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第36夜 開始の火蓋

前回のあらすじ


お兄様、たじたじになる。

 









 そんな少女とそんな領主が明日の予定を立てている頃。



 事態はゆっくりと変わり始めていた。








「のう、グローゲン。あの子は何が好きかね。ドレスだろうかネックレスだろうか?」

「‥‥王よ。少し落ち着きなさいませ。彼女は辺境伯領の人間ですよ!?王がそんな方にお心砕かれては、貴族達の反感を買います。」

「ええい、煩い。私が可愛がりたいのは、辺境伯領の領主の妹ではなく、シヴァリエ嬢だ。」

「‥‥そんな屁理屈が通ると?」

 グローゲンは苦悩していた。主にこの目の前にいる王に。彼は先程から辺境伯領のシヴァリエ嬢のことばかり話し、どうにかしてこの王都に置きたいようだった。しかし、辺境伯領の彼女の兄である領主は、王の魂胆が分かっているのか、のらりくらりと王の要求を(かわ)し、断った。それが有難かったのなんの‥‥。

 だが、王は諦めなかった。

「あの子はきっと我が亡き妻に似る。‥‥我はその事実がある限り、求める運命になるのだ。」

「‥‥ですが。」

「グローゲン、言いたいことは分かっている。だが‥‥諦められるほど妻への我の愛は冷めていないのだ。」










 同時刻。








「‥‥我が父には困ったものだ。」

「ええ、うちの父にも困ってます。本当に頭が固い‥‥。」

 宮殿の1角、存在を秘するようにある小さな談話室で、1本の蝋燭だけを明かりに2人の人間が椅子に座り、蝋燭が灯るテーブルを中央にたった2人だけの会合を行っていた。

「しかし、それもあと数年の話だ。どちらの父も引退が待っている。」

「‥‥そうですね。ところで、この前の件、どう思われましたか?」

「あれかい?あれさ、正直に言うと‥‥達成まで何年かかる?」

「‥‥状況さえ揃えば、5年かそこらかと。」

「うん。良いね。ならば、先に味方増やしと自浄をしないとね‥‥。運良く、貴族達の殆どこの前の襲撃と今回の戦争で疲弊しきっている。なら、この奇跡の棚からぼたもちを使わない手は無いよね?」

「ですね。この件には既にアーズワース商会が賛成しています。‥‥あなたに、ルキウス王子を支持すると。」

 そう相手がその名前を呼ぶとその人、ルキウスはいたずらっ子のように微笑んだ。

「有難いね。‥‥“フローレンスの民主化”に手伝ってくれる市民がいることを本当に有難く思うよ。」

「貴族だけの支持ではダメですからね。次の支持者の目星は出来ています。‥‥交渉に行きますか?」

「ああ。助かるよ。‥‥ルーク次期宰相。」

 そう、ルキウスの前にいたのは若き次世代の宰相、ルークであった。彼は人好きのする笑みを浮かべつつ、どこか遠くに敵意を見せるようにその瞳を鋭利に煌めかせた。

「この国に革命を起こす‥‥その為なら私は幾らでもしますよ。」

 そして、そのルークにルキウスは内心、感心していた。貴族、それもフローレンスの宰相一家の1人が、ルキウスに直談判する形で持ってきたこの話。貴族だけで政治を回し、市民に重税と圧政を敷くこの国に疑問を持っていたルキウスにとって、それは転機だった。フローレンスの民主化、市民が自分達の生活の為に議会を開く未来。それがルキウスの野望だ。

 その為には、状況と‥‥味方が必要だ。

「ルーク、俺は1人この件に味方として引き入れたい人間がいる。」

「誰です。」

「辺境伯領‥‥その領主だ。」

 そのルキウスの言葉に、ルークは僅かながら瞠目するが。すぐに納得したように頷いた。

「了解しました‥‥。我が王よ。」


 宮殿の一角で、新たな歴史の種が芽吹こうとしていた。








 一方。






 スフィア・カルマンは焦っていた。


 それは先程、貴族議会で決定した次の帝国掃討作戦‥‥それは、城壁を至急修復し、魔族の増援と供給を断ち切り、袋のネズミにするというもの‥‥。あのグローゲン宰相が発案した作戦らしいが、それにスフィアは危機感を抱いていた。

 何故なら、その作戦は‥‥たくさんの死者を出す‥‥。

「ダメ‥‥この後、それが悲劇を呼ぶのよ!」

 休暇なんて取っている暇なんて無かった。議会が既に決定を下したのは痛い。それでもスフィアは何とかしようと、控えているだろうアルフレッドに声をかけた。

「アルフレッド、お願い。今すぐ宮殿に私を連れていって‥‥!」

 そうスフィアは彼に告げる。しかし、彼はどこか困惑した表情を浮かべ、彼女に一礼した。

「‥‥スフィア様、私はあなたの足ではございません。私にそう言われても‥‥困ります。」

「‥‥!」

 ゲームでは、こういった場面は率先して馬を出す彼。しかし、スフィアには彼は馬を出そうなんてしない。何故ならスフィアはヒロインではないから、そして、彼のその瞳にはスフィア以外の誰かが既にいるから。いつの間に出来たのだろう。アルフレッドはこうしている間も、その子のことを思っているだろう。そう考えて、そのどうしようもない彼との心の距離にスフィアは唇を噛んだ。

「ごめんなさい‥‥。」

 そう、スフィアが告げると、彼は何事も無かったかのように警護の仕事に戻ってしまう。そんな彼に背を向けるようにスフィアは足早に自身の従者に馬車を出すよう命じる為に歩き出した。

 そんなスフィアの背を見ることなく、アルフレッドは自身の胸に仕舞い込んでいたそれを取り出す。

「‥‥白銀の君。」

 白銀の君‥‥そうアルフレッドは彼女を呼んでいた。どこかの貴族の御令嬢だろう‥‥一目で心惹かれた彼女‥‥また会えるだろうか?

 アルフレッドはスフィアのことなど全く気にしていなかった。この戦争で騎士団長だった彼の意志を継ぐ為、‥‥あの彼女を守る為、その決意だけしか、彼には無かった。








 そして、帝国。




 皇帝シリウスが出した命令にその場にいた帝国の臣下達は皆、動揺していた。

「さ、左様ですか‥‥陛下‥‥。」

 シリウスの言葉はそれだけの衝撃があった。フローレンスは魔族を奴隷する輩がいて、自身の鬱憤を晴らす為だけに、屈辱と恥辱を与えている者がいる‥‥。それは誇り高い魔族のプライドと良心に怒りを沸き上がらせた。そんな臣下達にシリウスは意を決したように、目を見開き、語る。

「‥‥僕は自分のことしか考えていなかった。だから、ちゃんとこれからは‥‥全部‥‥考えられるようになる‥‥だから。」



「この命令に協力して。」



「城壁が塞がれても移動魔法を使える者以外、全員退却。その代わり、隷属されし同士の救出に僕達はシフトする‥‥。‥‥僕達の誇りを穢した者のみ‥‥その息の根を止め、そして‥‥。」



「我らが魔族を貶す者は皆、木っ端微塵にして。」



 その命令に臣下達は一斉に頭を下げた。

 その様子を皇帝の側近として傍にいる男、チェルマンは内心、ほくそ笑む。

(‥‥やっと人間側に大打撃を与えられる。)

 彼は人間が憎かった。否、正確にはフローレンスが憎かった。だからこそ、今回の皇帝の采配には大賛成だった。

 ‥‥そのチェルマンの瞳の中にいる少女にとっても。










 こうして物語の舞台は整った。

 終息へのカードは全て出揃い、次の幕は運命の8年後に向かう。

 登場人物の全ての思惑がどのように重なり、変質し、歪み、交錯するのはそれはまだこの時、誰にも分からなかった。

 ただ‥‥一つ言えるのは、これらが全て、あるたった1人の存在の掌の上であり、かつ‥‥その存在もまた別の存在に揺れているということだけだった。




「‥‥。」

「?お兄様、どうかしましたか?」

「‥‥何でもない‥‥。」

「そうですか‥‥?では、おやすみなさい。」

「ああ‥‥。」


 屋敷の自室に眠たい目をこすりながら、入っていった彼女の背を見送りながら、その人は目を細める。

 その瞳には感情一つなく、深い色が広がっているだけだというのに、動揺しているように揺らめいて見えるのは果たして気のせいか?彼は何事も無かったように彼女の部屋に背を向け、歩き出す。すると、目の前にはいつの間にか現れた、黒いローブを着た老若男女様々な容姿と、獣人や魔族など多種多様な種族が入り交じる彼らが彼の視界を覆うように並んでいた。

 そして、いつの間にかそこは屋敷ではなく、どこか歴史を思わせるような石床と石柱が円を描きながら作られた神殿。世界のどこにあるのかも分からないその祭壇に彼はいた。

 彼らは祭壇にいる彼に跪くように腰を落とし、やがて、その中の1人が前に進み出る。金髪にエメラルドグリーンのメッシュ‥‥クレムディの魔女その人だった。

「‥‥事は順調です。どうされますか?我が主よ。」

 その魔女の問いに彼は淡々と答えた。





「‥‥全ては8年後のために。‥‥柊美優‥‥奴を亡き者に。」




 それにその場にいた彼らは一斉に頭を垂れた。








この話で主人公の幼少期編、終了です。

幕間を何話か書いたのち、主人公の学園編‥‥突入です。

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