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14 戦いのあとに

「ぐ……あぁ……」


 鼻を抑え、苦しそうに(うめ)くゴルビー。

 痛む足を引きずりながら、俺はその傍らに近寄った。


「……どうだゴルビー。これが勇者の鉄拳制裁――ああ、いや、鉄脚制裁ってやつだ」

「くそっ……てめぇ、殺してやる……!」


 ゴルビーはその巨体を起こし立ちあがったが、身体がヨロヨロとふらつき、安定してしない。


「今のは流石に効いただろ。しばらくはまともに戦えないはずだ」

「ハァ……ハァ……分かってんなら早く殺せよ」

「殺さない。さっさとオークたちを連れて王都から出ていけ」

「情けを掛けてるつもりか? 反吐が出るぜ……」

「違う。クレイはお前を一発殴りたいだろうからな。あいつが魔力の扱い方を身に着けて、お前を超える日が来るまで――その時がくるまでは生かしておいてやるって言ってるんだ。分かったらおとなしく帰れ」

「……ああ、そうかよ。そんな日はこねぇけどな。次に会ったら絶対に殺す。覚えてろよ」


 そう言ってゴルビーは、自分の目前に大きな魔力の渦を生み出した。そして、大きく息を吸って――


「てめぇら撤退だ! 渦は5分で閉じるからな! 間に合わなかったらここでお陀仏だぞ! 動けねぇ奴がいたら抱えて連れてこいよ! 仲間を連れてきた奴には、他の奴より多めに食い物をやる!」

「……なんだ、意外と面倒見がいいじゃないか。てっきり部下は切り捨てて逃げるもんだと思ってた」

「ああ? 勘違いするなよ。無駄に自軍の兵力を減らす魔王がどこにいる」


 ゴルビーが号令して渦の中に消えると、それに他のオークたちも我先にと続いた。このペースなら、3分もせずに王都から魔物はいなくなりそうだ。

 ……さて、クレイの元に戻らないと。

 僅か数メートルの距離を、重い足取りでゆっくりと向かう。

 自分の周りの土煙が晴れ、周りが見通せるようになった頃には全てが終わっていたらしく、何が起こったのか分からないといった様子で、クレイは茫然と立っていた。

 よかった。どこも怪我はしてなさそうだ。ただ、傍目には見えない傷があるかもしれないし、一応。


「無事か、クレイ」


 そう訊く。


「それはこっちのセリフよ。セラクが満身創痍じゃないの」

「7割は自分の攻撃の反動だけどな」

「……ねえ、ゴルビーを逃がしてよかったの?」

「ああ。自分の部屋に侵入した変態野郎には、クレイが直接罰を与えたいだろうと思ってな」

「あいつ。あれでも結構強いのよ。私なんかがゴルビーに勝てるようになれるかしら?」

「なって思いっきりビンタしてやれよ。鉄掌制裁ってやつだ」

「あ、そういえばゴルビーにも、鉄脚制裁とかなんとか言っていたわね」

「ああ、技に名前を付けようと思って咄嗟に言った。拳じゃなくて足技だから鉄脚制裁だ」

「……ダサイわ。無言の方がマシなくらいには」

「…………」


 真っ向から否定されてしまった。

 跳び膝蹴りの技名はまた一から考え直すか……。


「……さあ、そんなことより、この混乱に乗じて早いとこ王都を出るぞ」

「自分の技名についての会話を『そんなこと』で片付けていいの?」

「いいんだよ――よいしょっと」


 言いつつ、俺が再びクレイを抱えると、クレイは水中から引き揚げられた魚のように暴れた。


「ちょっ、ちょっと! これじゃどっちが怪我人か分からないでしょ!? 流石にもう自分で歩くわよ!」

「分かってるからバタバタするな。今はオークが急に撤退を始めたことで、兵士や冒険者もゴタゴタしてる。元々周りにいた奴らはゴルビーを恐れてここを離れているし、近くに人はいない。かなりの好条件だ。今のうちに迅速にここを離れたい。だから王都を出るまでだ。そこからは自分で歩い――いや、飛び跳ねてくれ」

「……言い直さなくていいから」

「ああ、じゃあ行くとす――」

「セラク様!」

「………………」


 俺とクレイは、二人して固まる。

 歩き出そうとした瞬間、背後から敬称を付けて呼び止められた。

 呼ばれた以上振り返らないわけにもいかないので、仕方なく声がした方へ向き直る。


「セラク様、ご無事でしたか!」


 ……げ、六路騎士団。

 声を掛けてきたのは、市民の目を引く特徴的なマークが刻印されている分厚い甲冑に身を包んだ、六路騎士団の人間だった。敬称付けということは、少なくとも人間であることは確定していたわけだが……。

 しかし、幸いにもその数は一人。集団に見つかっていたら危なかった。


「その格好……有事の際の防具を着用しているということは、城から駆けつけてきたみたいだな」

「はい! たった今到着したところです! 団長たちは討伐遠征で王都から出ておられるため、それに同行せず待機していた我々だけではありますが。それで、状況の程は?」

「魔物を率いていた魔族は撃退した。それに伴い、他の魔物たちも既に撤退を始めている。王都には転移魔法で侵入してきたようだ。あそこのデカい渦から全員帰っている」

「なるほど! では逃走を図る魔物を追撃いたしましょう!」

「駄目だ。怪我人の保護や被害状況の把握を優先しろ。逃げるオークを狩っても無駄に消耗するだけでこちらに得はない。それと、この辺り一帯の魔物の魔力反応を消し去っておくように、城の魔術師たちに伝えておいてくれ」

「はい。心得ました。見たところひどい怪我をしておられるようですが、此度の敵はそれほどの者だったようですね。転移魔法を使うということは、パーティが分断されての戦いを強いられたのでしょう。クターニー様、カサマ様、エリティア様はどこに?」

「…………」


 酔いつぶれているので来てません。なんて言えないよな……。


「分からない。エリティア以外とは合流する前に会敵して戦闘状態になったからな。二人はおそらく別の場所で戦っていたはずだ。エリティアはこの近くにいる。多くの負傷者を連れているから、早く見つけてやってくれ」

「かしこまりました。しかし、その……」

「どうした? まだなにかあるのか?」


「あの……」と言い出しにくそうに、恐る恐る、騎士の青年は言った。


「私の記憶違いでなければ、セラク様が抱えておられる少女は確か……魔王ディアグレイの娘では?」

「…………」


 聞くに決まってるよなぁ、そりゃ。

 しかし大丈夫だ。問題ない。一人ならごまかせる。

 

「ああ、そうだな。この魔族の少女はディアグレイの娘だ。先日、俺が捕まえてきた」

「ええ、知っています。城の地下牢に捕えていたと聞かされていましたが……何故ここに?」

「フフ、分からないか? この難攻不落の王都に敵が攻めてきたということは、敵の狙いはこいつに決まっている。おそらく、魔王を失って勢いが落ちた魔族たちには、勢力を再興させるために『魔王の娘』というシンボルが必要なんだろう。そう読んだ俺は、この少女を牢から連れ出し手元に置いた。そうすれば俺がやられない限り、こいつが敵の手に渡ることはないからな」

「なるほど。仰る通りです! そこまで考えておられたとは!」


 ……納得してくれたようだった。

 馬鹿で助かった……。


「お時間を取らせて申し訳ありません! では、私はこれで!」


 騎士はサッと敬礼を済ませ、大通りを走り去っていった。


「……危なかった」

 これ以上誰かに見られるわけにはいかない。ここから外に一番近いのは南門だ。そこへ行くことにしよう。

 俺は南門へ向け、早足で急いだ。

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