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22 修行タイム 序

 俺の家から徒歩15分の場所にある服屋。そこからさらに、王都の中心地とは逆方向に30分。空き家が目立つ閑静な住宅街の中に、人気が少なく、そこそこスペースのある空き地があった。


「ここでいいか。あまり治安は良くない地域だが、その分人も寄り付かないしな」

「……歩き疲れたわ」

「誰のせいだと思ってるんだ」

「それはまあ、私だけど……」


 クレイが服やその他諸々を購入して店から出てきたあと、彼女は一度家に帰って服を着替えたいと言った。せっかく新しい服を買ったのに男物の服を着せておくのは可哀想だったので、ひとまず家に帰ることにした。

 つまり、本来なら45分歩けばこの場所が見つかっていたところを、俺たちは1時間15分かけたことになる。

 黒いスカートに白いブラウスを合わせ、最初は意気揚々と歩いていたクレイも、途中からは家に戻ったことを後悔していた。


「あと1時間くらいでもう昼だぜ。早いとこ始めるか」

「じゃあ、もう尻尾と角、出していい?」

「ああ」


 俺が許可を出すと、クレイはブラウスとスカートの間からしゅるり、と尻尾を出し、銀色の髪を掻き分け角を露出させた。


「誰かが通りがかったらすぐに隠せよ」

「了解よ」

「それと、この訓練中は俺のことを師匠と呼べ」

「了解よ、ダメーナ師匠」

「……やっぱセラクでいいや」


 余計な提案をしたことを悔やみつつ、俺は仕切り直す。


「まずは、クレイがどの程度魔力を扱えるのか把握しておきたい。魔力操作の最初の段階としてあるのは、自身に魔力を纏わせて身体能力を向上させることだが……空を飛べるくらいだし、流石にこれできるよな。第二段階の――」

「できないわ」


 クレイは言った。


「え?」

「昨日、セラクがやっていたアレでしょ? 私、ああいうのはやったことないわ」

「……でも、魔法で空を飛べるんだろ?」

「ええ、制御は利かないけど、一応」

「お前、昨日の夜、自分のワンピースを燃やしたって言ってたよな? あれは魔法でやったんだよな?」

「そうよ。火加減はできないから、危うく火事になるとこだったけど」

 ほら、こんな感じで、とまるで占い師に手相を見てもらうみたいにクレイが手のひらを突き出すと、その手からは真っ赤な炎があがった。


「うっわ……熱くねぇの?」

「ええ、元は自分の魔力だから」

「この火で食材とか焼けるのか?」

「焼けるわよ。焦げるけど」

「…………」


 確かに、クレイの手で燃えている炎は「メラメラ」というよりかは「ボフッボフッ」と不安定に揺らめいている。

 現状、日常生活には使えそうにない。あ、お湯くらいなら沸かせるかも。


「……そういや今朝、顔を洗ってる時、なんかバスルームの辺りが焦げ臭かったな……」

「言いにくいことだけど、昨日の夜に脱衣所の天井が少し黒ずんでしまったのよ」

「お前なんてことを……あの家はまだ築1年なのに……新築だぞ、新築」

「今度からちゃんと制御できるように頑張るわ」

「……そもそも室内で火を使うな」


 あ、そういえば、とクレイは何かに気付き、不安そうに切り出した。


「……あそこがセラクの家だと知っている人は、セラクが死んだことを知り次第、追悼に来るんじゃないの? 仮にも勇者だったわけだし、有名人なんでしょ? のんきに生きてるってバレちゃうわよ」

「のんきは余計だ。まあ、家については問題ない。有名人といっても、サインとかをするような役職ではないからな、名前は知っていても、どこに住んでるかまで知りたがるような熱心なファンはいなかった」

「一般人は知らないのね。じゃあ、セラクの仲間は?」

「クターニーたちにも言ってない。一度カサマに訊かれたこともあったけど、南の方に住んでるとしか言わなかったな。同じように、俺もあいつらどこに住んでるかは知らない」

「淡白な関係だったのね」

「言いようによってはそうなるな。勇者をやっていた間は王都にいる時間よりも旅をしている時間の方が長かったから、家のベッドで寝る機会は本当に少なかった」


 そのおかげで、こうして誰にも住所がバレずにいるのだから良かったとも言えるが。

 いや、そんなことより、だ。


「……話を戻そう。確認したいんだが、ほとんど制御できないとはいえ、クレイは一応魔法を使えるんだな?」

「そうよ」

「でも、魔力操作の初歩である『魔力を身体に纏う』ことはできない、と」

「そう」


 こくこく、とクレイは頷く。


「……頭を整理するからちょっと待っててくれ」


 魔族、人間を問わず、魔力の用途というのはその難易度によって3つに分けられる。第一段階は魔力を身体に纏わせること。比較的容易に身体能力の底上げができるため、戦闘職に就く人間はまず最初にこれを学ぶ。

 魔力操作の第二段階は、武器に魔力を帯びさせること。身体を通して剣や槍に魔力を流すことによって、武器の耐久性や切れ味を向上させることができる。魔力を自分の身体に留めておくのではなく、手先から感覚が伝わらない武具に流すため、魔力の操り方がより難しくなってくる。


 そして最後、第三段階は、魔力を体外に放つこと。

 即ち「魔法」。

 あるいは「魔術」。

 ただし、魔法と魔術は同じ意味ではない。魔術は、先人によって確立された発動方法が存在し、魔力の扱いに長けた者であれば一朝一夜で身に着けることが出来る。多くの人間が扱うことが出来る代わりに、その効果は簡素なものが多い。

 それに対し、まだ発動方法が確立されておらず、使用者がごく少数に限られている魔術こそが「魔法」である。


 魔術を「量産型」と表現するなら、魔法は「オーダーメイド」というべきだろう。

 その威力は極めて強力。しかし、魔法を使うというのは訓練や努力でどうにかなるものではなく、才能やセンスといった無慈悲な言葉で片付けられてしまう。

 ――えー? うーん、そうだな……なんというか、こう、普通の回復魔術を使う感じなんだけど、そのための魔力を身体の中でかき混ぜてから出すっていうか、大体そんな感じ。

 王都で5本の指に入る、他者とは桁の違う回復魔法を使うことの出来るエリティアに、以前「魔法ってどうやったら使えるんだ?」と質問したらこう返ってきた。

 常人にはどうやっても理解できない領域らしい。


 クレイはその魔法を多少使えるが、魔力を纏うことはできない。

 ……分かったぞ。なんだ、とてつもなく簡単なことじゃないか。


「クレイ、お前が魔力を扱えるようになるまでそう時間はかからない」

「……? どうして?」


 不思議そうに、クレイは聞き返す。


「いいか、お前は歩き方どころか、立ち上がり方すら知らないのにも関わらず、全速力で走ろうとしている」

「歩き方? 走る? それってどういう意味?」

「……今から説明する」


 残念ながら伝わらなかった。

 我ながら良い例えだと思ったんだけどな。

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