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37 地下牢の魔族ー2

「……自分の魔力を減らした状態で王都まで来て、わざと捕まったんですか?」

「そうよ。だってそうしないとあの壁を通れないんでしょう? 虎穴に入らざれば虎子を得ず――というやつね」

「…………」


 ミイラ取りがミイラになる感じなんだよなぁ……。

 王都から出られない魔族が増えてしまったじゃないか……。


「いけない、いけない。無駄話をしている時間はないわ。どこのどなたか知らないけど、早くクレイの居場所を教えてくれない? このお城にいるの?」

「臨戦態勢を解いてくれたら教えます」

「あの子の居所を教えてくれたら解くわ」

「教えたらすぐに飛んで出ていくでしょ? 人目も憚らずに」

「ええ、一刻も早くあの子に会いたいもの」

「……あいつは今俺の家にいるんですよ」

「あなたの家はどこ?」

「案内します」

「結構よ」

「…………」


 よもやクレイの素直さが恋しくなる瞬間がくるとは思わなかった。

 あいつ、よく俺を信じてくれたな……。


「この街で派手に動かれると困るんです! おとなしくしてくれないと今度は本当に当てますよ……!」

「それは怖いわねぇ。じゃあ私も啖呵を切ろうかしら。……今この場であの子の居場所を教えてくれないと――本当に腕を折っちゃうわよ?」


 ぐ……あれでまだ序の口なのか。

 できれば戦闘は避けたいが……。


「……俺がクレイをここに連れてくると言ったら、それまで静かに待っててくれますか?」

「いいえ。そのまま行方を眩まされると困るから、あなたはもうここから逃がさないわ」

「…………」


 交渉決裂! ノックアウトして家まで連れていくしかない!

 俺は素早く踏み込みアルジーラさんに接近する。そこからの右フック。左ストレート。右脚での回し蹴り。全て避けられた。しかし、ここまで躱されるのは想定している。本命は次だ。一気に姿勢を低くしての足払い!


「よいしょ――っと」


 アルジーラさんはそれをジャンプで回避した。よし、空中では身動きが取れない。跳び膝蹴りでケリをつけよう。蹴りだけに――


「――インフェルノ」

「あっつ!」


 アルジーラさんに飛び蹴りを放とうとした俺の足元にオレンジ色の火が降ってきた。好機を逃す形になるが、仕方なくその場から飛び退く。

 そうか、回避行動が取れなくても魔法は使えるんだったな。


「うふふ、ヒヤッとしたわ」

「え……」

「流れるように追い詰められちゃった。あなた強いわねぇ」

「あ、ああ、そういう意味の……」


 びっくりした。一瞬、脳内でのくだらないダジャレを咎められたのかと思った。


「……今の魔法、どうして直撃させなかったんですか? わざわざ足元に撃ったりして」

「死なせてしまったら元も子もないでしょう? それに、私はクレイさえ生きていればそれでいいんだから、別にあなたを殺す理由なんてないわ。……今のところは」

「なるほど」


 それは、これ以上抵抗するな――ということか。

 薄々分かっていたことだが、この人は手を抜いて勝てる相手ではないな。ゴルビーの時と同様、全力の打撃を叩き込めば無力化できるだろうが……それだと俺も行動不能になってしまう。

……けどやるしかない。一階の通路まで戻ればエリティアもいる。そこまで歩ければいい。


「多分アザとかできると思いますけど、俺の友人に凄腕の回復術士がいるので安心してください。痕は残りません」

「……なんの話?」

「ちょっとだけ戦闘不能になってもらいますよ――っていう話です!」


 全身全霊、身体中に魔力を込めて石造りの床を蹴りつける。重心を低く保って一気にアルジーラさんに近づき、渾身の右ストレートを放つ。最初と同じように手で受け止められはしたが、その反応は違った。


「……手がビリビリするわ。今度こそ握って折ってあげようと思ったのに」


 と、アルジーラさんは俺の右手を力なく放す。


「ごめんなさい。でも折られたら困るんですよ!」


 俺は素早くしゃがんで足払いの攻撃態勢に入った。当たれば御の字。避けられたとしても、次はインフェルノを撃たれる前に蹴――


「――パンチでこれならキックはもっと威力が高いのかしら? ただ、流石にもう付き合っていられないわ。ごめんなさいね」 


 唐突に、アルジーラさんはそう言って自らのワンピースの裾を掴むと――

 ――ばさっ!

 と思いっきりめくり上げた。


「なっ!?」


 見るつもりなんてなかった。俺はただ攻撃対象を注視していただけだ。一切の非も落ち度もないと声を高々にして言いたい。

 今までも戦闘中に突飛な行動を取られることは多々あった。しかし今回のようなことは初めてのケースだ。

 重ねて言うが、決して自分から見たわけじゃない。元々そこに視線を向けていただけだ。

 だから一瞬だけ、ほんの一瞬だけ動きを止めてしまった。

 黒いワンピースとは対照的な白のレース生地の――

 ドガッ!


「ぐえっ!」


 その一瞬の動揺は、いきなりワンピースをフルオープンにする痴女じみた魔族に対して後れを取るには十分だった。

 アルジーラさんが振りぬいた右脚が俺の顔をまともに捉える。衝撃で兜が外れ、俺は床を転がって壁に叩きつけられた。


「いった……」


 駄目だ。平衡感覚が狂っている。立てないどころか、仰向けの状態から身体を起こすことも――


「――ごめんなさいね? 痛かった?」


 そんなことを言いながら近づいて来たアルジーラさんは、俺の腹部に跨って座り込んだ。


「……ぐふっ」


 馬乗り……。


「重い? 嘘でも軽いと言ってくれれば嬉しいわ。さあ、情報を教えてくれたらすぐにどくから手早くお願いね?」

「だから、俺が連れていきますって言ってるじゃないですか……」

「教えてくれれば自分で行くわ」

「アルジーラさんには王都の土地勘がないでしょ!」


 この人は本当にもう……!


「それに、クレイに会えたとしてもですよ。アルジーラさんはこの街から出られないんです」

「どうして?」

「王都全域に張ってある魔力障壁は、内部からだと魔族の魔力を通さないんですよ」

「だけど、その魔術を発動している術者がいるのよね?」

「……ええ、それはまあ。何十人もの魔術師が交代で担当してますけど……」

「だったらその人たちを脅かして、私とクレイが出ていくまでは使うのをやめてもらえばいいのよ」

「…………」


 ある意味。

 魔族らしいといえばらしいのかも知れないけど……。

 駄目だこの人!


「夜が明けるまでには帰りたいし、そろそろ腕の一本でも折っちゃおうかしら。ねえ、いい?」


 言って、アルジーラさんは俺の左腕を持ち上げる。


「いいわけないでしょ! 待った、待った、待った! 人に容赦なく暴力を振るう姉なんて、クレイが知ったら悲しみますよ!」

「理由なく振るっているわけではないわ。これはあの子のためだし……あと、あなたにはパンツも見られたんだから」

「自分で見せたんでしょうが! ……あ、ちょっと! 腕に力を込めるのはやめ――」


 そこで――俺はとある物音がしているのに気がついた。

 カツ、カツ、カツ、と。

 誰かが地下牢への階段を下りてきている。

 誰だ。兵士か、それともエリティア? まずいな。今この場に来られても状況が悪化するだけだ。仮にクターニーたちを呼んできてもらったところで、勝算は薄いだろう。

 ……とんでもない人を引き入れてしまったな。

 そうだ。もしエリティアだったらクレイを呼んできてもらおう。それまで俺が生きているかは分からないけど……。

 カツ、カツ、カツ――カツン。

 地下牢に降り立った人物は、目の前の惨状を目にするやいなや――言った。


「――おい貴様。一体誰の許可があって人の弟に手を出しているんだ? まったく……」


 青みがかった黒髪を美しくなびかせながら――


「セラクに迫っていいのは私だけだというのに」


 ラミス・ラーミックはそう言った。

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