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20 夕食(深夜)

「……よし、こんなもんでいいか。夜中だしな」


 市場で買っておいたパンをいくつか皿に移し、その横に、溶いた卵にサッと火を通した付け合わせを添える。


「あ……いつものクセでつい半熟にしちゃったけど、大丈夫か? というかそれ以前に、魔族には卵を食べる習慣があるかも分からないな」


 食卓に軽食を用意しつつ、そんな独り言を呟く。

 南門から徒歩20分。今夜戦闘が行われた地点から、東方向に何本か通りを跨いだ場所にある住宅街。その内の一軒が俺の家だった。

 ここに到着してまず初めに「風呂と食事。どっちが先がいい?」とクレイに訊くと、あいつは「お風呂に入りたい」と答えたので、家の紹介も兼ねてバスルームまで案内した。

 まあ、案内が必要なほど広い家ではないのだが、一応。


「風呂に入る前に、何を食べるのか訊いておけばよかったな……」


 ……で、俺はクレイが入浴している間に食事の用意をしておくことにし、現在、それが丁度終わったところだ。

 先に一人でイスに座り、テーブルに頬杖をついてクレイを待つ。


「……戦って汗かいたし、俺ももう一回入ろうかな……いや、まあ、明日の朝でもいいか。眠いし」


 ……さて、明日はどうしよう。

 明日――というか、正確には明日から。

 当面の目標は、ラミス姉さんに魔力障壁の仕組みについて尋ねることだが、そのためにはまず六路騎士団が遠征から帰ってくるまで待つ必要がある。

 それまではとりあえず、クレイに魔力の扱い方を教えつつ、ひっそりと暮らすしかないか。

 明日はまず、特訓ができるような人気のない場所を探さないと――


 ……ガチャ。

 と静かに音がして、廊下側からドアがゆっくりと開けられた。


「お、早かったな。もっとゆっくり入ってても――なっ!?」


 ドアを開けたのがクレイであることは分かっていた。俺は一人暮らしなので、今この家に居るのは俺とクレイだけだ。

 当然、風呂から上がったクレイが入ってくるものだと思っていたし、実際そうだった。

 ただ――

 クレイはなぜか服を着ていなかった。身体を拭く用に渡しておいたサイズの大きいタオルを巻いているだけの状態で、俯きながら部屋に入ってきた。


「なにしてんだ、お前……」


 タオルを一枚巻いただけだと、身体のラインがはっきりと出てしまう。そんな状態でも主張が控えめな胸はともかく、本人が言っていた通り、確かに腰は引き締まって……違う、違う。そんな感想を抱いてる場合じゃない。


「……魔族って、裸族なのか?」

「違うわよ! 魔族にだって羞恥心くらいあるわ!」

「じゃあなんでタオル一枚なんだ? 服はどうした?」

「私の魔法で焼却したわ」

「……どういう意味だ?」

「言葉通りよ。あの黒いワンピースは焼やしたの。あれがあるとまたゴルビーが入ってきちゃうでしょ」

「……あ、そうか。ゴルビーはクレイの服に自分の魔力を帯びさせておいて、それをアンカーに転移魔法で王都に侵入したんだったな」

「そうよ。お気に入りの服だったけど、背に腹は代えられないわ。……というわけで」


 クレイは理由を簡潔に説明し、さらに、そこから生じた新たな問題を述べた。


「私、着る服がないんだけど……」

「…………」


 ……わざわざここまで来なくても。

 浴室から呼んでくれれば持って行ったよ……。



   * * *



「セラクって料理できたのね。なんか意外」


 食卓に並べた軽食を食べ進め、その8割ほどを平らげたところで、クレイは感心したように言った。

 夢中で黙々と食べていたので、どうやら口にはあったらしい。


「料理と呼べるような物じゃないけどな、卵はただ焼いただけだし、パンに至っては買ってきたやつだ」

「ふうん。まあ、なんにせよおいしいわ」

「そりゃよかった。……なあ、もうちょっと手を上げないと袖につくぞ」


 クレイにはひとまず俺の服を貸した。丈の合ってないズボンに、サイズが一回り大きいシャツ。そのせいで、袖が食事に引っかかりそうで危なっかしい。


「袖がある服って昔から苦手なのよね。私、新しい服が欲しいわ。ノースリーブの」

「ああ、買うのは別に構わないけど、問題はクレイが魔族だということがバレないよう、どうやって店で購入するかだ」

「それならまず、人目につかないことが大事ね。明日は朝一番に出掛けるわよ」

「嘘だろ、もう夜中なのに……今から寝たとして、4時間眠れるかどうかだぞ」

「十分じゃないの。魔族は3時間くらい睡眠を取ればコンディションを保てるわ」

「いいなぁ、それ。俺は7時間は寝ないと体調を崩すっていうのに」

「人間は脆弱ね――ごちそうさま。まだ食べ足りないわ」


 と、最後の一口を飲み込み両手を合わせるクレイ。ついでに不服も述べた。


「…………」


 ……一気に色々言い過ぎだ。 


「魔族は人間の2倍食べないと身体のパフォーマンスを維持できないの」

「バランス悪っ! それなら睡眠時間を伸ばして代謝を下げろよ!」

「私に言わせてみれば人間の方が不便だと思うわ。長時間起きてて活動した方が効率的じゃないの? 食事の量が多いのは、代償としては安いものよ」

「そう言われるとそんな気がしてきたな……ただ、その辺の事情は抜きにして、人間だろうが魔族だろうが、単純に今は夜中なんだから、こんな時間に食べ過ぎるのはよくない。太るぞ」

「ぐっ……それを言われると……ふぁ……」


 クレイは大きなあくびをしながら眠そうに、人さし指で目をこする。


「……ある程度空腹が満たされたら眠くなったわ。セラクは長時間眠らないといけないんでしょう? 明日に備えて、今日はもう寝ましょうか」

「ああ、そうだな。それで寝床の件なんだけどさ、クレイ、3時間寝るだけでいいなら床でよくないか?」

「いいわけないでしょ。魔族だって寝具にはこだわるのよ」

「俺も4時間しか寝れないとなると睡眠の質にはこだわりたい」

「さっき、私の願いを叶えてくれるとか言ってなかった?」

「魔族の睡眠時間の話を聞いて気が変わった。この家にベッドを2つ置ける余裕が無い以上、毎回どちらかは床だ。となると、ベッドは脆弱な人間に譲ってほしい」

「いいわ。だったらこれから毎晩、公平に決めようじゃない。さあ、手を出しなさい」


 と、クレイは右手を握りしめ、構える。

 俺もそれに応じ、同じように手を構えた。


「俺も本当はお前をベッドで寝かせてやりたいが、今日はめちゃくちゃ疲れたんだ。悪く思うなよ」

「フフ、まるでもう勝ったみたいな口振りね。6日連続でか弱い少女が床で寝なければいけないなんて、そんなことを天が許すはずないわ。ベッドで寝るのはこの私よ」

「一回勝負だ。いいな?」

「ええ、もちろん。行くわよ――」


 クレイは大きく息を吸い、叫ぶ。


「最初はグー!」


「ジャンケン――ポン!」

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