12 VS.灰色のオークー3
「……どういうこと、ゴルビー?」
不可解だ、と言いたげな瞳で、ゴルビーを睨みつけるクレイ。
「どうもこうもねぇよ。俺はクレイのおかげでここに来れた。それだけだ」
「……勿体ぶらないで話しなさい」
「グハハ、そう急くなよ。本来、俺がてめぇに話してやる義理もねぇんだから、聞けるだけありがたいと思いやがれ。なに、簡単なことさ。てめぇが今着てる服は、誰も気づかないくらいに少しだけ――俺の魔力を帯びている」
「……な、何を言っているの?」
「だからよぉ、簡単な理屈じゃねぇか。ちょっとでも俺の魔力が存在する場所には出口が開けるんだから、俺の魔力を帯びた服を着たてめぇがいる場所には、俺はいつでも行きたい放題ってわけだ」
「……あなたを私の部屋に招いた覚えはないし、ただの一度だって服を触らせた記憶もないけど」
「ああ、俺が密かに仕込んでおいた細工だからな。そりゃそうだろ」
「……最っ低」
青ざめた顔で、唾棄するようにクレイは言い捨てる。
「そう言うなよ。てめぇ部屋のセンス、結構イケてると思うぜ?」
「黙りなさい!」
「クク、てめぇなら絶対父親の敵討ちに向かって、人間どもの街へ接近するだろうと思ったから手を打っておいたんだが……まさか捕まって本拠地に連れ込まれるとはな。いやぁ、お手柄だったぜ」
「まったく……度し難いクズね……!」
「ハッ、今からてめぇらはそのクズに殺されるんだよ! 【地平渦】!」
ゴルビーは再び魔法を唱え、目前に魔力の渦を出現させる。そして、そこに向けて右手でパンチを放った。
さっきと同じように左から出てくるのか、それとも別の場所を使ってくるか……。
結果は後者だった。渦はさっきとは真逆の方から出現した。
俺は、そこから勢いよく飛び出したゴルビーの腕を避け――
「――ぐっ!」
右からの攻撃を避けたはいいが、左方向から現れ襲って来たもう一本のゴルビーの腕が、俺の身体を殴りつけた。
「出口を2つ同時に作れるのかよ。普通は1つで限界のはずなのに、本当に器用な奴だな……!」
あの豪快な見てくれでここまで高等な転移魔法を使えるとは。スピードの遅さを帳消しにできて、破壊力はそのまま。厄介だな……。
――だったら!
「近距離戦でカタをつける!」
「おっと。それは遠慮してもらうぜ。人間ごときが次期魔王に近づくなんて恐れ多いだろ?」
ダッシュで近づこうとする俺の前に、ゴルビーは大きな渦を作りだした。
俺はすぐさま急ブレーキをかけ、慌てて足を止める。
……危なかった。コレに飲み込まれたらどこに飛ばされるか分かったもんじゃないぞ。
「近づいてくるってことは、飛び道具は使えねぇらしいな。ヒヒ、このまま削らせてもらうぜ。ダラダラと無駄話をしている間に、この辺りに俺の魔力を散布しておいた。攻撃方向は自由自在。つくづく抜け目がねぇな、俺は」
盛大な自画自賛をしながら、様々な方向から狡猾な攻撃を繰り出してくるゴルビー。
右からの一撃を躱し、左からの拳を腕で防御。背後からの攻撃は身体を捻り、なんとか直撃は回避した。
しかしダメージは溜まっていく一方だ。なんとか距離を詰めなくてはならないが、ゴルビーもそれは警戒している。
「グハハ! 一方的じゃねぇか! いいねぇ!」
「……くそっ!」
頭上からの振り下ろされた腕を避け、左に魔力の渦が発生したのを見て、右へとステップを踏む。しかし、それを読んでいたのだろうか、ゴルビーは右方向にも渦を作りだし、そこから鋭い一撃を放ってきた。回避は間に合わない。防御を……だが、右腕で防ぐとクレイが……!
「グハッ!」
俺は空中で身体の向きを変え、無防備な腹部で攻撃を受けた。
流石にコレは効く……吐き気がしてきた……。
「セラク!? 大丈夫!?」
「……なんとか。……うぇ、ものすごくお酒を飲んだ日の深夜みたいな気分だ」
「……よく分からないけど、そうまでして私を庇う必要は……」
「ないよなぁ!?」
喜々として、ゴルビーは俺たちの会話に割って入る。
「勇者様よぉ、そいつを降ろして戦った方がいいぜ! 万全じゃない敵を倒すのは俺の良心が痛んじまう!」
「……セラク。とても屈辱的だけど、ゴルビーの言う通りよ。私を抱えたままだと満足に戦えないでしょ? だから降ろ――むぐっ!?」
「ストップ」
そう言って、俺はクレイの口を塞ぐ。
「さっき約束したからな。それ以上言われると降ろさざるを得なくなってしまう。だから口止めした。物理的にな」
「……!?」
「おいおい、どうしてクレイを降ろさねぇんだ、勇者様ぁ?」
「うるさいな。俺がクレイを降ろしたら、お前は真っ先にこいつを狙うだろ。だからだよ」
「まあ、俺はクレイをぶっ潰してぇからな。だが、オトリとして使えばいいじゃねぇか。俺がクレイを殴ってる間、てめぇは渦を1つだけ相手すればいいんだからよ。いわゆるチャンスってやつだろ?」
「そんなチャンスはいらないし、俺が本気を出せばこの戦いは一瞬で終わる」
「……ああ!? だったらさっさとやってみろよ! また『俺も無事じゃ済まないから』って言うのか? もう既に相当ダメージを負ってると思うんだがなぁ!」
怒号と共に、渦を介して飛んでくる拳。
ゴルビーの熾烈なラッシュを凌ぎながら、俺は考えを巡らせる。
――一瞬。
一瞬でもゴルビーに隙ができれば、近づいて攻撃を叩き込める。
接近を警戒されている現状では、全力で踏み切ったとしても渦で対処されてしまう。
どうにかしてゴルビーの意識を逸らさないと。
どうする、挑発でもしてみるか?
「……おいお前! こんな移動に適した能力を持ってるんだったら、あの時、仲間を引き連れて魔王を助けに来いよ!」
「だから! 俺はその時点ではもう反魔王派だったんだよ!」
「じゃあ魔王派の連中はなんで来なかったんだ! いないとか言ったらぶっ飛ばすぞ!」
「そりゃもちろんいるさ。いや『いた』の方が正しいか。あの腰抜けな平和主義者共の現状を教えてやろうか? かつての魔王派は、本拠地であるザイデンシュトラーセン城を追い出されて、今頃放浪の旅の最中だろうぜ。ディアグレイの危機にそいつらが駆けつけなかったのは――俺たち反魔王派が圧力を掛けていたからだ」
「……この外道が!」
「むしろ褒め言葉だ。そんな安い挑発には乗らねぇ。残念だったな。」
「ぐ……!」
見透かされている……!
「グッハハハ! 万策尽きてあの勇者様が挑発とはな! こうもあっさり勇者を追い詰められるとは思わなかったぜ! ありがとうよ、クレイ! 勇者の足手まといになってくれてよ! 転移魔法の出口の件といい、てめぇにしては中々役に立ったじゃねぇか! さっきこの街から脱出中とかなんとか言ってたが、魔王の娘であるてめぇにはもう、戻る場所なんてねぇぜ!」
「まったく、優勢だからって好き放題言いやがって……!」
腹立つな、もう……! きっとクレイも言い返したいだろう。
俺は素早く後ずさり、一旦ゴルビーの連続攻撃から逃れる。そして、クレイの口元にあてがっていた手を離した。
「さあ! クレイもなんか言ってやれ!」
「…………」
「……クレイ?」
クレイは何も言い返さず、それを不思議に思った俺が彼女の方に目を向けると、美しい銀色の髪をなびかせる魔族の少女は――瞳に涙を浮かべていた。




