第47夜(学園編) スフィア嬢への依頼
前回のあらすじ
ジュリオ死にかける
プロデューサー、何かする。
数週間後。
アルバトロン公爵家。
フローレンスでも名家中の名家。フローレンスの建国時、その中心人物として名を馳せた英雄の一人の子孫と言われ、歴代の当主は総じて国の宰相を歴任し、世襲した。故に王家に継いで地位の高い一族としてフローレンス内では認知されている。
因みに数百年も宰相職を世襲すれば、汚職や差別、怠慢など権力に胡座をかいて腐りそうなものだが、公爵家の人間は総じて真面目で正義感が強く、国への奉仕精神が強いという特徴があり、意外にもこの数百年、フローレンスの貴族が腐っていく中、高潔にその職を全うしていた。
そんな公爵家は数年前にグローゲンが敗戦の引退責任をとって宰相を辞めてから、グローゲンの息子であるルークが当主及び宰相職を継いだ。
しかし、ゲーム内では過去の回想でしか出てこない。なぜなら、公爵家の長男として生まれた彼は、彼が10代の時に公爵家から出奔し、失踪したからだ。理由は平民の女性と恋に落ちたことと‥‥貴族としての生活に鬱屈さを感じたから。
とはいえ、ゲーム内で語られるのは本当にそこまでだ。ゲームでは失踪した兄の代わりに次期当主となった次男の苦悩と恋愛が主たるものになる為、兄であるルークに何が起きて、平民と恋することになり、失踪したのか、その顛末は全く語られることは無い。
‥‥だが、知っている人間はいるのだ。
スフィアはゲーム内の彼に何が起こったのか知っている。
裏設定と言われるそれ、ルークという公爵家の跡取り息子、金も権力もあった筈の彼が全てを捨てた理由。
‥‥恋に溺れた相手にそれがある。
彼女は商人だった。
世界中を飛び回り、数多くの港を管理して、いずれは他国との貿易を目論む向上心の強い女性。そんな彼女の自由な生き方に貴族社会の狭い格式と腐った現状の中で息が詰まっていた彼は感銘を受けて、彼女の元に行ったのだ。
ゲームを思えば、ルークは既にその女性に会って12年程経っている筈だ。
スフィアは隠居したグローゲンとその妻にあたる人も含め集まるアルバトロン家との食事の席で、注意深く標的であるルークを見る。
ルークという人間はスフィアから見て、アルバトロン家らしい真面目さと正義感もある冷静沈着、実にクールな人間だった。ただ‥‥じっと見ていると何故かどこかで何度か見たような既視感を覚えるが、どこかで会っていた筈はないので気のせいだろう。
スフィアの隣にいる婚約者であるカイムは、多忙でこのところ本邸にもなかなか帰ってこれなかった兄が珍しく在宅し、目の前にいることが余程嬉しいのか、婚約者であるスフィアとの友好を深めようと催されたこの食事の席でもスフィアをほっぽり出して、兄と会話しようとしていた。
この食事会が終われば、彼はすぐに政務に戻るのが分かっている為に。
だが。
「兄上‥‥!あの‥‥。」
「カイム、俺と話したいのは分かるが後でな。」
彼はそんな自身の弟を諌めて、その言っている『後で』がいつになるかも分からないだろうに軽い口約束を交わして宥めた。スフィアの隣でそんなカイムは一瞬、その表情を曇らせると「分かりました‥‥。」と言って、口を閉ざす。兄にそう言われてしまえば、引き下がるしかない。カイムは残念そうに俯いた。
ルークとカイムは実に10ほど歳が離れている。そして、年の離れたカイムにとって宰相として辣腕を振るうルークは憧れだ。ゲーム内でもその気はあったが、彼にとって人生の目標=兄と言って過言ではなく、クールで何でも卒なくこなす兄はカッコイイ大人でもあり、認められたい人間だった。と言っても、ゲーム内ではその兄が居なくなったことでカイムは憧れと理解不能の間で揺れ動くことになるのだが。
スフィアは愛想良く微笑みながら、内心で考える。どちらにせよ。これからの未来を思えば、ゲームでのカイムの状態にしなければ、未来が変わってしまうのは必須。どうにかしなければならない。しかし、この宰相の多忙さによって、近づくタイミングは無いに等しい。スフィアは悩む。
だが。
「‥‥そう言えば、スフィア嬢。」
意外にもこういうものは突然、降ってくるものだ。当の本人であるルークがスフィアに突然声をかけた。
「近々正式に依頼がくるだろうが、一つ折り入って貴方にお願いしたいことがある。」
「?はい、なんでしょうか?」
「貴方はブーゲンビリア学園に在籍しているだろう。今度、入学する‥‥マイネス伯爵のシヴァリエを頼まれてくれないか?」
「‥‥あの‥‥どういうことでしょうか‥‥?」
突然の依頼に、スフィアは思わずここが実家でもない場所だというのに表情を崩してしまう。目が点になった。
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話は遡ってシヴァリエがジュリオ達と出会ってから2日程。
辺境伯領は激震の時を迎えていた。
ハルトとシヴァリエは対峙していた。
片や無言かつ無表情、片や緊張気味だが既に答えを見つけて決意した表情。そんな二人を部屋の外からグラスゴー達が僅かに扉を開けた隙間から見守る中、シヴァリエは先程、開口1番に言った。
「兄様、私、男として入学します‥‥!」
ワンモアプリーズ!?というグラスゴーの阿鼻叫喚を含め、その発言に使用人達は軒並み動揺した。一方で、ハルトは動揺した素振りは無い。しかし、少しだけ目が泳いだように見えた。
そして、シヴァリエはにこやかに説明した。
「‥‥実は男でした、ということで事を通したいんです。兄様が行かせない理由を酷いことに全く言わないからどうすればいいか分からないので、私なりの考えで申し訳ないですけど、性別と今までの経歴を偽りたく思います。それではどうでしょうか?
‥‥王命はお兄様でも覆せないでしょう?なら、従いつつ上手く騙せたらいいのではと思ったのですが‥‥。」
そのハルトに対する不満を痛烈に突きつけつつ、シヴァリエはそう自身の作戦を伝える。
そうして一瞬の殺気、そして無言。しばらくの思案、ハルトのそれらをシヴァリエは感じながら、返答を待った。
ややあってハルトは小さく息を吐いて。
「それなら‥‥いい。」
諦めて観念したようにそう了承した。
あのハルトをシヴァリエが説得したことに使用人達はまた激しい動揺を覚えたが、シヴァリエ本人だけは特に動揺せず、嬉しそうに微笑んだ。
「はい!ありがとうございます!兄様。」
そして、そこから更に数日後。
シヴァリエとハルトは約8年ぶりに王都に来た。そして、前王が隠居する宮殿の離れにルキウスに案内される形で来た。
片や笑いを必死にこらえて平静を装うルキウス、片や茫然自失、今にお陀仏しそうな悲壮な顔をする前国王、その目の前には細身ながら立派な男性の体つきをしたシヴァリエといつも通りのハルト。
ニコニコと機嫌よく笑うシヴァリエに、前王は消え入りそうな声で。
「‥‥男だったなんて聞いてない。」
そう全てを諦めるように落胆した。少年期の姿をしたシヴァリエに8年前の幼いシヴァリエの面影はない。というより前王から見ればほぼ別人にしか見えず、よって妃の面影なんぞもなく、前王はやがて卒倒した。
その後、医者に看護師に応急処置だ!面会謝絶だ!と言われ、前王の部屋から追い出されたルキウスは、同じく追い出されたシヴァリエとハルトに笑いをこらえながら言った。
「本当、予想斜め上を上昇気流に乗って突っ切ったね‥‥!シヴァリエじょ‥‥いや‥‥シヴァリエ君?」
まさか魔法で性別変えてくるとは思わなかったよ、とルキウスは口外に言う。彼は余程絶望したような顔をした自身の父親がおかしくて堪らないらしい。
「いやあ、助かったよ。物凄く快諾だったからどうなるかと思ったけど‥‥本当まさか!!凄いよ、君!」
シヴァリエからすれば、そもそもの原因はルキウスにある為、褒められても嬉しくない。そんなことおくびにも出さずシヴァリエはニコニコと笑みを浮かべて言った。
シヴァリエ的にはこれからが本番である。
「ルキウス国王陛下。」
「?」
突然、畏まった呼ばれ方をしたルキウスはそれに不思議に思いつつも、シヴァリエと目を合わせる。‥‥次の瞬間、その表情は引き攣ることになる。
「学費免除って‥‥どこまで免除してくださるのでしょうか?」
3年分の授業料だけ?または、それだけじゃなく入学金、テキスト代、制服代、寮の費用全部持って下さるのでしょうか?それとも‥‥いえ、まさか、踏み倒すとかないですよね‥‥?
穏やかに心底から疑問に思っているような、そんな素振りでシヴァリエは演技派女優のように微笑みながら、ルキウスに詰め寄る。そして、ハルトがトドメとばかりに。
「ここまでさせた責任‥‥分かってますか?」
ルキウスはその場で学園の在籍期間3年分にかかる費用全て持つ誓約を(半ば脅され)交わした。
後に彼は『妹ちゃん絶対に大物になるって。というか、あの伯爵の目、人殺す目だったよ‥‥。最愛の妹を弟にするのは断腸の思いだったんだろうなー‥‥アハハ‥‥次は殺されるかも。』と回想した。
ちなみに前王は軽く目眩を起こしただけで命に別状はなく、落ち込みようが激しかったが周りにそんな前王を慰める人間はいなかった。
‥‥そうしてブーゲンビリア学園に激震が走るまで、あと数カ月。




