「ありがとうございまするう」
「くるしゅうない、くるしゅうない」
ホッホッホと赤羽が笑うから、「ははあ」と今一度お礼をした。
うちの学校は自主性を重んじるらしい。というのも、勉強に関してはここの高校の宿題は少ない方だって聞いたし、茶髪や制服の着崩しに厳しく言われることはほとんどない。テスト期間に部活動をする・しないの選択だけでなく、陸上部は練習メニューも自分で考えていいとのことだ。だけど試合前のメニューなんて私はまだ分からないから、全部赤羽に任せる。
「記録会もテスト勉強もあるし、短く集中して終わらせよう」
「オッケー」
―――
自主練1日目のメニューは、いつもの半分ぐらいで終わった。ちなみに中間テストは総体の直前だったから、いつも通りの練習だった。あの時はテスト期間の感覚がなくて、中間テストがあると知ったのはテストの前日だった。
「お先です。お疲れさまでした」
「さまでしたー」
春香さんとみやさんも練習していて、春香さんがみやさんに短距離走のイロハを教え込んでいた。先輩2人を置いて先に帰っていいのかなと思ったけど、春香さんたちなら気にしないだろう。
「さて図書室に行きますか」
いつもより念入りにデオウォーターをつけて部室を出る。いつもなら他のクラブですし詰めだけど、今日はガランとしていて物寂しいグラウンドを横切って校舎へ向かう。校舎に入り口をくぐった途端に、練習の後にもう一度学校の中に戻って勉強するのは精神的にしんどいなと感じた。赤羽と一緒じゃなきゃ絶対にやらない。
図書室はこの時期だから混んでいるかなと思ったら案外と空いていて、4人掛けのテーブルを確保できた。贅沢に座席にリュックを置いて、向かい合わせに座る。リュックを開くと中に入っている教科書の束がお出迎えをして気が滅入る。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な……数学かあ」
適当に科目を選び終えてふと気が付くと、前の席の赤羽は驚いた眼をして固まっていた。
「どうしたの?」
小声でおまじないをしたから迷惑にはなっていないはずだけど。
「いや、いいの。ケイってマイペースだなって思っただけ」
「そうかな」
教科書とルーズリーフを1枚だけ開いている私に対して、赤羽は教科書と参考書と授業の時に使う用のノートと計算用のルーズリーフを広げていた。参考書は伏せんや蛍光ペンで鮮やかに飾り付けられている。読むだけで勉強になりそうだ。
「分からないところあったら質問していい?」
「いいよ」
だけど、私は赤羽の集中を遮ってまで聞くことはないだろうなと、勉強する前からひしひし感じた。
「……」
「……」
案の定、赤羽は集中してペンを止める様子はない。一方の私は、3問ぐらいやってから欠伸が混じってきて、まぶたを上げる方に力を入れているぐらいだ。正面で勉強する赤羽は背中がピンと張って姿勢が良く、改めて美人だなあとか考えてしまう。
「あふぅ」
「ん?」
大きな欠伸の後にため息が出てしまい、それを聞いてこっちを向いた赤羽と目が合う。そのまま視線を下げ、私の前に広げられているほぼ真っ白のルーズリーフが目に入り、赤羽はクスっと笑った。というか苦笑した。