その1
ケイ 〈伊藤惠〉
陸上初心者。明るめの茶髪、スパイクは蛍光イエロー。
インターハイの後、赤羽にご褒美をあげるため、家に呼んだ。
赤羽 〈赤羽小蒔〉
アスリート体型。走るときは伸ばした髪をひとまとめにする。
ケイの家に行くことになったが、心が浮き立っていることはあまり悟られたくない。
赤羽視点になります。
1年目の総体が終わった。
県の準決勝で負けちゃったけど、今回はレースで敗退したときに感じる「姉との差」や「自己嫌悪」は少なかった。
「さて、帰りますか」
だって、ケイが居てくれたから。準決勝では走り終わった瞬間にケイに抱き着いてしまった。ケイの温もりが負の感情を打ち消してくれた。順位を分かりにくくさせるためにゴール地点で応援するよう頼んだけど、走り終わってすぐにケイのそばまで行くことができたから、結果的には一石二鳥だった。
そんなケイが「うーん」と伸びをして、一息ついている。心の中で「お疲れ様」と言ってから、ケイに話しかける。
「ケイ、どこで、その、あれを」
インターハイで頑張ったら3日分のキスをする約束。ケイだって疲れているから明日でもいいかなと思ったけど、伸びをし終わって肩の力を抜いたケイの唇を見て、ちょっと我慢できそうにない。
ケイは少し考えて、答えた。
「うち来る?」
!!!!
―――
時は流れて、私は今ケイの部屋に正座をして、ケイがお茶を汲んできてくれるのを待っている。
「……緊張するな」
落ち着かず、部屋を見まわしてみる。6畳ほどの部屋には小っちゃいころから使っているのだろうか、年季の入った学習机に学習椅子と木のベッド。カーペットは敷いてなくて、本棚には教科書とほんの少しの漫画と小説。棚の一番上にクマと羊の人形が置いてあるぐらいで、あまり飾りっ気のない部屋だ。
「ケイらしいかも」
テレビも見当たらないから、ケイはあまりこの部屋を使わず、普段はリビングで過ごしているのかもしれない。
さっき挨拶をしたケイの家族が、とても仲がよさそうで羨ましかった。
「赤羽、お待たせ」
「ありがと」
ごくごくと出された麦茶を一気に飲み干す。自前のジュースやドリンクはレース後に全部なくなったから、喉が渇いていた。
「ぷはぁ」
「いい飲みっぷり」
「えへへ」
「……」
どうやって「ご褒美」を頼むか迷う。「じゃ早速」とかはなんだか風情がない。
「……」
「「あの」」
切り出すタイミングが被ってしまった。いつも以上に緊張する。
「ど、どうぞ!!」
反射でケイに譲ってしまった。
「いい?」
「いいよ!」
「赤羽さ」
「うん」
「うちで晩ご飯食べていかないかって、うちの両親が言ってるんだけど、どう?」
ケイの家でケイの家族と一緒に晩ご飯。とても甘い響きだった。父も母も私の帰りを待っているかもしれないけど、正直今日は帰りたくない。県で敗退した私を、今の両親は暖かく迎えてくれるだろうけど、昔はそうじゃなかった。「なんでもっと走れなかったんだ」と怒られることも少なくなかった。
「いいの!?食べたい!ぜひぜひ」
「オッケー。言ってくるね」
ケイは部屋から出て、再びリビングに向かった。ベッドのそばにある水色の目覚まし時計は4時を少し過ぎた時刻を指していた。
晩御飯まではまだ結構時間があるかもしれない。
「……汗臭い」
首を前に曲げ、シャツの中を嗅いでみると、あまりいい思いはしなかった。
「シートあったっけ」
リュックを開けてデオドラントシートを探しているうちに、ケイが帰ってきた。
「どうしたの?」
「汗を拭こうかなって思って」
「あー、だったら、シャワー浴びてく?お湯を張ってもいいよ」
ケイの家でケイがいつも使っているお風呂に入る。とても甘い響きだった。思わぬケイの提案とデジャヴで私の脳みそにバチっと電流が走る。
「だったらケイと一緒に入る」
「えっ」
「あっ」
やっぱり今のこと聞かなかったことに…と言おうとしたときだった。
「別に、いいけど」
ちなみに着替えはある。試合にはとにかく万全の準備をして、優秀な人ほど荷物が多いらしい。誰が言ってたかは忘れた。




