第44夜(学園編) 宰相のお節介
前回のあらすじ
ジュリオ宅にて国の宰相と遭遇
「おや、お知り合いでしたか?」
ぬけぬけと素知らぬ顔をしてジュリオは驚きで固まるシヴァリエを引きずるようにルークが座るソファとは違う別のソファに座るよう勧めると、上機嫌に挑戦的な笑みを浮かべて、非難の視線を送るルークにウィンクして、台所に行ってしまった。
「姫様、気を遣う価値のある人間ではないので、固まらなくて良いですよー。」
「ジュリー!?それはどういうことだ!?」
「えー。そのまま意味ですよ。亭主関白。」
「あ?慇懃無礼、シヴァリエ嬢に変なこというな。」
「うぇーい、国の宰相、コーヒーブラックで飲めないー!」
「おい、コラ!ジュリオ、お前‥‥!」
そんな気兼ねない仲の良さを感じる会話をジュリオとルークが交わすのをシヴァリエは呆然としながら、聞く。
繋がらない。
ジュリオは商人だ。そして、ルークは国の宰相をする公爵家の大貴族。平民と貴族だ。
その身分差が著しい二人が何故こうも仲良さげに会話するのか分からない。どういう関わりがあるかも分からない。
ただただ目が点になる。
そんなシヴァリエを察したのか、ルークが深いため息を吐いてこちらを向いた‥‥と思ったら、鬼気迫る表情でシヴァリエに釘を刺しに来た。
「いいか。絶対、絶対に他の奴に言うなよ。俺がジュリーと会っていること。辺境伯領の領主にはもちろん、他の貴族にも。‥‥バラした時には職権乱用覚悟で国外追放してやるから。」
「‥‥は、はい。」
頷くしかなかった。
まだ青年と言って差し支えない人間とはいえ、国の宰相からそう脅されたらシヴァリエに太刀打ちするすべはない。
思わず震え上がる。
と、そこへ。
「年端もいかない女子にそう迫ることはないでしょう。」
そんなルークの頬に熱々のカフェラテが入ったマグが当てられた。
「熱っ!」
ルークが驚く横で、したり顔のジュリオがルークの頬に当てたマグをルークの前に置いて、シヴァリエに別のマグを勧めた。見るとシヴァリエのマグの中に入っていたのは普通のブラックコーヒーだった。
不服そうなルークを横目にジュリオはシヴァリエにニッコリと人の良い笑みを向けた。
「うちにはコーヒーしか置いてないんでご了承ください。あっ、砂糖とミルクは足りなかったら幾らでも用意しますからね。」
「あ、ありがとうございます。」
シヴァリエはそう言いながら、隣にいるルークを見る。
彼はその綺麗な顔を不満そうに歪めながらも、黙ったままカフェラテを飲んでいた。
ブラックコーヒーが飲めないのが本当かはまだ断定出来ないが、カフェラテに砂糖を入れない辺り甘党でもないようだ‥‥そんなことを考えてシヴァリエは現実逃避する。
現実問題、国の宰相が目の前にいる現状をどうすればいいか分からない。
失礼の無いように振る舞うしかないのだが、二人の関係が気になりすぎて、動揺が隠せない。
ジュリオは机を挟んでシヴァリエの真正面に小さな椅子を持ってきて、足を組んで座った。
「落ち着いたところで、姫様、事情を聞いても?」
そして、そう聞いた。その問いに思わずシヴァリエは口を噤む。そんなシヴァリエにジュリオは続けた。
「兄弟喧嘩したんですよね?‥‥あっ、そこの宰相様 (笑)が気になるなら外に摘まみ出しましょうか?」
「敬いも何も無いな‥‥。」
ジュリオの言葉にカフェラテ片手にルークはそう言ったが、特に気にした素振りもなく鼻で笑ってジュリオを見ていた。普通の人なら侮辱罪で捕まりそうなジュリオの発言だが、軽く流したルークを見る限り、これが二人の日常なのだろう。
ふと、ルークがシヴァリエの方を見た。
「‥‥どうせ、ブーゲンビリア学園の話だろう?」
「え?なんでそれを?」
突然言い当てられたシヴァリエがきょとんとする中、ルークはまたため息を吐いた。まるでシヴァリエを憐れむようなそれだった。そして、
「大方、ルキウスから学費免除でいいから学園に入学してくれ‥‥なんて来たんだろ?で、お嬢は乗り気になって辺境伯領の伯爵は断った‥‥。違うか?」
「‥‥!」
何故わかったのだろう?
その通りだとシヴァリエは息を呑む。ルークはふん、と鼻を鳴らして、カフェラテにひと口飲み干すと、シヴァリエに向かって大袈裟に肩を落とした。
「‥‥シヴァリエ嬢は実にトラブル体質だな。‥‥自分が大切なら兄貴の言う通りにしな。兄貴の立場が俺だったら、俺も伯爵と同じことを言うさ。」
「‥‥!」
釈然としない。がしかし、自身の兄だけでなくルークまで止めるとは余程のことがあると見た。
一方、全く話の蚊帳の外すぎて話が見えないジュリオは首を傾げながら、ルークに聞いた。
「‥‥何故ダメなのです?国王自ら学費免除なんて言うなら、制服代、備品費、テキスト代、ドレス代も含めてふんだくって入学すればいいじゃないですか?着の身着のままタダで入れるなら乗っかるべきですよ。」
「せこっ‥‥。」
ジュリオのがめつい発言にルークは目を細めながら、呆れた様だった。
「本当にタダと思うか?学費免除する代わりにあれこれ身を犠牲にしてやって欲しいことがある‥‥っていうことだぞ。」
「おや、そういうこと。」
それだけでジュリオは合点がいったようだ。しかし、シヴァリエはまだ納得出来ない。
「やって欲しいってなんですか‥‥?私にはさっぱり‥‥。」
戸惑うシヴァリエにルークは目を瞬かせ。
「‥‥シヴァリエ嬢は頭が悪いのか。」
「なっ。」
ストレートに言われた言葉が胸を抉った。それにジュリオは呆れたように顔を右手で覆った。
「姫様、お気になさらず‥‥。ルークは頭が良くて空気が読めない残念な男なので。」
「おい。」
ジュリオの言葉にルークは文句言いつつ、続けた。
「物の1つ覚えじゃこれから生きていけないぞ。疑え。疑問に思え。世界に問い続ける奴が最後に生き残る。手紙をよく考え無かったんだな、お嬢は。」
皮肉るように言うそれは、シヴァリエにプロデューサーの言葉を思い出させる。本質を見なさいというあれ、ルークはあれと同じ物をシヴァリエに持てと忠告する。
そこでルークは咳払いをした。
「話が脱線したが、分からないなら教えてやる。‥‥有体に行ってしまえば、ルキウスはお嬢様に『ボケ老人のご機嫌取りをしろ』と言っている。」
その言葉にジュリオは先程自分用に淹れたコーヒーを吹き出し、シヴァリエは頭が真っ白になった。
「変態クソジジイ‥‥!!」
「‥‥ジュリー、一応、これでも前王だぞ。」
「ハア?地位も名誉も金もなければ王だって変態クソジジイですよ。なーにーがー亡くなった妃に似ているから囲みたいだ。なーにーがー反対勢力に担ぎ上げられそうだからだ。ア??ぽっくり逝かせませんか?その変態ジジイ。」
ルークは意外にも政権の内情をペラペラと喋り、ルキウスの手紙の裏事情をシヴァリエとジュリオに話した。シヴァリエはまさか自身かあの時王様に気に入られて、この8年間、ルキウスとハルトに守って貰っていたなんて知らなかったし、あの手紙はルキウスがこのままでは前王を反対勢力に使われ自身の立場が危うくなると思い、シヴァリエを生贄にする為に送り付けて来たなんて知らなかった。あまりの話にシヴァリエは呆然となってしまう。
そんな目の前でジュリオは腹が立って仕方がないらしく、ルーク越しにこの場にいない前王に言いたい放題であった。
「8年前に見初めたってそれロリコン、どこにも行かないように囲うってそれヤンデレ、国王陛下に嫁にするように本人を目の前にして言うってそれセクハラ、性犯罪起こしますよ、そのジジイ。‥‥もう起こしてそうですけど。」
「詳しくは知らないが、8年前に誘拐未遂はしたらしいぞ。」
「アウトー。アウトですよー。うちの国は国王まで腐っていたんですねー。」
ジュリオはため息を吐いて、コーヒーに手をつける。コーヒーは冷めていた。
一方、シヴァリエはまさか8年前、国王様と茶会したアレが誘拐未遂だったとは知らず、ゾッとしていた。
「わ、私、知らなくて‥‥。」
ストーカーはあの魔族の男の子だけでは無かったらしい。
ルークもジュリオと同じくため息を吐いた。
「‥‥前王のお嬢様に対する執着は誰が見ても異常すぎる。ルキウスは身内の贔屓目からか軽く見ているが、俺から見れば、週に一度会うだとかの話で収まらないぞ。良くて軟禁、最悪、監禁する‥‥あれはそうする気満々の人間だ。シヴァリエ嬢は今や王都に行った時点で未来が無くなるようなものだ。前王が亡くなるその瞬間まで王城の1室で籠の鳥。
お嬢様の兄貴‥‥伯爵は気を遣ったんだろうよ。8年前のお嬢様はまだ小さかったわけで、幸せな世界だけ知っていればいい子どもだ。そんな子どもに未来が閉ざされるような不安をわざわざ教えるか?だから、シヴァリエ嬢が何も知らず、伯爵が何も知らせていないのは理解できる。‥‥とはいえ、ルキウスめ。今度から俺はお前の出す郵便物の確認までしないといけないのか?」
そう言ってルークはすっかり宰相の顔になって不満げにブツブツと独り言を呟き始めた。「あの貴族連中を思えば、シヴァリエ嬢は得策ではないだろうに。」だとか、「むしろ前王の下心的に与えたら、また復活するぞ。」だとか、ブツブツと国の将来に頭を抱えている。
そんなルークを放り出し、ジュリオはシヴァリエと目を合わせて、聞いた。
「大方の事情は分かりました。さて、姫様はどうされます?手紙の通り、行きます?」
シヴァリエはすっかり青ざめた表情で首を横に振り。
「‥‥い、かないですぅ‥‥。」
「ですよね!」
当然の答えを出した。
「しかし、厄介ですね。王命ですか。」
ジュリオはその学園の入学が王命として手紙で来たと聴いて、淹れ直したコーヒーを片手に言った。ルークはルキウスの暴挙に頭が痛いようでソファの背もたれに背を預けて、天井を見上げている。
「大方、反対勢力の抑えにどうしても必要と判断して、逃げられないようにそうしたんだろうが‥‥。我が上司ながらびっくりだな。」
ルークはあー王家から犯罪者誕生かよーどうしようーとばかりに頭を悩ませている。
「‥‥このままだとシヴァリエ嬢が不幸になるだけに終わらないだろうな。ルキウスは甘く見ているようだが、伯爵が妹を王都に王命だからとそう簡単に送るわけが無いだろうし、しかし、あの貴族主義どもが前王に付け入る隙を狙っているのは本当だしな‥‥。」
「‥‥お節介焼きのルーク君も降参ですか?」
ジュリオがそう茶化すように言うのに、ルークはため息を吐いて。
「伯爵が王命を破棄する未来しか見えない‥‥。」
と疲れきったように、そう呟いた。
ルークの脳内では政権安定に焦るルキウスと、王命を破棄したハルトが対立している最悪の図がチラついている。近年、フローレンスの田畑は不作に見舞われている。そして、その不作による食糧不足は肥沃で豊作続きの辺境伯領の食糧を輸入することで今、賄っているというのが実情だ。今、対立してもらうと1万人の民が飢え死にする。しかも、技術革新が著しい土地でもある辺境伯領と先日、技術提供の協定を結んだばかり‥‥主に下水道についての‥‥。若き宰相の頭は痛い。
ルキウスめ、自分の足元だけに危険がある訳じゃないのを承知していなかったと見た。民だ。世情が安定しなくなれば、民が暴動を起こす。今、辺境伯領と対立すると面倒になる。
悩むルークの隣で、ジュリオは口元に指を当ててしばし考える。そして、シヴァリエをじっと見て、閃いた。
「‥‥幻滅させりゃいいじゃないですか。Let's ハートフルボッコです。」
その言葉にシヴァリエもルークも顔を上げた。
そこには実に楽しそうに、人の悪い笑みを浮かべたその人がいた。




