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13 VS.灰色のオークー4

「……どうした? あいつの攻撃が当たったのか? すまない、右からくる打撃は全力で避けているつもりだったんだが」

「違うの。私はゴルビーのパンチは一発も喰らっていないわ。……その代わりに、セラクがボロボロになってしまっているけど」

「俺は大丈夫だから気にするな」

「……私、いつもこうなの。いつもいつも力不足で、足手まとい。魔王の娘に生まれていながら、戦果をあげたことは一度もなくて、お父さんの仇も討てなくて、私のせいでこの街にゴルビーが来てしまって、挙句の果てには、私を助けようとしてくれたセラクにまで迷惑をかけてしまって……グスッ……」

「おい、泣くなって……」

「ごめんなさい、セラク……本当に、ごめんなさい……」

「…………」


 クレイの瞳から零れた涙が数滴、地面に滴り落ちる。

 魔族の最高位に位置する者の子供として、周りからの大きな期待と、相当な重圧を、その身に背負ってきたのだろう。

 背負いきれなく――なったのだろう。


「ヒヒ、てめぇとは割と長い知り合いだったが、泣いているところを見るのは初めてだな。自分の無力さに今頃気づいたか? 十年遅いんだよ」


 と、ゴルビーはクレイを嘲笑(あざわら)う。


「クレイ。てめぇは知らねぇだろうが、ディアグレイは常々言ってたぜ。『あの子は他人に分け隔てなく接する優しい心を持っており、我の子供の中でも随一の魔力を宿している。素質は十分だ。いずれは我を超える魔王になってくれるだろう。その時が来るまで』……なんだったけな。この先は忘れちまったが、まあつまり俺が言いたいのは、期待外れだったな、ってことだ」


 自分の無力さに今頃気づいた――か。

 ……そんなはずがないだろう。クレイはずっと苦しんできたはずだ。葛藤してきたはずだ。優秀な魔王の娘であろうと――していたはずだ。


「うぅ……グスッ……お父さん、ごめんなさい……」

「……クレイ。なあ……クレイってば」


 必死に声を押し殺して泣くクレイに、俺は呼びかける。


「良質な魔力を持っているなら、それの正しい使い方を覚えればいいだけだ」

「……そうしようと頑張ったけど、ザイデンシュトラーセン城の世話係から丁寧に教えてもらったけど……けど、出来なかった。私には……才能がないから」

「だったら俺が教えてやるよ。そのなんとか城の世話係より、俺の方がうまくレクチャーできる」

「その自信は……どこから出てくるの? セラクは全力を出すと、反動で自分も大怪我をするんでしょ……?」


 泣いているくせに、割と痛いところを突いてくるな……。


「俺はそうだけど、お前は豊富な魔力を持ってる魔族だからなんとかなる。多分」

「……私、セラクより強くなれる?」

「なれるさ。……まあ、あんまりなってほしくないけどな」

「――おいおい、待ってくれよ。理解できねぇなぁ」


 わざとらしく、ゴルビーは首を傾げる。


「迷惑かけてごめんなさいって、謝って済むなら勇者はいらねぇぜ? 勇者は人間が住む街を守るのが仕事なのに、その守るべき街を台無しにされた。しかも、魔族に魔力の扱い方を教える? それって立派な裏切りじゃねぇか? 勇者が魔族に協力していいのかよ? いいわけねぇよなぁ?」

「今の段階ではまだ、被害を受けたのは王都のほんの一部分だけだ。ここでお前を追い返せば被害は軽微で収まる。勇者が魔族に協力する件についてはお前の言う通りだ。普通に考えて、人類への反逆行為とみなされるだろうな。だからもう――俺は勇者を辞める」


 ハッキリそう、俺は口にした。


「……セラク!? 何を言って――」

「静かに。今カッコつけてる最中なんだ」


 クレイを制し、言葉を続ける。


「人間だから無条件に味方をするとか、魔族だから問答無用で戦うとか、そういうのはやめることにした。正義や正しさを崇めるつもりもない。ただ、せめて俺は――悪くない奴の味方でありたい」

「ああ? 何言ってんだ、てめぇ……」

「ピンとこないか? じゃあもっと簡潔に言ってやる――か弱い女の子を泣かせるような奴は、魔族だろうと人間だろうと許さないって言ってんだよ!」

「ああ、なるほどな! つまりてめぇを勇者として殺せるのは今日までってことか!」

「そういうことになるな! そして同時に、お前が、勇者セラク・ラーミックの全力を体験する最後の1人でもある。帰ったら他の奴らに自慢するといい!」

「俺に近寄れもしねぇくせになにが全力だ。笑わせるな!」

「今のうちに笑っておけよ。その笑顔――引きつらせてやるからな」


 割と悪役っぽい脅し文句になってしまったことを反省しつつ、俺は臨戦態勢を取った。

 よし、空気が張り詰めた。ここで隙を作って一撃で決める。

 俺自身の身体の無事を顧みないのであれば、ゴルビーの意識を一瞬逸らすだけで十分だ。

 ただ、挑発はうまく決まらなかったからな、ゴルビーの言っていた行動を取るのは不服だが、ここはオトリを使うしかない。

 ゴルビーに気付かれないように、俺は右手の指でクレイの身体を軽くトントン、と叩き合図を送る。


「やっ、んっ、なに? 急に指をモゾモゾしないでよ……どうしたのセラク? いや、別に嫌なわけじゃないけど、くすぐったいっていうか、こんな場所では恥ずかしいっていうか……」

「…………」


 小声で、恥ずかしそうに反応するクレイ。

 ……伝わってない。いや、まあ、そりゃそうか。


「……違う。敵を前にしてセクハラをする奴がいるか。あれだよ、あのセリフを今こそ言え。今度は最後まで聞いてやる。そのあと、お前があいつを挑発しろ」 

「あれ……? ああ、あれね」


 うん、察しがよくて助かる。

 ヒソヒソとしたやり取りを終え、クレイは言った。


「セラク――私を降ろして」


 そのセリフを、俺は今日一日で何回聞いただろうか。数えていないので知る由もないが、ただ、少なくとも、この願いを聞き届けるのは今回が初めてだ。


「ああ、分かった」


 俺はクレイを降ろし、彼女を地面に立たせる。


「なんだ、なんだぁ? 結局お荷物を抱えたままじゃ本気で戦えませんってか? クク、どのみち鎖で縛られてんだから満足に動けねぇだろ。クレイを庇いながら戦うつもりか? 俺に勝つ気でいるんなら、足手まといを切り捨てる覚悟が必要なんじゃねぇか?」

「黙りなさいゴルビー。あなたごときじゃ私に傷を付けられないわ」

「……はぁ?」

「聞こえなかった? 勝手に人の部屋に入って服を物色するような下衆じゃ、私に触れることはできないと言ったのよ」

「……全部聞こえてんだよ。まったく、てめぇを見てると昔のアルジーラを思いだすぜ……!」

「私のお姉ちゃんを? ……ああ、そういえば、あなたは昔からやけにお姉ちゃんに拘っていたわね。アルジーラお姉ちゃんに相手にされないからって、その鬱憤を私にぶつけていたの? だとしたら――哀れね」


 凍りつくほど冷ややかな声色で、クレイは言い切った。

 ゴルビーの顔は怒りに震え、狂気の宿った目を見開く。


「……殺すのはやめだ。てめぇはこのまま連れ帰って、ギタギタに痛めつけて、アルジーラの前に転がしてやる!」

「――陰湿ね。だからあなたには誰もついてこないのよ」

「黙れ! もう喋るんじゃねぇ!!」


 ゴルビーは両手の拳を握り合わせ、大きく腕を振りかぶった。そして、空中に魔力の渦を出現させる。

 クレイには挑発の才能があるな。……あって喜ぶべき物なのかは微妙だけど。


「……かなり怒っているわよ。セラク、これでいいの?」

「ああ、上出来だ。潰されないように避けろよ」

「この状態で避けられるわけないじゃない」

「力任せに殴ってくるだけだ。ただ身体を後ろに引くだけで躱せる。こんな感じでな」


 俺がクレイの手を引っ張って背後に下がった瞬間、力いっぱい振り下ろされたゴルビーの腕が渦を通って、クレイがいた地点の上に現れる。


 ――ドゴォン!


 大通りに敷き詰められた石造りのタイルを破壊する凄まじい爆音と、視界を遮る土煙が辺りを覆う。


 さあ、行くか。

 スタートする予備動作さえ見られていなければ、俺のスピードに後出しで対処するのは不可能だ。

 走るのではなく――跳んで近づく。


 俺は右脚に全ての魔力を集中させ、思いっきり地面を蹴りつけた。

 ゴルビーが、土煙の中から現れた勇者に気付いて防御用の渦を作りだすよりも早く、俺は灰色の体毛をしたオークの眼前にたどり着いた。


「――これが勇者の飛び膝蹴りだ!」


 地面を踏み込み、ゴルビーの顔に向けて跳躍する。

 物理的な衝撃を吸収する【ハッドグレーオーク】の体毛――それが唯一生えていない大きな鼻に、俺の膝が突き刺さった。


「ガッ……フッ……!」


 体勢を保とうとする余裕もなく、力なく仰向けに倒れ込むゴルビー。

 そして、右脚に走った激痛により、着地に失敗する俺。……腕を使って身体を起こし、なんとか立ちあがる。

 痛い……足首の骨が折れたかもしれない。膝の皿も割れたかも……。


「……ふぅ」


 だが、ともかく。


「……決着はついたな、これで」

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