第48夜(学園編) 依頼受諾
前回のあらすじ
前王ショックで倒れる。
ハルト、ルキウスを脅す
ルキウス、学園にかかる費用全負担する。
一方。
「‥‥ざっくりと (ルキウスの顔を立てつつ)要約すれば、ルキウス国王陛下の温情と謝罪でマイネス伯爵の (本当は妹だけど)弟君がブーゲンビリア学園に入学することになったんだが、ここからが困ったところだ。結論から先に言うと、彼に近づいてほしい。」
あの食事会から更に数日後、スフィアは宰相であるルークに呼ばれ、二人きりで話していた。‥‥正確には彼の執事と宰相の補佐官2人までいたので完全な二人きりでは無かったが。
ルークはそうため息混じりにスフィアに依頼する内容を端的に要約して語ると、続けて聞いた。
「ハルト・マイネス伯爵を君は知っているか?」
妙に緊張感を伴う質問だった。それにスフィアは険しい表情で告げた。
「‥‥いいえ。」
数日前にその名前を聞いてから、スフィアは自身の記憶‥‥ゲーム内での知識から該当の人物を探したが辺境伯領自体がゲーム内では既に滅びていた為、ハルト・マイネス伯爵‥‥その弟だというシヴァリエも含め全く知らなかった。歴史の変わった余波で登場することになったゲームのモブだと思われるが、伯爵の領地である辺境伯領は8年前の戦争で殆ど被害を被らなかった為に、今やフローレンスの経済と食糧事情の一端を握っている場所だ。決してフローレンスにとってモブではない。
ルークはそうか、と小さく肯定した。大方、未来が見えると周りには言われている彼女なら、二人を何かしら知っているか、もしくはその未来が見えるだろうと思われていたのかもしれない。
「貴方は国の中枢より国を理解している方だ。そんな貴方でも伯爵を知らないとは‥‥。」
ルークは特にスフィアを咎めることはなく、穏やかに説明した。
「マイネス伯爵は10年程前に辺境伯領を継いだ人間だ。そして、その領地、辺境伯領は今、フローレンスで1番栄えていると言って過言ではない場所。つまり、伯爵はその繁栄を主導した人物というわけだ。」
スフィアはその説明を聞きながら、人伝に聞いた辺境伯領の話を思い出す。フローレンスには珍しい他種族と人間が共存している地域であること。列車や自動車が走り、近年は水力と風力発電所が着工予定であるらしい程に近代化していること‥‥その他にも色々と繁栄ぶりを思わせる話は多い。
フローレンスは、いや、あのゲームは仮想西洋の中世を模していた。それを思えば、産業革命を起こしている辺境伯領はスフィアにとって未来の不安要素だ。辺境伯領の技術革新によってまた歴史が嫌な方向に変わるかもしれない。
ルークは淡々とその内心がどんなものか全く想像できない口調で続ける。
「‥‥辺境伯領は今や無くてはフローレンスの生活が維持出来ないほどになっている。‥‥だが、当代のハルト・マイネス卿になるまで王家も貴族も殆ど辺境伯領に関わらなかったせいで、伯爵自身はどうもフローレンス、ひいては国王陛下に従うつもりが無い。」
曰く、ルークは8年前からその伯爵を知っているが、再三の謁見命令や議会参加命令など自分の都合の良い時は応じるが、それ以外はのらりくらりと理由をつけて反故にすることが度々あり、非常に対応に困っているとのことだった。
「‥‥辺境伯領の豊かさにフローレンスは依存している。なくてはならない。とはいえ、伯爵の態度はあまりに目に余る。この8年、懐柔策はとって来たが‥‥伯爵は応じる気がない。これでは、フローレンスは辺境伯領の領主の機嫌を伺いながら政治をするような事態になりかねない。」
ルークの懸念は深いものがあった。影響力が計り知れないというのに従属しない臣下ほど手に負えない。
「そこで彼の弟であるシヴァリエを利用することにした。」
「‥‥彼を懐柔して味方にするのですか?」
「ああ。伯爵は唯一の家族のせいか、いたくこの弟を大切にしている。在学期間である3年、シヴァリエをこちら側にすれば、向こうもこちらを無下にすることが出来ないだろう。」
ルークの話をまとめれば、彼はシヴァリエを辺境伯領とフローレンスの橋渡し役にしたいのだ。
数百年間、辺境伯領は差別されてきた。その溝を埋める工程を今からしなくてはならない。だというのに、ハルトはその溝を埋める気がない。彼をその気に、説得できる存在がフローレンス側に必要だった。
「どうもあの伯爵と対等に話せるのは数人しかいないようで。シヴァリエや商人、取引のある人間以外は軒並みダメだった。私も含め貴族は誰一人、伯爵を説得出来た試しはない。」
「‥‥だからこそ、シヴァリエを懐柔するのですね。」
「そうだ。‥‥とはいえ、政治的な意味合いも含め、下手な人材にそれを任せられない。国の現状をよく分かっている人間、尚且つ、彼を味方側に引き入れられる人間ではないと難しいだろう。」
そこでスフィアに白羽の矢が当たったのだろう。同じ学園の一年先輩になってしまうが在校生で、フローレンスに対する熱意は誰よりもあって、更にその未来が見えていると言われ、数多くの騎士や貴族に信仰されるルーシフーの乙女。‥‥十分すぎる程に適材だ。
「‥‥君が引き受けるかどうかは、君の意志に任せる。他にも依頼している人間はいるにはいる。気を負わないで欲しい。」
スフィアが考えるに、ルークはどうしても伯爵を丸め込みたいのだろう、フローレンスの為に。だから、わざわざ宰相という、人に任せて自身はその後ろで指示するだけで表には決して出向かない役職ながら、こうしてスフィアと直接対面している。
考える。
辺境伯領はもう存在自体が逸脱している。これからを思えば、それをどうにか抑えたい。もしくはその辺境伯領の方針に口が出せる程の影響力を持つとか。婚約者を持つ身で男であるシヴァリエに近づくのは問題ありそうだがそれはルークが何とかしてくれるだろう。スフィアはそれに甘えてシヴァリエに近づき、丸め込めばフローレンスにとっても自身にとっても利はある。それにやっと出来たルークとの接点を捨てるには惜しい。
「引き受けます。‥‥詳しい計画を立てますか?」
スフィアは実に合理的な判断でシヴァリエに近づくことに決めた。
しかし、彼女は知らない。
シヴァリエが恋茉莉まこであることを。
「へっくちゅっ‥‥!!」
「おや、シヴァリエ様、くしゃみですか?」
「う~ん、誰かに噂されてるのかなぁ‥‥。」
「いい噂だと良いですね。」
「そーだねー‥‥。」




